Stage 10.All good things come to an end
“母親は娼婦、自らも売春漬けの毎日、爛れたアイドル八雲トワ”
そんな見出しの週刊誌を横に放り投げてトワがうずくまって震えている。
「どうしよう・・・どうしよう・・・。どうしよう・・・。」
「トワ、落ち着いて、これはどういう事なのよ!?」
「どうしよう・・・どうしよう・・・。」
伍代の呼びかけにもトワは答えない。
伍代はトワの腕をとって引っ張った。
「トワっ!!しっかりして!!」
「伍代さん・・・っ!!うぇ・・・・。うぇぇぇぇぇぇぇん。」
急にトワが大泣きし出す。これは手のつけようがない。
しかし、こっちも一体何がなんだかわからないので手の施しようがない。
伍代はトワの両肩を抱きかかえて揺すった。
「トワ、いいから落ち着いて、どうしたの!?この記事は、本当なの!?」
するとトワは一瞬、目の色が戻って、「うぇ・・・。」と、涙をこらえた。そして何度も頷く。
「うん・・・うん・・・。大体は・・・うん・・・どぉしよう・・・伍代さん・・・なんでぇっ!?どうしてぇ!?うぇ・・・うぇぇぇぇぇん。」
そしてまた泣き出した。
「あー、もうっ・・・。」
これでは埒があかない。
とりあえず、トワが落ち着くのを待つしかない。伍代はそう思ってトワを抱きしめてやった。そして頭を撫でてやる。
「落ち着いて・・・ね?大丈夫だから。」
そうやって、しばらく言ってやっているうちに、段々トワも落ち着いてきたのか泣き止んだ。
そしてやっと我に返ったのかゆっくり伍代の手を引き離した。
「落ち着いた・・・?」
「う・・・・。」
トワは目に涙を貯めながらも頷く。
「トワ・・・、どうしたのよ、何があったの?」
「一人になっちゃうの。せっかく、ここまで、頑張ってきたのに、また一人になっちゃう。」
「だからどういうことなの?・・・もし、・・・もし、トワが嫌じゃなかったら・・・何があったか、教えて欲しいの、この記事が・・・何なのか。」
するとトワはふぃっと外を見た。
ビルから朝日が差し込む。
その朝日が嫌に眩しかったのでトワはふらふらと立ってカーテンを閉めた。そして戻ってくると、またずるずると壁にもたれて座り込んだ。
「・・・聞いてくれる?トワの・・・ううん・・・わたしの汚くてつまらなくてどうしようもない話。」
今まで見たことない嫌に冷めたような生気のない目で伍代を見つめた。
「えぇ・・・。」
伍代が真剣な顔でそう応えると、トワは、今度は遠い目で、ぽつりぽつりと話し始めた。
「わたしのね、母さんは、そこに書いてあるように娼婦だった。しかもその道じゃ結構有名な。だからさ、わたしの父さんは誰かわからない。なんとなくできて、なんとなく産んだ。そんな感じだよ。そんなんだから、わたしが生まれてからも母さんがきちんと育てられるわけもなくて、わたしはすぐ施設に預けられたよ。」
トワは伍代をちらりと見ると苦笑いをした。
「でさ、わたしも施設にいるときは何も、ただ・・・母さん理由があって預けたんだとなんとなく思い込んでたんだけど、小学何年生だっけな、忘れたけど、いくつかの時、同じクラスの生徒に言われたんだ。“お前は母さんに捨てられた、いらないから置いてかれたんだ”って。その時初めて、絶望して思った。あぁ、そうか・・・わたしは置いてかれたんだ。必要がないから、いらなくなったから、捨てられたんだって。そこからだよ、わたしが負い目を感じ始めたのは。」
「トワ・・・。」
「でもさ、わたしが、中学二年になってしばらくしたとき、ふらりと母親が現れたんだよ。わたしを引き取るって。嬉しかった。すごく嬉しかった。ほら見ろ、わたしはやっぱり捨てられてなかったんだ。わたしは必要な人間なんだ。そう思った。周りの大人は大反対したけど、わたしは母さんについていくことにしたよ。何の迷いもなく。だけど・・・。」
トワが言葉をつまらす。
「だけど・・・?」
「だけど、ついって行って、いたのは知らない男。母さんはその男に言うんだ。“なかなか可愛い顔してるでしょ、あんた好みの”って。それで、男はわたしを引っ張って部屋に連れ込むの、金を母さんに渡して。“ひでぇ母親だな”って。母さんはそれを聞いて笑ってるんだよ。・・・わたしは金儲けの道具にされたの。」
「・・・なんて、親・・・。」
