Stage 9.There are none so deafs as those who won't hear

水沼のマンション。

水沼の部屋の前にトワは立っていた。

「トワ、急に何なのです!?」

そう言って水沼がドアを開けたとたんトワは水沼に抱きついた。

「ト、トワ・・・!?」

「うわぁぁぁぁん、水沼ぁぁぁっ!!」

いきなり泣きつかれて水沼は驚く。

「ど、どうしたのですか!?」

「水沼ぁ、苦しいよぉ~~~~っ!!」

そう言って泣きつくトワを水沼はとりあえず部屋の中に入れる。

「とりあえず、うちに入りなさい。話はそれから聞きますから。」


家に入れたものの、トワは相変わらず苦しい苦しいと号泣である。

「トワ・・・落ち着いて。これで、鼻ちーんしなさい、ちーん。」

そう言ってティッシュを渡す。

「うぇ・・・。」

トワはティッシュを受け取るが、また涙目になる。

「水沼、子供扱いしないで。う・・・でも、トワ、やっぱり、子供・・・子供なんだぁ・・・うわぁぁぁん。」

水沼はそれを聞いて心当たりがあるらしく、はぁとため息をこぼした。


「伍代さんですか。伍代さんですね。原因は。・・・何されたんですか?」

「何も、何もされてない。トワが、キスしただけ・・・。しかもちょっとディープ。」

「はぁ!?キス、したんですか?」

トワは泣きながら頷く。

「でも、忘れてって言ったの。でも、やっぱり・・・やっぱり、忘れて欲しくないぃぃぃ。うぇぇぇぁぁぁん。」

「あぁ~もうっ、ハイハイハイ。」

水沼は泣くトワを抱きしめてやって、背中を撫でてやる。


「・・・水沼ぁ、恋ってこんなに苦しかったけ?」

「・・・だからあの人はやめなさいって言ったんですよ。」

「うん。嫌いになれたら楽なのに・・・。でも・・・好き。優しいんだもん!好き。好きなのぉぉ。」

そう言うとまた泣き出す。

「全く手のかかる子ですね。」

「ごめんね、ごめんね、水沼。迷惑かけてばかりだね。」

「・・・まぁ、迷惑かけられるのがマネージャーの仕事だと思ってますから。」

仕方ないとばかりに水沼がそう言うとトワはまた涙腺を緩ませた。

「水沼ぁ・・・!好きーーーー!!」

トワは水沼に抱きつくとそのまま押し倒す。

「本当に貴女は馬鹿な子ですね・・・。」

水沼はまたひとつため息をついたのだった。


しばらくトワは、泣いては何かを言っての繰り返しであったがだいぶ落ち着いてきたのか、口数が少なくなってきた。それを見計らって水沼は自分の部屋に連れて行き、ベッドにトワを寝かしてやった。そして髪の毛をかきあげてやる。

