Last Stage.Tomorrow is another day

その日の夕方。

トワは記者会見へと向かった。

家を出ていく前にトワは伍代に指切りをした。

「どこにもいかないでね。約束。」

「えぇ。」

そうしてトワはにこりと笑うと、水沼と出て行った。

伍代はトワについていかず、テレビでトワを見守ることにした。


テレビはトップアイドルのゴシップということで生放送の特別番組が急遽組まれていた。

もちろんその会場には、大勢の報道陣が押しかけている。

たくさんのカメラのフラッシュの中トワが現れる。


「トワちゃーん、あの記事のことは本当なの?」

「売春していたって本当?」


様々な野次が飛ぶ。

トワはそれに押されることなく堂々と会場に入っていくと、深々と頭を下げた。

「今回のことは、お騒がせして本当にごめんなさい。今から本当のこと、お話します。」

そう言ってトワは前を向くと、伍代に話したような内容を報道陣に向けて話した。

「いけないことだと思ってます。悪いことしてたって。みなさんが嫌悪感を抱くのは当たり前。本当にごめんなさい。でも、アイドルになってからは全部やめました。生まれ変わりたかったから。もう一度、新しい自分でやり直したかったから。アイドルになってファンのみんなのために頑張ってきたつもりです。トワを救ってくれたみんなのためにトワはそれに応えたかったから。応援してくれたみんなのために。辛い時も悲しい時もあったけど、みんなの笑顔が見たくて、みんなの力を自分の力に変えたくて一生懸命やってきました。でも・・・だからって許されるってわけではないって思ってます。みんなに嘘をついてきたんだから。都合のいいことばかり言ってるって、自分でも思います。・・・だから、みんなに決めて欲しい。」

トワはまっすぐ前を向く、目には涙を貯めているが、今回は泣かなかった。

「明日の夜、ドームでライブします。もちろん無料で。そこに、もし、もし・・・トワのこと許してくれる人がいるなら来て欲しい。そこに来た人が半数以下だったら・・・トワはアイドル引退します。それが責任だと思ってます。」

カメラのフラッシュが一斉にたかれる。

「みなさんで、トワのこれからを決めてください。今、トワが言えるのはこれだけです。」

そう言うと、トワは一礼して会場を去っていった。報道陣は相変わらず色々な質問を投げかけていたけれど、トワは答えることなくその場を去った。


「・・・これで、いいんですね。」

水沼がトワに言う。

「うん。ファンがいてのトワだもの。これが一番いい。アイドル引退しても悔いはないよ・・・あ、でも。」

「でも?」

「水沼と別れるのは寂しいな・・・。水沼、トワがアイドルじゃなくなってもたまには会ってね。嫌いにならないでね。」

それを聞いて、水沼は眉を寄せて怒ったような口調で言った。

「馬鹿ですか、貴女は。私はいつでも貴女の味方です。」

「やっぱり、水沼は優しいね。」

トワは笑った。

「こんな時に笑うんじゃありません。本当に馬鹿なんですから。貴女は私がいないと、生き残れませんよ。」

「本当だね。本当に・・・そうだったね。」

トワが少し涙ぐむと、なんで過去形なんですかと水沼が頭を撫でてやった。

「さ、今日はホテルに泊まりなさい。用意してあります。行きましょう。」

「うん・・・。」

水沼に連れられてトワは車に乗った。

審判の日は明日である。



「なんか、胃が痛い・・・。」

ライブ会場に向かうため車に乗りこんだトワが悲痛な顔をして言った。

「なんですか、今更、貴女が言いだしたことでしょう。」

水沼にも突っ込まれたが返す元気もない。

「うぅぅぅ・・・。」

いざ車に乗りこんでも、後部座席で丸くなって頭を引っ込め窓の外を見ないようにするトワに水沼はため息をつく。

「しっかりなさい。」

「だってぇ、だってぇ・・・なんだかんだ言ってみたけど・・・やっぱり不安だよぉぉぉっ!!」

「お馬鹿。」

そんなやりとりをしながらしばらく車を走らせていると、あたりが騒がしくなった。

もうすぐライブをやるドーム前である。

「トワ、トワ、見てみなさい。」

「嫌よっ、何?どうせマスコミの野次が・・・。」

「違います、ほら、見てみなさい!!貴女のファンたちですよ。」

「何?ブーイングでも・・・・。」

そう言ってゆっくりと窓から顔を出してみる。

「嘘・・・。」

トワは唖然とする。

ドームまでつづく道にいたのは、ドームに入りきらなかったファンたちで、皆、“トワやめないで”や“トワ大好き”などのプラカードを持って立っていた。しかも並大抵の数ではない。