「でも、わたし嬉しかったんだよ?母さんの役にたてて。これで、わたしは役たたずじゃない?置いていかない?必死だった。怖くて、痛くて、気持ち悪くて、最悪だったけど、耐えたよ。母さんのためだもの。」
「・・・・・。」
涙を貯めながら話す姿は痛々しく、伍代の方が泣きたくなってくるほどだった。
しかし、トワの話は続く。
「そんなわたしと母さんの関係が中学卒業してもしばらく続いたある日、母さんに新しい男ができたの。今度はすごく入れ込んでて、わたしのことなんて放りっぱなしで、帰らない日が何日も続いた。ある日、久々に帰ってきたと思ったら、そいつとまた出かけるって。わたしは止めた。行かないでって。そうしたら叩かれて五月蠅いって言われて出て行かれて・・・それから母さんはそのまま交通事故であっけなく・・・もう二度と帰らなかった。」
「っ・・・・。」
「わたしはまた置いてかれた。いらないって・・・止めたのにわたしは・・・置いていかれたの。」
そう言ってトワは三角座りをすると、膝に顔をつけてうずくまった。
しばらくは何も言わなかったが、ふとまた顔を上げて、力なく笑う。
「ごめん・・・話し続けるね。・・・それからわたしはまた施設に逆戻り。でもそれが嫌で抜け出した。夜中に逃げた。もうどうだってよかった。一人になりたかった。でも不思議だね、街を歩いていてやっぱり一人じゃどうしようもなくて、一人は嫌で、誰かと一緒にいたくて。気づいたら、母さんのいた街にいて、一晩・・・ううん、毎晩のように、一緒にいてくれる人探してた。」
トワは週刊誌の“売春”という文字をなぞって、それがこれね、と言った。
「何もくれなかった母さんがだけど、唯一わたしにくれたものでありがたいものはこの顔だと思ってる。街角につっ立ってたら、勝手に男でも女でも寄ってくるから。相手に困ることはなかったよ。一晩寝る場所を用意してもらって、お金もらって。楽だったよ、気持ちよさそうにしていたら、いっぱいお金くれるんだもん。お金持ちの人だったらいいホテルに泊まれるしね。」
そこまで話すとトワは伍代を見て笑った。
「いいよ、もっと軽蔑した目で見て。それくらいのことはやってきたから。」
「そんな・・・そんなこと・・・。」
確かにトワの言っている話は理解しがたいものかもしれない。だが、軽蔑など決してできるようなものではなかった。なにもトワは悪くない。伍代はそう思った。
「・・・やっぱり、伍代さんは優しいね。・・・話、続けるね。そんなね、自堕落な生活が続いた。でもね、聞いて。どんだけ、いろんな人と寝て、愛を囁かれても、次の朝になったらその人はわたしを置いて出て行くの。いつも。わたしは朝になったらまた一人ぼっち。馬鹿らしいよね、行きずりの人に何かを求める方が。でも、わたしは寂しかった。一人になるのは嫌だった。でも、どうしようもないよね。朝には一人いつも置いてかれるの。」
「トワ・・・。」
「それからね、ちょっとまともな生活しようと思って、バイト始めたんだ。バーで働くの。昼は喫茶店なんだけどね。夜になったらステージとかもあったりして、わたし、歌うの好きだったから前座で歌わしてもらったりして。そんなね、ちょっとマシかなって思うような生活をしてても・・・やっぱりダメ。やっぱり寂しくなったり、お金がなくなったりしたら、誰かを求めて夜の街フラフラしてた。結局、一緒なのにね。置いていかれるのにね。」
トワはふぅとため息をついた。時々笑顔は見せるが表情は相変わらず暗い。
「でもね、そんなある日ね、わたしのこと好きだっていう女の人が現れたの。駆け出しのモデルなんだけどね。最初は信じられなかった。嘘だって。でも、一晩たっても、二晩たっても一週間たってもいなくならないの。ずっと一緒にいるよって言ってくれて。一人にしないって言ってくれて・・・。すごく嬉しかった。それから、その人と一緒に生活したよ。楽しかった、夢みたいだった。もう一人じゃない。そんな生活が半年位続いて、その人のこと信じに信じて・・・最後にね、捨てられちゃった。外国にね、仕事にね、わたしを置いて行っちゃった。バイトから帰ったら誰もいなくなってた。またわたしは置いていかれたんだ。どうしようもないね。わたし。本当に。みんなに必要ないから、置いてかれて・・・。」
「・・・・・。」