「大体、貴女、このところ仕事続きでろくに寝てないでしょうに。ちょっと休みなさい。そこからどうするか考えましょう。」

「うん・・・。ごめんね。・・・トワ、女々しい?」

「まぁ、元々気性の激しい性格の貴女をこんな性格にさせたのは私のせいでもありますからそこは何も言いません。」

「水沼・・・。ありがとね。」

「お礼はもっと貴女が稼いでから言ってください。」

それを聞いて、トワはふふっと笑った。その笑顔を見て水沼も微笑む。

「なんだかね、あの時思い出すね。」

「なんです?」

「トワがね、アイドルになりたてで、水沼が組んだレッスンがきつくてもう無理だって、やっぱトワにはアイドルは無理だって泣いてた時。」

「そんな時もありましたね。あの時は逃げたあなたを探すのに一苦労しました。」

水沼は困った顔で笑うと、トワの額を軽く指で弾いた。

「へへへ。ごめんね。でも、水沼は優しいね。いつも優しいね。」

そう言われ、水沼は少し驚く。

「あまりそういうことは言われませんが・・・殊更あなたに言われると驚きます。」

「えぇ~、そう?いつも思ってるよ?」

「そうですか、それはマネージャー冥利に尽きますね。・・・さ、くだらないこと言ってないで早く、寝なさい。」

「はぁい。」

そう言って水沼は部屋の電気を消した。


トワも疲れきっていたのか、すぐに眠りについてしまった。

それを確認すると水沼は部屋を出て携帯電話を取り出した。

そしてある人物にコールする。

しばらくして相手が電話に出た。

「・・・もしもし、水沼さん?どうしたの?」

その人物とは伍代であった。

「どうしたもこうしたもありません。だいたい想像つくでしょうに。」

そう言われ伍代は黙り込む。

「貴女のマンションの近くに24時間営業のファミレスがあるでしょう。そこに来なさい。いいですか、あなたに拒否権はありませんよ。」

要件だけ言うと、伍代の返事は聞かず水沼は携帯を切った。

「マネージャーとしては行きすぎかもしれませんが・・・ごめんなさい、トワ。でもどうしても。」

そして車のキーを持つとトワに気づかれないように部屋をそっと出たのであった。


深夜のファミレス。

それほど混み合っていなかったので水沼はすぐに伍代を見つけることができた。

伍代はきょろきょろと辺りを見回して挙動不審である。

水沼の姿を見ると伍代はびくりと固まった。

「や、やあ、水沼さん。」

「やあ・・・じゃありません。貴女という人は全く。」

じろりと睨んで水沼は席に座る。

「で、貴女も馬鹿じゃないんですから、何で呼び出されたかわかっていますよね?」

「だ、大体は。」

「・・・じゃあ、言います。もう本人の意思なんて無視してはっきり言います。トワは貴女のことが好きです。」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~。」

それを聞くと、伍代は深いため息をついて両手で頭を抱え、うずくまった。

「どうしてくれるんですか、この馬鹿女。おかげでトワは再起不能です。ほんと最低ですね。うちのトップアイドルに何てことしてくれるんですか、この馬鹿女。この三流。」

平然とした顔で悪態をつく水沼に伍代は、これ以上はやめてくれと言った表情で訴える。

「私にそんなこと言われても、惚れたのはトワの方でしょ?どうにもこうにも・・・。」

「黙りなさい!貴女も貴女です。中途半端な態度をとって。その気がないのならいっそこっぴどく振ってください、そのほうがよっぽどトワのためです。」

そう水沼に怒鳴られ、伍代は落ち込む。

トワが自分のことを好き。

なんとなく出て行く前の様子からそんな感じはしていたが。

改めて言われると重い。


・・・どうする。

じゃあ、こっぴどく振る?


「・・・できない。」

「はい?」

「突き放すなんてできないの。」

それを聞いて水沼は眉をしかめる。

「それでは、何です?両手を広げてハッピーエンドですか?そんな馬鹿なこと・・・。」

「いや、それもできないの。わかってるよ。水沼さんの言いたいことはよくわかってる。私は何?三流のカメラマンでどうしようもないおばさんで。トワは何?トップアイドルで若くて未来があって。私となんか一緒にいちゃいけない。わかってるよ。それくらい、私も馬鹿じゃないんだからわきまえてる。でも。」

「でも、何なのです。」

「突き放しもできない。そんな勇気も出ない。一緒にいたいのよ。・・・子供は私の方なのよ。」

「・・・・・。」

「でもさ、どうにもそんな一緒にいたいとかいう気持ち、自分自身も受け入れられなくて、誤魔化したくて、毎回トワにひどいこと言って、それでも私の中でトワは何言っても絶対帰ってくるって傷つかないって・・・甘い考えがあって・・・そんなわけないのに。実際、出て行かれたし。ホント、全部、私が悪いんだ。どっちつかずのままずっとトワの気持ち揺さぶるだけ揺さぶってさ。」