「嘘・・・嘘・・・嘘・・・。」

トワは口に手を当てて、座席にもたれかかる。

「これが、あなたのファンたちの答えなんですよ、トワ。」

「みんな・・・。」

トワの目から涙が落ちる。

「行く前から泣いていてどうするんです。」

「だって、だって・・・。」

「さぁ、涙を拭いて、貴女にはまだやるべきことがたくさんあります。」

水沼の言うとおりだ。まだやらないといけないことがある。

トワはそう思い直して自分の頬を叩いた。


ドーム。

トワがつくと、そこはすでに満員状態で、会場の外にも人が溢れ出していた。

皆、トワの復帰を待ち望んでいる。

「嘘みたい・・・。」

「さぁ行ってきなさい。」

水沼に背中を押されてトワがステージ上に上がる。

「みんなぁっ!!ごめんねっ!!本当に、ごめんねっ!!」

我慢してきたつもりが我慢しきれず、ステージ上でへたり込んでトワは泣いてしまう。

だが、ファンたちは“泣かないで”と拍手でトワを迎えた。

「ありがとう、ありがとう・・・。トワ・・・これからも、アイドル続けてもいいのかな?本当に・・・いいのかな・・・?」

皆の答えは決まっていた。会場は割れんばかりの歓声である。

トワは涙を拭くと立ち上がって、その返事に歌で答える。

「ありがとう、トワ、頑張るね、みんなのために頑張るね。」

そう言っていつものように笑顔に戻って歌を歌う。


そんなトワを、舞台の影から伍代は一人見守っていた。今日は声をかけるつもりはない。ただ影から、トップアイドルに戻ったトワを心から喜んだ。

「よかった・・・トワ。やっぱり、トワのいる場所はここだよ。トワは輝いている。」

そう言うと少し寂しそうな顔をした。


そんなことはないとは思っていたが、もしこのままトワが一人だったらずっとそばにいるつもりだった。何の迷いもなく。

でもどうだろう。今は支えてくれる人が大勢いる。いつものトップアイドル八雲トワに戻ったのだ。たくさんのスポットライトを浴びてたくさんの歓声を受けて。

それなのに私は本当に必要なのだろうか。三流の自分がいてはやはり邪魔なだけなのではないか。トワのこれからの未来の妨げになるだけではないのか。

確かにちょっと前までは離れたくなかった。でもトワのことを本当に思うからこそ離れなければならないのではないか、そうはっきり思うようになっていた。それはとても辛いことではあるが。

大人の自分がこれを決めなければならないのではないだろうか。

伍代はカメラを構えるとこれが最後かも・・・とシャッターを切ったのであった。



それから、ドームでの一件が終わり、トワはテレビや雑誌の取材に引っ張りだこであった。一躍、トワは時の人となった。

話が話だけに、どうやら嫌悪感ではなく同情を引いたらしい。トワの記者会見の真摯な態度も良かったようだ。

テレビ番組も、これはトワにとっては結果的に良かったのであるが、同情を引く演出でトワを悲劇のヒロインとして祭り上げた。ファンからの励ましの手紙も沢山寄せられたが、普段トワのことを見向きもしなかった層からの励ましの手紙も何万通も寄せられた。無論、その中には誹謗や中傷もあったが、圧倒的に同情的なものが多かった。

トワはみんなに支えられていると言っていたが、実際、トワに支えられているファンは数多くいた。トワの活躍を見て元気が出た、これから頑張れると思ったから。やめて欲しくない。そう願うファンたちが圧倒的に多かったのだ。


