Stage 8.Lingering love breeds mistake

「お疲れ様でしたー!!」

トワが主役の二時間ドラマの撮影が終わってのキャスト、スタッフたちによる打ち上げの飲み会。それは小さな居酒屋を貸しきり状態にして行われていた。


「いやー、打ち上げはいいね~。」

なぜかそこには伍代の姿もあった。

「ねぇ、なんで関係ない伍代さんもいるの?」

「いや、こういうの人数多い方がいいからってプロデューサーさんに捕まって。」

「信じらんない。」

トワはうんざりしたような顔で言う。

だが伍代は気にせずそわそわした様子だ。

「なんか有名人いっぱいいるし、いいね、こういうの!!」

「馬鹿。」

元々性格は明るい方なのでこういうのはすぐに馴染めるのか、お酒を注ぎに行ったり世間話をしに行ったりとウロウロして伍代はすっかりドラマのメンバーの一員と化していた。


思う存分話回ってトワのもとに帰ってきた伍代は良い感じに酒も入っていたのか最初よりもテンションが高めになっていた。そんな伍代を横目でトワが睨む。

「最低・・・。」

「なによ、せっかく飲んでるんだからトワももっと楽しくしなさいよ。」

「してるよ、伍代さんが帰ってくるまでは。」

「はいはい。そりゃ、悪かったわね。」


トワはジョッキに残っていたビールを飲み干すと下を向いたまま伍代に話しかけた。

「でも・・・こういうの・・・もう終わっちゃうんだよ。」

「え?」

「もうすぐ・・・一ヶ月経っちゃう・・・。トワともお別れだね。」

そう急に言われ伍代はなんだか胸が痛くなった。


トワと別れる。

今という時間が、トワといる時間が当たり前になっていて、そんなこと考えたこともなかった。

しかし、一緒に暮らしているのはあくまでも期限付きの企画なのだ。


「そうか・・・もう・・・そんなになるの。」

「伍代さんは、この撮影が終わったらどうするの?またグラビア?それとも。」

「・・・わかんないのよ。この写真集が売れたら何かのきっかけにと思ってたけど、いざ言われてみたら何も考えてないの。笑っちゃうでしょ。ノープランで生きてるの、この年になって。」