「伍代さん・・・。」

「それに私もよくわからなかった。こんな感情。今もよくわかない。いや・・・分かりたくないだけかもしれないけど。」

そう言って下を向いたままうなだれる伍代を見て水沼はため息をつく。


「全く、貴女たちは本当にお馬鹿さんたちばかりですね。」

「水沼さんはしっかりしてるよ、私より年下なのに。」

「少なくとも貴女よりは全うだと思っています。」

「ははは・・・。」

頼りなく笑うと、伍代は窓の外を見た。

キラキラ光るネオンの光がトワをいつも照らすスポットライトに似ていて、最後に見たトワはどんな顔をしていたっけ。

そんなことを考える。

そんなに前のことじゃないくせに、もうぼんやりとして思い出せないけど、泣いていたような気がする。


誰が泣かせた?

・・・そうか、私が泣かせてしまったのか。


そう思うと何とも言えない気持ちになってきて、自分も泣きそうになってきた。

一人暗い気持ちになって押し黙る伍代を見て水沼はイライラと彼女を睨んだ。

「トワは救いようのない馬鹿ですけど私にとっては可愛い子です。今までトワが輝けるようにならなんでもしてきたつもりです。だから、今、そこらへんのくたびれたおばさん風情に泣かされているというのがとても気に食いません。本当に一発殴ってやりたい・・・と、思っているくらいです。が、それをすると余計トワが泣くのでしませんが。」

「水沼さん・・・。」

普段、冷たいことを言っているようだがやはり水沼はトワのことを想っているようである。その想いが痛いほど伝わってくる。

そんな水沼にしたらどっちつかずで落ち込んでいる自分は本当に最低な女なのだろう。伍代は思った。

「貴女も、大人なら、しっかりなさい。もうこの際、あなたの意見はどっちでもいいです、とりあえずはっきりしなさい。そしてそれをトワに伝えてやりなさい。私はトワのあんな顔見るのはもう御免です。」

「大人か・・・。」

水沼に叱られ伍代は考える。

私なりの答えを、今出せる答えをトワに言ってやらないと。

自分の写真を褒めてくれた、一生懸命励ましてくれたトワに。できる限りのことを応えてやらないと。

そう思い直して自分の頬を叩いた。


「・・・水沼さん、トワのところに連れて行って。まだ、答えは出ない。保留。でも今の私の気持ちを言えるだけの気持ちを伝えてやりたい。」

「・・・わかりました。」

水沼は伍代の真剣な表情を見て、彼女なりの答えを出したのだと思い、すべてを受け入れたわけではないがひとまず了解したのだった。


水沼のマンション。

部屋に入って電気をつけると、綺麗に片付いており、さすが水沼の家だなと伍代は思った。

入るとすぐに棚にトロフィーなどが所狭しと飾られてあった。なんだろうと見てみると、全部トワが賞を取ったものであった。

「なんで、水沼さんが持ってるの?」

そう聞くと、水沼は珍しく笑って言った。

「トワが私に持っていてって言うんです。こんな賞取れたのは全部水沼のおかげだって。自分をここまでしてくれたのは水沼のおかげだから全部あげるって。自分がとったものなんだから自分も欲しいでしょうに。・・・そういう子なんです。」

「そっか・・・。」

全く、トワらしいな・・・そんなことを思っていると、水沼の部屋からトワが出てきた。


「水沼・・・?どこか行ってたの・・・?」

「トワ・・・。」

「伍代さん!?」

伍代の姿を見つけてトワは目を丸くする。そして逃げるように水沼の部屋に入ろうとしたが、伍代に静止された。

「待って、トワ。話がしたいの。話をするために来た。だから・・・ちょっとだけ私の話聞いてくれない?」

「・・・・・。」

「お願い。」

そう言って伍代はトワのそばにいくとしゃがんでトワの両手を握った。

「伍代さん・・・。」

「私はトワに言いたいことがいくつかある。まずは謝るよ。ごめんね、色々傷つけたね。ひどいこと言ったよね。私、そういうの鈍くて・・・気がつかなくて、トワにいっぱいひどいことしたよね。」

