番外編 真夜中のピクニック

とある楽屋にて。

メイクスタッフ達が一人の美少女アイドルを囲んでプライベートな話題に花を咲かせている。

「でさ~、彼女が!手作りのお弁当を持ってきたわけ!」

「まじで!?すごいじゃん?」

「きゅんとくるよね~!」

自分の頭上で盛り上がられ、半ば怒り気味のアイドルは口を開いた。

「何それ?そんなに嬉しいもんなの?」

『そりゃ嬉しいでしょ!』

二人して言われ、アイドルは思わず黙り込む。

「た、たかがお弁当でしょ?うざー。」

「昔はね、そう思ってた時もあるんだけど、年取るとなんだろ?もう愛おしい!!」

「えー、私は今も昔もたまらないけどな~。トワちゃんも好きな子に貰ったら絶対ときめくって!!」

「そういう・・・もんなのかなぁ・・・?」

「そうだって!二人でピクニックなんてしてみたいでしょ?」

トワと言われたアイドルは少し考えてみた。日々芸能活動に追われる彼女にとって、白昼堂々とピクニックなんてしたことなかった。たしかに日ごろの仕事を忘れてそんなことしてみたい。好きな人と一緒なら殊更。

「う~ん・・・そんなことしたことないし・・・それは・・・してみたい・・・かも。」

「ね?」

「う~ん。」

アイドルはそう言うと狭い天井を見上げたのだった。


※※※


時はアイドル戦国時代。

各プロダクションが無数のアイドルを芸能界という戦場にしむけ、し烈な戦いを連日連夜繰り広げる。

そんな情勢不安定、明日をも知れぬ世界の中、確固たる地位を築き、今やカリスマ的アイドル、国民的アイドルの名を欲しいままにしているアイドルが一人いる。

そいつの名は、八雲トワ。

見た目はおとぎの国のお姫様。歌わせればCDミリオンヒット。ドラマに出れば高視聴率間違いなし!もう文句なしの最高に憎たらしい女。

そして、さらに憎たらしい事にこの、今の私の生命線を握る女でもあるのだ。


と言うのも、私、伍代智はフリーのカメラマンをやっていた。本来ならば風景専門なんだけど、そんなもので飯が食えるご時勢でもなく、売れないグラビアアイドルの写真撮って何とかしのいでいた。

そんな時、なんの運の巡り会わせか、大きな仕事が舞い込んできた。

それが、天下の大アイドル八雲トワさまの写真集を撮らないか?って仕事。

女のアイドルかとあまり乗り気ではなかったが、私の今後の命運をかけた大仕事。とりあえず、承諾した・・・のはいいんだけど、その条件いうのがひどいもんで。

なんとその写真集のタイトルが、『トワに密着一ヶ月』。

ふざけているでしょう?

タイトルからしていやな感じだ。その嫌な感じは満更でもなく、どうやら、アイドルトワさまにずーーーーーっと密着して、あ、これおいしい!と思った瞬間を写真に収めるんだって。つまり、オールウェイズトワ。

かくして私は、四畳半のぼろアパートから、都心の2LDK高層高級マンションに引っ越す事になった。


しかしなぜ、ガキと暮らさねばならない。

とはいえ、これも仕事、今後の為・・・と、我慢したのはいいが、このアイドル、トワさまってのがまた曲者で、おばさんの私にはいまひとつ、いや全然ついていけないのが事実。