そんな、とトワが首を振る。

そしてトワは何か決心したような目で伍代を見つめて口を開く。

「だったら・・・何も決めてないんだったら、伍代さん、このままトワのっ!」

そう言いかけたときだった。


「みっなさーん!!王様ゲームの時間だよーーー!!」

飲み会の幹事のスタッフがそう大声で言いだした。どうやら、みんなで王様ゲームをやるらしい。

なんだよ、いまさら。と文句も出たが幹事は気にせず進行する。

「はい、はい、文句言わない。これ、結構昔から盛り上がるんだから。ほらほら、引いた!引いた!」

皆は、笑いながらまたは文句を言いながらくじを引いていく。


「はいっ!王様だーれ!?」

そう言うと一人の中年男性が手を挙げた。

「僕なんですけど。」

「ええー監督!?」

申し訳なさそうに手を挙げたのはこのドラマの監督らしい。最初から大物だ・・・と周りが騒ぐ。

「で、王様は何を。」

監督はこういうのに慣れていないらしく、うーんと考えたあと、こういうのらしいことを言ってみる。

「えーと、じゃあ、3番が9番にキスとかで。」

「うわーーー、ベタすぎっしょ。」

「いきなりキスかよー。」

「ええー誰?誰―?」

あまりにもベタかつ盛り上がる内容の監督の発言に皆が大騒ぎする。

そして選ばれたのは・・・。


「私、3番。」

伍代が立ち上がる。

「おいおいおい飛び入り参加者かよー。で、9は?」

すると言いにくそうにトワが立ち上がる。

「あの・・・トワ・・・なんですけど。」

「えートワちゃん!?」

「うけるーーー!!」

皆はトワの思いをよそに大盛り上りだ。


「監督命令なんだから絶対だぞ!!あ、違った、王様命令か。」

そんなことを言われ、挙げ句の果てには、“キース!キース!キース!”と煽られる始末。

「え・・・えぇ・・・えぇっ!?」

トワが困り果てていると、伍代は皆の煽りを受け、行ってやるわよ!と意気込んでトワの肩を掴んだ。

「え!?」

そして、思いっきりトワの唇にくちづける。

「ん・・・んん!?」

そしてこれまた思いっきり引き離す。

「アイドルの唇奪ったぞーーー!!」

そう言って伍代はガッツポーズをすると皆から拍手を受けた。

それに対してキスされたトワは呆然と立ち尽くしている。


すると幹事が寄ってきて、

「トップアイドルの唇を奪った感想は?」

と聞いたが、伍代は笑いながら言う。

「感想もなにも・・・別に何も感じないですよ。」

みんなはそれを聞いてなんだよとまた笑う。

「何も・・・感じない・・・。」

トワはずるずると座り込む。

あんな大勢の前でキスされて、何も感じないと笑われて。

別に何も期待していたわけでもないが、だからといって・・・。

伍代を見てみると、何もなかったように次の王様ゲームに熱中している。

もちろん皆もそのあとも大盛り上りであったが、トワはずっと上の空であまりその声が聞こえなかった。


その後打ち上げが終わり、タクシーでマンションに帰ってきた二人であったが、トワはタクシーに乗っている間からずっと不機嫌である。

触らぬ神に祟りなしと放っておいた伍代であったが、帰ってもこの調子なので流石に気まずくなって声をかけてみた。


「あのさ、どうしたの?・・・私、何かした?」

するとトワはじろりと伍代を睨むと、ふいっと顔をそらして、

「別に・・・。」

と言った。

「別に・・・じゃないわよ、何かあったでしょ。トワ・・・あ、そうだ!もしかしてキス?王様ゲームの時のこと根に持ってんの?」

伍代にそう言われどきりとする。だが、伍代は的はずれなことを言い出す。

「悪かったわ、相手が私で。でもどうしようもないじゃない、そういうゲームなんだから。私だってやりたくてやったわけじゃ・・・。」

ついにはそんなことまで言われる始末で、トワは泣きたくなってきた。人の気も知らないで・・・!と、むきになって言い返した。

「でも、何も感じなかったんでしょ!?」

「え?あ・・・あ、あぁ・・・まぁ・・・。」

改めて言われるとそんなこと言ったっけかと思いながら伍代が答える。


トワは伍代に迫って彼女のシャツを掴んだ。

「じゃあ、もう一回してよ。」

「は、はぁ・・・!?なによ。それ。」

「何も感じないんでしょ!?だったら・・・何回したっていいじゃん!もう一回して。」

「何?トワ、酔ってる・・・。」

そう言おうとしたとき、伍代の唇は塞がれた。

「んっ・・・!」

噛み付くようにトワは伍代に口づけた。そして歯と歯の隙間をぬって舌を入れてくると伍代の舌と絡ませる。


ト、トワ・・・?


トワは尚も執拗に舌を絡める。

熱くて、吐息が漏れる。


「ん・・・ふっ・・・。」

それは、実際は短い間かもしれないが伍代にはとてつもなく長い時間に感じられた。

ゆっくりと唇をトワが離すと、トワは泣きそうな目で伍代を見つめた。

「っはぁ・・・。伍代さん・・・これでも・・・何も、感じない?」

「トワ・・・。」

どうしたのよと、驚いたような目でトワを見るとトワはそれに気付き、はっとした。

そして目線をずらして苦笑いをすると肩を落とした。


「ごめん・・・やっぱり・・・トワ、酔ってるみたい。・・・今のは・・・忘れて。」

トワはそのまま何も言わず、ふらふらと歩いて自分の部屋に入っていった。

一人置いて行かれた伍代は頭をかく。

「忘れろって・・・あんな顔されてあんなキスされて・・・忘れられるわけないでしょ。」


何も感じない・・・?

感じないわけがない。


「何も感じないわけないでしょ、馬鹿じゃない?」

伍代は天井を向いた。

そしてなぜか自己嫌悪に陥った。


私はトワになんて言ったっけか・・・。


思い出すとトワを傷つけるようなことばかり言ったきがする。でもそれは、そんなことで傷つくなんて思わなくて。でも、よく考えるとひどいことで。でもそうでも言わないと自分の何かがおかしくなりそうで。

嫌な考えの流れがぐるぐる回る。

「なんにしろ、最低。」

そう呟いて伍代は、タバコに火をつけた。室内禁煙とあれだけトワに言われていたのだが、彼女にはそんなこと思い出す余裕など今はなかった。


それからしばらく経ってトワが部屋から出てきた。

心なしか目元が赤い。

トワの姿を見て五代ははっと気づく。

「ごめん、禁煙だった。」

慌ててタバコの火を消す。

「いいよ・・・もう、なんでも。」

二人の間に沈黙が流れる。時計の秒針の音が嫌に耳につく。


何か話さなければ、でも何を?