「そんな・・・。」

トワは首を振った。

「それから・・・一緒に暮らすの・・・私も楽しい。最初は私だって嫌だった。なんでこんなやつとって思ったけど、いつの間にか一緒にいるのが当たり前になって、トワにもうすぐこの生活が終わるって言われるまで気がつかなかったよ。それくらい楽しい。」

「伍代さん。」

トワは目に涙をいっぱいためている。

「あとさ、同じ年に生まれたかったって言ってたよね、同じ気持ちになりたいって。そんなことしなくていいんだよ。トワは私と違う気持ちでいいの。そりゃ、世代が違いすぎて驚くこともあるけど、そういうの色々教えてくれればいい。違う気持ちを私に教えてくれればいいの。たくさんそういう話しよう?トワは確かに子供かもしれない、でも全然悪くないんだよ。子供のトワにもいいところはいっぱいあるし、それにゆっくり大人になればいいんだよ。急ぐ必要なんてない。全然ないんだよ。」

「ふぇ・・・。」

トワはそれを聞いて今にも泣き出しそうな勢いだ。伍代はそれを見て、頭を優しく撫でてやる。

「帰ろう、トワ。一人は淋しいよ。あのマンションは広すぎる。たくさん話そう?いろんな話をしよう。二人で。」

「伍代さん!うわぁぁぁん。」

トワが思わず伍代にしがみつく。伍代はそれをぎゅっと抱きしめ返してやった。

「それが、貴女の保留ですか。」

水沼に少し睨まれながら伍代は言われた。

「とりあえず、これで待って。少しの間。」

そう言って泣くトワを抱きしめる。トワも伍代の胸に顔を埋める。

そんな二人を見て水沼はため息をついた。


お互い告白してないのにラブラブじゃないですか。全く、この先どうするつもりなんですか・・・。


それから、落ち着いてから伍代たちは水沼の車でマンションへと帰っていった。

「はー、やっぱ、ここが一番落ち着く。」

「うん・・・。」

「ははは、トワ、目、真っ赤。」

そう言って伍代は笑った。トワは恥ずかしそうに言う。

「だって、だって・・・。もう・・・。」

そんなやり取りをしていた時のことだった、急に玄関の扉が開いて誰かが走って入ってくる。

「え、水沼?」

それは水沼だった。手には週刊誌がある。

「あれ、水沼さん帰ったんじゃ?」

水沼はいつになく真剣な顔をして、週刊誌を開いてトワに押し当てた。

そして肩を持って言う。

「いいですか、トワ、落ち着いて。私から電話があるまでここから一歩も出ないように。」

「え、どういう・・・。」

「いいですね。伍代さんと一緒にずっとここに居るんですよ。私はプロダクションに掛け合ってきます。いいですね。」

そう言うと走ってまたどこかに行ってしまった。

トワは水沼に渡された週刊誌を広げてみてみる。


「なに?急に。どうしたのよ。」

伍代がそう言ってトワを覗き込んだ。すると、トワはがたがたと震えている。

「トワ・・・?どうし・・・。」

「どうしよう!伍代さん・・・!どうしよう!!」

トワは週刊誌を放り投げて伍代のシャツを引っ張った。

そしてずるずるとへたり込んで座った。

「どうしよう・・・もう、終わり・・・伍代さん。どうしよう。全部終わる・・・一人になっちゃう。」

「だから、何なのよ。」

伍代は訳も分からず、とりあえずトワの放り投げた週刊誌をとってみた。

するとそこには信じられない見出しがあった。


“母親は娼婦、自らも売春漬けの毎日、爛れたアイドル八雲トワ”


「な・・・これ、トワ・・・。」

「どうしよう・・・バレた・・・どうしよう・・・みんな・・・嫌われる・・・また、一人になっちゃう、わたし・・・一人になっちゃうの?」

トワは床にひれ伏してただただ震えていた。

伍代はあまりのことに頭が整理できず、ただそれを呆然と見ることしかできなかった。

マンションの外には朝日が登り、そんな二人を無情にただ照らしていた。

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