「ねぇ、」

あぁ、せめてこれが可愛い美少年アイドルならもっと・・・。

「ねぇ!!」

大声と共に雑誌が私の頭にめがけて飛んできた。

「いったい!!何すのよ!!」

「ちょっと聞いてる?」

・・・きたよ、トワさま節。

家にいるときくらい大人しくしろっつーの。

「何?」

「今日のミュージックステージ見てくれた?」

「見てない。」

私が即答すると、トワは不満そうな顔をした。

「何それ!?トワ、けっこー今日頑張ったのに!」

「知らないわよ。なーんでトワが歌って踊ってんの見なきゃなんないの。私はタツヤ君が見たい。」

「うわ、何、ショタコン変態サイテー。」

「ちょっと待てよ、女のアイドルをおばさんが見るほうが変なんじゃないの・・・?」

するとトワは知らん振りの顔で自分の綺麗に飾られたネイルを見ながら豹豹と言う。

「そう?でも、トワは~、みんなのアイドルだから~?そんな一発屋のガキアイドル見るよりかよっぽど価値あるんじゃない?」

表では、明るい愛されキャラで通っているかなんだか知らないけど、裏ではざっとこんなもんだ。口の悪いただのクソガキである。

「貴女ねぇ~、もうちょっとさ、慎みというものを覚えなさいよ、ホラ見て、ここ。」

そう言って私は、さっきトワに投げつけられた雑誌に載っている新人美少女アイドルのページをひらいて見せた。

「“趣味は料理です。好きな人とかにお弁当とか毎日作ってあげたい”見てよ~これ!なんて可愛い!!なんと甲斐甲斐しい!!こういうきゅんとくるアイドル目指しなさいよ、トワも!!」

「あ~、もー、ぜーーーーったい嘘!!それ、ぜーーーーったい営業用!!」

トワは身を乗り出して言う。何もそこまで全否定しなくてもいいだろうに。

「嘘でも何でも、みんなは!こういうのに弱いの!覚えときなさい!!」

と、無茶苦茶なこと言ったので反論してくるかと思いきや、トワは意外と何も言わず、下を向いてなにやら考えているようで、なんだか不気味だ。

「料理・・・・。弁当・・・。ピクニック・・・。」

なにやらぶつぶつ呟いているがよく聞き取れない。こういうときはそっとしておこう。触らぬトワに祟りなし。

そう思って、外に煙草を吸いに行こうと思ったが、丁度切らしている事に気付いた。

「ちょっと煙草買いに行ってくる。」

「・・・ここで吸わないでよ。」

「分かってるって。」

と、まぁ、ちょっと不気味なトワを置いて私は部屋を後にしたのだった。その後のごたごたに巻き込まれるなんて知りもせずに。



数分後。

用を足した私は部屋へと戻ってきた。が、その瞬間。

「ぎゃーーーーーー!」

トワの叫び声がキッチンの方から聞こえた。

「トワ!?」

慌ててキッチンに行くと、トワが包丁持って真っ青な顔して立っていた。

なんのホラーよ・・・これは。

「なに・・・してんの?」

「指、切った・・・。・・・ちょっとだけ。」

「は?」


「なーにしてるのよ、トワ。」

怪我は本当にちょっとだけのものだった。絆創膏を指に巻いてやりながらなにがあったか聞くとトワはバツが悪そうに口を開く。

「お弁当作ってた・・・。」

「はぁ!?弁当ってトワ・・・はぁ!?」


私はキッチンを見渡した。

そこは惨劇の場と化している。およそ料理が行われていたとは思われない。

「よくこれで弁当作ってたって言えるわね・・・てか、弁当って何・・・いきなり・・・って、はっ!トワ!まさか、美少女アイドルへの対抗心・・・ぐえっ!!」

私が言い切る間もなく横から肘鉄をくらった。

「違う!!馬鹿っ!!」

「ったいわね!!じゃ、なんでて急にそんなことしてるのよ!?」

「・・・・。・・・ピクニック。」

「なに!?」

「・・・ピクニック!!・・・がしたかったの。」

いきなりのいきなりな答えに私は驚いた。なんでいきなりピクニック。いやそりゃ、春だし、シーズンだけども。

「ピクニック?なんでまた?」

聞くと、トワは下を向いて柄にもなく恥ずかしそうに、もごもごと喋りだした。

「メイクさんたちと今日そんな話してて、でもトワ、ピクニックなんて行ったことなくって。みんな楽しそうに話すけど、トワわかんなくて、それで今、お弁当って言うから思い出して・・・それで・・・。」