「もう、それからやけになって、わたしまた爛れた生活に逆戻りね。でさ、ある日そういう場所に行ったの。そしたら、おじさんが寄ってきて言うんだ。“バーでずっと見てた。アイドルにならないか?”って。それが今の社長なんだけどね。わたしはびっくりしたよ。こんなわたしがアイドルになれるわけがない。でも社長は言うの、君だったら輝けるって。どうせ、やることもなかったし、わたしはその時冗談半分で社長の言うことを聞いた。そしたら・・・。気がついたらトップアイドルになってた。」
トワは、そう言うとくすくすと笑う。
「ねぇ、知ってる?社長と出会った場所の名前が【永久】って言うんだよ。やくも町ってとこにあった。だから八雲トワなの。わたしの本当の名前なんてもう忘れちゃったぁ。」
「そう・・・だったの。」
「うん・・・。アイドルになってからはね、大変。わたし、言葉遣いは悪いし、踊ったことないし、本格的に歌習ったことないし、でも、どんなレッスンにも耐えたよ。まぁ、一回逃げ出したこともあるけど。でも頑張った。だってね、もし、これでもし、わたしが生まれ変われたらって思って。何かが変われたらって思ってさ。そしてね、結果として売れたんだけど。・・・すごいよね。わたしが追っかけなくても、みんなわたしを追っかけてくれるんだよ。一人になんてしないの。どこに行ってもみんながいて。わたしを求めてるの。だからどんなにスケジュールがきつくても辛くてもわたしはみんなのために頑張ろうって思ったよ。頑張った。嬉しかったもの。こんなに幸せなことはないって・・・。なのに・・・だめだね。もう・・・それも、だめなんだね。」
今まで堪えていた涙がトワの目に溢れ出す。
「わたし、やっぱり、一人になっちゃうんだね。みんなに嫌われて、捨てられちゃうんだ。」
「そんなことない、そんなことないよ、トワ。ほら、水沼さんもいるでしょ?」
「アイドルじゃなくなったら、水沼もいなくなっちゃうよ。こんな記事書かれて、みんなこんな八雲トワのこと好きになるはずがないよ。アイドル失格だよ。一人になっちゃうんだ。うぇ・・・。また置いていかれるんだぁぁ。」
「トワっ!!」
伍代はトワを力いっぱい引き寄せて抱きしめた。
「ごだいさん・・・・?」
今まで、ただ明るくて馬鹿でうるさくて・・・そんなやつだと思っていたのがどうだろう、人一倍努力して、人一倍傷ついて、人一倍泣いて、・・・そして今も泣いている。どうして、こんな目に遭わなきゃならない。どうして今まで一人で頑張ってきたのか。
そう思ったらいてもたってもいられなくなって、愛おしくなって、苦しくなって、全力で自分がトワを守らなくてはならないと伍代は感じた。
「一人になんてしない。させない。私がいるでしょ?」
トワは泣きながら首を振る。
「嘘っ!伍代さんも嫌いになったでしょ!?わたし、最悪なことばっかしてきたんだよ!?」
「何が最悪なのよ、トワは頑張ってきただけじゃない。誰よりも必死に頑張ってきただけじゃない、なんで嫌いになるのよ。」
「ふぇ・・・・頑張ったんだよぉ、わたし・・・でも、ダメなの。ダメなの。」
「大丈夫、みんなトワを嫌ったりしない。大丈夫だから。」
トワは首を振り、涙を流し続ける。
伍代はそんなトワの頭を抱えてぎゅっと抱きしめる。
「ダメなんて言わないで。私がいる。トワには私がいるよ。もしも、もしも誰もトワに見向きしなくなったって、私だけはトワのそばにいるから。絶対に。」
「嘘っ!!そう言って、放っていくんでしょ!?わたしを、また一人にっ!!」
トワは抱きしめる伍代に抗うように暴れる。それを伍代は必死に押さえ込む。
「させない!!こんなトワおいていけるわけない・・・。私の目を見て。私はそりゃ・・・適当な人間かもしれないけど、トワをおいては行かない。絶対。」
そう言われトワは伍代の目を見た。伍代はまっすぐトワのことを見つめている。迷いのない目で。
いろんな人と寝てきたが、これほどの目で自分を見てきた人はいただろうか。
信じてもいいのだろうか、手が震える。
いつも裏切られてきた。置いていかれた。信じようとして。
わかっていた。自分はそんないい人間じゃない。価値のない人間だと。
けれどいつもそう思うたび心のどこかで期待する自分もいた。
そして傷つく。
その繰り返し。
もう嫌だ。
もう嫌だ。
だけど、今度は違うのだろうか、信じていいのだろうか、この人を。
確かに伍代は好きな人だ。一緒にいて欲しい。でも心から信じていいのだろうか。自分の全てを打ち明けても一緒にいてくれるのだろうか。