そんなトワ事件が芸能界を騒がし、トワがようやく家に帰れたのは騒動があってから三、四日経った日のことだった。


「ただいま~。やっと帰れたよ・・・。」

そう言って玄関に入ってトワは驚いた。

ダンボールが山積みにされてある。

「お、やっと帰ってきた。」

伍代がダイニングルームからひょいっと顔を出した。

「伍代さん・・・どうしたの・・・これ?」

「どうしたもこうしたも・・・帰るのよ。」

「帰るって・・・どこに?」

「私の家だよ。もう、撮影も終わりだし、この家ともおさらばね、住み心地結構よかったんだけど。」

トワは慌てて伍代に駆け寄る。

「ちょっと待ってよ!トワは、トワはどうなるの!?」

「ん?トワは、このまま住んでも、前に住んでたとこに帰っても好きにすればいいよ。」

「そうじゃない!!一緒にいてくれるんじゃなかったの!?」

すると伍代は一瞬止まった。だがすぐに困ったように笑って言った。

「私さ、考えたのよ。やっぱりトワはステージで輝いてて、みんながいてくれてて・・・未来があって、いくらでも、道があって・・・だから私みたいなのといちゃいけないんだよ。トワはもう大丈夫、私がいなくてもいっぱい大切な人が周りにいる。」

「やめてよ・・・。そんなの・・・やめてよ・・・あんなに言ったじゃない、一緒にいるって、ずっといるって・・・あれは嘘だったの!?」

「違う・・・嘘じゃない、本当にそう思ってた。でもトワのこと本当に考えたら、一緒にいちゃいけないんじゃないかって、思ったの。」

トワはきっと伍代を睨む。

「なんでっ!!そんなこと言うの!?じゃあ、何!?トワにキスしたのも、いてまえ打線的なかんじでやっちゃったってこと!?トワを弄んだってこと!?」

「なによ、いてまえ打線って・・・だから違うって・・・。落ち着いて。」

伍代はため息をついて、トワを引き離した。

「だから、トワと私とは一緒にいちゃいけないの。トワをダメにしちゃう。わかってよ。だから・・・私は行くよ。」

そう言って伍代はトワに背を向ける。

「待ってよ!!」

トワは大声でそれを静止する。伍代は思わず立ち止まってしまった。

「行かないで!!行かないでよ!!トワ・・・好きなんだもん!!伍代さんのこと大好きなんだもん!!なんで一緒にいちゃいけないの?ずっと一緒にいたいの!好きだから・・・っ。いて欲しいんだもん・・・。・・・ねぇ、トワ、ホントの気持ち言ったよ?伍代さんはそれがホントの気持ちなの?ホントにトワなんてどうでも良くなっちゃったの?ねぇ・・・伍代さん・・・いかないでよぉ。」