・・・時々、妙に可愛いとこあるんだよね、こいつ。

「・・・で、私は何すればいいの?」

「え?」

「こんな有様じゃ、弁当なんて一人で作れないでしょ?」

「い、いいよ!別にっ!!手伝ってもらわなくても!!トワが勝手にやってるんだし。」

「勝手にってたって、これだけ派手にやらかしてよく言うわね。一応、一緒に住んでるんだし、気にしないでよ。」

私は、くしゃくしゃとトワの頭を撫で回してやった。するとトワは私の手を嫌そうに払いのけるとふくれっ面のまま私を見上げて言った。

「卵焼き・・・。」

「え?」

「卵焼きするの、手伝ってよ。」

私がすっとんきょな顔をしてるとすかさずトワが蹴りを入れてきた。

「手伝うんでしょ、早くしてよ。」

「トワさ、それ、人にものを頼む態度?てか卵焼きも作れないの?」

「五月蝿い!馬鹿!!大体、頼んだ覚えはないし!!伍代さんが勝手に言ってきたんでしょ!」

いや、確かに私が言ったんだけど、こういう仕打ちな訳?今時の若者ってみんなこうな訳?

兎にも角にも、こうして私はトワさまクッキングに首を突っ込む羽目になったのであった。



「トワさー、確かお料理番組でてなかったっけー?」

手伝う事になったはいいが、あまりにもひどい有様に私はため息まじりにトワに尋ねた。

私も料理に関してはあまり上手くないし、あーだこーだ言う資格はない。が、これだけは言える。こいつは超人的に下手だと。

「五月蝿い!あれは、もう全部出来てるからいいの!編集の力なの!!」

ちょっとは否定しなさいよ・・・。編集の力って・・・トワ。仮にもトップアイドルがそんなはしたない言葉使わないでよ。

「う~ん。」

トワが包丁を持ったまま固まっている。どうやったらそういう包丁の使い方が出来るんだという使い方だ。もう見ていられなくなって、とうとう私は包丁をトワから奪い取った。

「見てられない。貸して。」

「あ。」

「ほんと、トワ、料理できないのね・・・。今までやったとこ見たことなかったけどさ。」

「・・・・・。」

トワはなぜか拗ねたような顔をしている。

「なによ。なに不機嫌そうな顔してるのよ。」

「べっつにぃー。」

全く持って不可解だ。いきなりピクニックとか言い出したかと思うと、弁当だのなんだの言って、不機嫌。一体なんなのよ。そりゃ一般人のようにピクニックしたいって気持ちもわからんではないけど。


・・・・て、ちょっと待てよ。


「ねぇ、トワ?」

「ん?」

「これ持ってピクニック行くって言ってたよね?」

「それが?」

「いつ、行くわけ?」

「はっ・・・・!」


ちなみに今、夜の11時ね。


「明日としても、トワ、白昼堂々行くわけ?弁当広げて、食べるわけ?のんびり。」

「うっ・・・・!!」

「考えてなかったわけね・・・。」

トワは膝をついてうなだれている。

おばかアイドルってのがよくいるが、トワはそういう枠にはいると思う。

「最悪、ホント、さいっあく!!馬鹿みたい。みんなと一緒の事なんてどうせ出来ないのに。」

トワはというと一人マイナス思考に走っている。

いつもは大口叩くくせにこういうときはなぜか弱った小動物のように見える。

これがアイドルの力ってやつなのか?いやなんか違う気がするが。しかし、このままほうって置くのもなんだかとても気の毒な気がして、心の広い私はトワの頭をぽんぽんと撫でてやった。