「伍代さん・・・本当・・・嘘じゃない?本当に・・・いてくれるの?」
「いるよ。決めた。私はトワのそばを離れない。ずっといる。ずっといるから。」
トワは涙目で伍代を見上げる。そして伍代の顔を少し震えた手でなぞる。
「置いていかない?わたしを一人にしない?」
トワの手を取り、伍代は自分の頬にその手を寄せた。
「しない。しないよ。」
「伍代さん・・・。」
信じたい。この人を。
安心したのかトワはぎゅっと伍代を抱きしめ返す。
「・・・どこにも・・・いかないでね。」
「いかなって言ってるじゃない。」
トワはじっと伍代を見つめる。伍代もトワを見つめ返す。
そしてそっとトワの頬に手をかけてやって目を閉じた。
トワもそれに身を委ねる。
「約束・・・。ん・・・。」
そして二人は口づけた。
優しく包み込むように伍代はトワに口付ける。それはとても優しくて、トワは思わず涙を流してしまった。伍代はその涙をキスで拭ってやる。
「ごだいさん・・・。」
そう言って弱々しく見上げてくるトワの顔が、こんな時なのに、嫌に可愛く見えて、どうしようもなく愛おしくてたまらなくなって伍代はもう一度トワの唇に唇を寄せる。
今度は二人噛み付くように口付ける。求め合うように。離すまいと舌を絡め合う。熱い吐息が交じり合う。
一通り貪り合うと唇を離し見つめ合い、トワは伍代の胸に顔をうずめた。
「離さないで。ずっと・・・。」
伍代はトワの頭にキスしてやる。
トワは伍代にうもれて目をつぶった。
しばらく伍代に身をゆだねていたが、トワはゆっくりと目を開けて、急にこんなことを言いだした。
「辛かったんだよぉ。でもね、伍代さん、でもね、どんな最悪なやつらでも朝になるとわたしを置いていくんだ。ねぇ、そんなにわたしって価値ない?わたしって産まれてこなきゃよかったのかな?」
一旦は泣き止んでたトワがまた泣き出す。
「トワ、そんなこと言わないで。私はトワに会えてよかった。トワに会えてなきゃ、私だって死んだような生活だった。トワがいてよかったよ?」
「伍代さん・・・。」
「もう、トワにそんなことさせないし、そんな思い絶対にさせない。約束。・・・トワ、手、かしてみて?」
「伍代さん・・・?」
伍代はトワの手をとるとぎゅっと繋いでやった。
「大丈夫。大丈夫だから。」
そう言ってつなぐ手の暖かさはひどく心地よく、どうしてこの人はいつも自分をここまで安心させてくれるのだろうとトワは不思議な気持ちにもなった。
「ふぇ・・・伍代さん・・・不思議だね・・・なんか、伍代さんに手、繋いでもらうと・・・いつも、落ち着く。伍代さん、すごいね。」
「今頃気づいた?遅いんだよ。私はなただのおばさんじゃないのよ?」
そう言って伍代は微笑んだ。トワもそれにつられて、すごいねと微笑む。
しばらく手をつないで無言で寄り添って座っていたが、トワが口を開いた。
「伍代さん、今晩、わたし、みんなに言うね。ホントのこと。で、謝る。もしかしたら、その流れによったらアイドル引退になるかもしれない。でも・・・それでも、伍代さんはわたしのそばにいてくれる?」
「馬鹿、だからいるっていったでしょ?トワがアイドルじゃなくなってもずっといるよ。」
「・・・ありがと。・・・ねぇ・・・もう少し・・・このままで、いて・・・いい?」
「もちろん。」
そう言うと伍代はまたトワを抱き寄せてやった。トワは目をつぶって、伍代の体温を優しさを感じたのだった。
「ねぇ・・・伍代さん、ホントはね、わたしね、自分のホントの名前覚えてるの。一度だけ・・・、今日一度だけ伍代さんにそれ呼んで欲しい。」
「・・・いいよ。なんて言うの?」
トワは伍代の耳元で自分の名前を告げる。
「いい名前じゃない。」
「そう?」
「いい名前だよ。――――。」
今度は伍代が耳元でトワの名前を囁いてやる。
トワはにこりと笑って。伍代の肩にもたれかかった。
「ありがとう。伍代さん。」
トワの目にはまたうっすらと涙があった。
みんなにありのままの自分を告げる。
それがどういう結末を迎えたとしても。
トワの心は決まった。
トワにとっての大舞台は、まだこれからである。
でも何があっても大丈夫。この人がいるから。
伍代はトワの何よりの心の支えとなっていた。
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