トワが肩を震わせて泣きながら言う。


好き。

改めてそう言われ、伍代の中の何かが止まらなくなった。

本当の気持ち。

そんなもの一つしかないだろう。

どうでもよくなった。

そんなわけないだろう。

行かないで。

そんな声で言わないでよ。


「あぁ・・・もう、この馬鹿アイドル!!」

伍代は振り返るとトワを抱きしめた。

「人が良かれと思ってせっかく我慢してたってのに。」

「そんなの・・・我慢しないでよ・・・。」

トワはぎゅっと伍代を抱きしめ返して言う。

「ずっと、一緒にいてよ。好きなの。・・・伍代さんは?・・・トワのこと・・・。」

「そんなの好きに決まっているわよ!」

そう言うと伍代は少しかがんでトワにキスをした。

トワも背伸びをして精一杯それに応える。

「っはぁ・・・伍代さん・・・大好き。」

「分かってるって。・・・っと。」

伍代はトワを抱きかかえた。思いのほかトワは軽い。


「ぎゃっ!!な、何するの!?」

「何するって、結ばれた二人のすることって決まってない?」

「え?ちょ、ど、どこで・・・!?」

「私の部屋。ベッドは残してあんの。」

トワは慌てて暴れる。

「ちょ、ちょっと待って!!こ、心の準備が・・・!!」

「何よ、トワ今更・・・色んな人と寝たんじゃなかったの。」

「何それ、サイテー!!今その話する!?」

「だって、トワ、この前涙ながらに話してたじゃない。」

「だからって今掘り起こさないでよ!馬鹿っ!デリカシーないの!?」

トワがそう言って伍代をひっかく。

「いてっ!暴れないで。もう黙ってよ。私は、我慢の限界なの!ホントはトワだってしたいくせに。」

「も、もうっ!馬鹿っ!って・・・ちょ、あ。あ。まって・・・。」

伍代はトワを抱えて自分の部屋に入るとそのままドアをばたりと閉じたのだった。



「ん・・・・。」

トワが目を覚ますと、横に伍代が寝ている。

狭いベッド。夕日の差し込む部屋。何もない部屋。

だけど、一人じゃない。

あぁ、一人じゃないんだ。

トワはそう思って伍代の腕の中に潜り込んだ。

それに気づいて起きた伍代は、トワを自分の方に抱き寄せてやる。

「幸せね・・・すごく、幸せね。」

トワが目をつぶりながらそう何回も言うので、伍代は「そうね。」と答えてやって額にキスしてやった。

今までやってきたことは消せないし、忘れられない。

でも、これからはこの人と幸せになるんだ。いっぱい笑って、いっぱい幸せになるんだ。

トワはむくりと起き上がって、五代の唇に軽く口付ける。

「可愛い。」

伍代はトワの顔をそっとなぞってやった。

今まで、自分の気持ちに嘘をついてきた。面倒なことは避けてきた。

でも今は違う。すべてに向き合う覚悟ができた。それもこれもトワのおかげだ。

これからは、トワの笑顔を守ってやりたい。そんな立派なこと言える地位ではないが、できるだけのことはしてやりたい。伍代はそう思うようになった。

「これからはずっと一緒ね。」

トワはその伍代の手を取り手の甲にキスする。

「ずっと一緒。」

それを聞いてトワはにこりと微笑む。

その顔を見て伍代はベッド脇に置いていたカメラを持ち出してきてトワの写真を撮った。

「こんな格好で撮るの?」

「これは、私専用の写真。」

それを聞いてトワはふふっと笑ったのだった。

「じゃあ思う存分、撮って。」

嵐は過ぎ去り、甘く幸せな時間が二人のあいだには流れていた。



それから二、三日たったある日、伍代とトワのもとに大和がやってきた。

「なんですか?話って。」

伍代が聞くと、大和は真剣な顔をして言う。

「聞いて、伍代。」

「はい?」

「色々とね、この写真集のこと宣伝したのよ。トワちゃんからもらった写真もサンプルで掲載したりして。」

「はぁ。」

大和は伍代とトワにぐいっと近づく。

「そしたら・・・。どうなったと思う?」

「もう、引っ張るなぁ・・・早く言ってくださいよ。」

「わ、わかってるわよ、・・・そしたら!評判いいのよ。予約殺到!!まぁ、あのトワちゃんの一件もあってさ予約二倍!!でさでさ!私いいこと思いついちゃったんだよね。」

「何をですか・・・?」

大和はカバンから資料を出す。

「じゃじゃーん。」

二人は資料を覗き込んだ。

「“八雲トワ写真集第二弾~トワに密着一年間”・・・なにこれ。」

トワは大和を見上げる。

「伍代が!引き続き!このマンションで、トワちゃんと一緒に住んで一年間密着撮影すんの!今度はさ、四季を通してのトワちゃん、いいと思わない!?」

それを聞いて伍代とトワは顔を見合わせた。

そしてくすくす笑う。

「え?何?何?私・・・なんか変なこと言った?」

「いや・・・いいアイデアですね。」

笑いながら伍代が言う。

「でしょ!!ねぇ、どう、二人共、やってくれる?」

大和が目を輝かせて言う。その前で我慢できずトワは腹を抱えて笑っている。

「なによ、なんなのよ、笑ってないで返事聞かせてよ。」

それに対しての二人の返事は既に決まっていた。

『もちろんOKで!!』


伍代とトワの新たな日々がまた始まろうとしていた。

空は青くどこまでも晴れ渡っていた。

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