「行く?」

「へ?」

もはや半泣きのトワが不思議そうに顔を上げた。

「へ?じゃないわよ、行くか聞いてるのよ、今から。ピクニック。」

「今からって、こんな夜に?」

「いいじゃない、ちょうど人もいないしさ。それとも、相手がこんなおばさんで嫌?」

「そ、そんなこと・・・ない!・・・けど。」

「じゃ、決まり!ね?」

「う、うん・・・。」

「となると、早く仕上げましょう、お弁当。そういや、私夕飯食べてないし。」

そう言って笑ってやると、トワもやっといつもの調子を取り戻したのか、ふっと笑って、

「ばーか。」

と言ったのだった。


馬鹿は余計だ。

やはり弱った小動物の時の方が扱いやすい気がする。が、まぁ、いいとしよう。



「はーーー。やっぱり、誰もいないね!」

「真夜中の12時にこんな公園来る人なんていないよ。」


私たちはマンションから出てすぐの小さな公園にやってきた。

特別、行き場所が思い当たらなかったからだ。

まぁ、かえってここの方が人目に付かなくていいだろう。

街頭の下にあるベンチに腰掛けると、作った弁当をとりだした。

冷蔵庫の中にあったもので作った、あり合わせのものしかない具だが、それなりに弁当になっている。まぁ、ひとえに私の力の賜物だろう。

だが横にいるトワを見てみると、なんだか浮かない顔である。


「どうしたの?食べないの?」

「・・・・・。」

「ん?トワ、やりたかったのでしょ?こういうの。」

「・・・そうだけど。」

「だったら、何よ?」

「弁当、殆ど、伍代さんがつくったじゃん?・・・トワ一人で作りたかった。」

「はぁ?何を今更?トワ、よくあんな腕で言わよね?」

そう言うと、ばしっと頭を叩かれた。本当に暴力的なアイドルだ。

「馬鹿っ!」

「馬鹿ってトワ・・・そりゃないでしょ?手伝ってあげて何が不満なのよ?」

「・・・だって、手作りのお弁当、みんな好きなんでしょ?」

「は?」

「だから、こういうのって、手作りのお弁当のほうが・・・その・・・きゅん・・・・ってくるんでしょ?」

「はい??」

トワの謎の言葉に頭の中に?マークが四つくらいついた。

いや、確かにか弱い美少女アイドルの手作り弁当が可愛いとか言ったし、そんなことされたら嬉しいとか思うけど。なんでトワがそれをやるわけ?

「いや、そりゃ、アイドルとかにされたら嬉しいけど。」

「トワだってアイドルだよ!」

「いや、そうだけど。でも、うーん。そういうのは、好きな人が出来た時に好きな人にやってあげなさい。」

そう諭してやると、トワはじっと私を睨んだ。

「な、なによ・・・。」

「別に・・・。」


何が不満なのかおばさんにはさっぱりわからない。

とりあえずご機嫌をとらなければ・・・。

そう思った私は話題をちょっと変えてみる。


「まぁ、また練習して作ればいいじゃない。いつでも付き合ってあげるからさ。」

「本当!?」

怒っていたかと思うと、急にトワの顔が明るくなる。表情がころころよく変わるやつだ。

「・・・・・。・・・ありがと。」

「は?」

「もうっ、アイドルに二度同じこと言わせないでよ。」

「なによ、それ。」

「馬鹿!お礼言ってんの!!・・・ピクニック連れて行ってくれてありがと。」

クソむかつくガキだが、こうお礼を言われると少し照れるものがある。

普段からこんなに素直ならいいのに。

「真夜中だし、寒いし、なんか不気味だし、あんまりいいことないけど・・・。」

「ちょっと・・・。」

「でも、こういうのってなんか特別な気がして嬉しい。」

「特別・・・ねぇ。私はアイドル生活の方が特別だと思うけど。」

「トワにとってはこういうフツーのことが特別なの。ま、真夜中のピクニックはあんまりフツーじゃないけど。」

トワはふふっと笑った。

「でも今度はもっといいとこ連れてってよね。」

「相手がおばさんでいいの?」

「いいよ。別に。トワはみんなのアイドルですから、おばさんも許容範囲内です。」

そう言うとトワは、ウインクしていつもテレビでやっているポーズを決めて見せた。

間近で見ると、アイドルオーラを感じる。きゃあきゃあ騒ぐ子達の気持ちが少し分かる気がした。

なるほど、こうやってみんな騙されるわけだ。


「・・・でも、伍代さんもいうほど料理の腕、たいしたことないよね・・・。」

「な、トワ、食べさせてもらってる立場でそう言う??」

「卵焼きなんてさー、卵の殻はいってるしー。」

「え、まじで?」

「うっそ、ばーーか。」

「~~~~~っ!!この偽善アイドル!!」


・・・やはり弱った小動物のときのアイドルが一番いい。

私はいったいあと何日、この性悪アイドルに振り回されるんだろう。

私のカメラマン生命は一体どうなるのか・・・。それはトワさまのみぞ知るものなのか・・・全くもってさい先不安である。

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時は短し恋せよアイドル 夏目綾 @bestia_0305

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