そう思って時は流れる。

だがその沈黙を先に破ったのはトワだった。


「さっきのは・・・ごめんね。ホント、どうかしてたね。」

「いや・・・私こそ・・・。」

伍代がそう謝りかけたのをトワはかき消すように喋りだした。

「あのねっ!トワね、ちょっと考えてたの。伍代さんと一緒に暮らしてること。」

「トワ・・・?」

「最初は嫌だった。こんなおばさんと一緒に住むなんてサイテーだと思ってた。ずっと一人でやってきたし。でもね、なんだか最近、楽しいの。家に帰ったら話す人がいて、夕ご飯も一緒に食べたりして。一人じゃないってすごく楽しいよ。伍代さんといると楽しいの。」

「トワ・・・。」

「でもね、なんだろう、なんだろうね、今は、それがちょっと苦しい。どうしてかな。・・・伍代さんは・・・どうなのかな?トワと暮らして・・・同じ気持ちだと・・・嬉しいんだけど。あ、苦しいとかじゃなくて・・・楽しいって・・・思ってくれてたら・・・。それだけで。」

そう言うトワの目に涙がこみ上げてくる。


そんなトワの姿を見て伍代はどうしようもなくなって、気がつくとトワの頭を撫でてやっていた。

トワは涙を拭って力なく笑う。

「伍代さん、いつもトワの頭撫でてくれるね。・・・やっぱり、伍代さんにとってトワは子供なのかな?」

「トワ・・・ちが・・・っ。」

伍代は思わずトワの腕を握る。

「いいよ。わかってる。この前、大人ぶろうとしたけど。そういうところも、やっぱり子供なんだよね。今は痛いほどわかる。」

トワは伍代の腕を振りほどいた。

「トワね、歳とかあまり気にしたことなかったけど、今すごく思うの。なんで、もっと早く生まれてなかったのかなって。伍代さんと同じ年に生まれていたら・・・もっと対等だった?もっと気持ちわかったのかな?トワ・・・伍代さんと同じ気持ちになりたかったな・・・。」

トワがまた涙ぐむ。


「あれ、おかしいな。どうしてだろう。泣けてくるね。あはは。」

そう言ってトワは手で髪の毛をとかしてみたがすぐにだらりと手を下げた。

そんなトワを見て伍代はいてもたってもいられなくなって立ち上がってトワの両肩を持った。

「違うの、トワ、違う。」

しかし、トワは伍代の言葉を聞かず、伍代の手を再び振りほどくと、微笑んだ。

「ごめんね、変なことばかり言って。伍代さん困らせちゃったね。あは、気にしないでっ!」

「・・・。」

「でもね・・・だけど、ごめん。伍代さん。今日は一緒にいられる自信ないから、水沼のところに泊まるね。」

トワは笑っているような、泣いているような何とも言えない表情で伍代を見ると、くるりと背を向けて部屋から出ていった。


そのあとすぐに、マンションの玄関の扉が締まる音が聞こえた。

伍代は何も言えず何もできず、ただ立っていた。

そして、ただ部屋に取り残された。

「トワ・・・行かないでよ・・・。・・・追いかける?追いかけて・・・どうするのよ・・・。今更、何するのよ。私は何がしたいの。」


伍代はソファーに座り込む。

トワは自分にとって一体なんなのだろう。

最初は仕事のきっかけ、ただのクソガキ。それだけだった。

けど、今はどうだろうか。

いて当たり前。横で笑っていて、それ見るのが楽しくて。

「なにこれ、恋してるみたい。いくつになったのよ、私は。」

私も一人で考えなきゃいけないのかな・・・。


そう思い、伍代はまた一本タバコに火をつけた。

トワのいないマンションは広く、嫌なほどに静まり返っていた。

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