Stage 7.A woman is a weathercock

二人のマンション。

仕事が終わって、トワと水沼そして伍代はダイニングルームでくつろいでいた。


「あ、そうだ。」

伍代がふと思い出したようにジャケットのポケットから何やら取り出す。

「これ、あげる。」

見てみるとキャンディのようだ。伍代はそれをトワに差し出す。

「トワに?何で。」

「ん?今日、スタッフの子にもらったんだけどさ。トワの方がそういうの似合うでしょ?」

「えぇ?どういう意味?」

伍代は眉をしかめるトワの手を無理やり引っ張るとキャンディを手の中に入れてやった。

そして頭を撫でてやると、

「可愛いってことかな。」

と何の躊躇もなく笑顔で言った。たぶん何も考えてなく無意識にそう言ったのだろう。だが、トワにしてみればそれはものすごく恥ずかしいことであった。

「私、ちょっとタバコ吸いに行ってくる。」

そう言って伍代は何もなかったようにベランダに出る。

トワはというと真っ赤な顔で撫でられた頭を触ると口を開けたまま、伍代の出て行った方をじっと見つめたままだ。そんなトワを見かねた水沼が口を出す。


「・・・好きなんですね?伍代さんのこと。」


「はぁ?なんで!まさか!!」

首を振るトワに対して、水沼はさらに言う。

「トワ、その恋、諦めなさい。」

「何でっ!!どうして諦めなきゃダメなの!?」

間髪いれずにさっきと真逆のことを怒鳴るトワを見て水沼は頭を抱えた。

「やはり・・・好きなんですね。」

「あ・・・・。」

トワは思わず口元をおさえた。

「そうだろうと思いましたよ。最近のあなたを見ていてそうじゃないかと思っていました。・・・でもトワ、諦めなさいよ。」

二度も同じことを言われトワはむっとする。

「なんでそんなこと言うの!誰を好きになろうとトワの勝手でしょ!!」

「貴女はトップアイドルなんですよ。そのことを忘れましたか?向こうはそれに対してなんです?三流カメラマン。釣り合うはずもない。何の得にもならない。」

「伍代さんは三流じゃないもん!」

「トワ・・・今まで私が間違ったこと言ったことがありますか?」

「・・・ない。確かに水沼の言うとおりにやってきて今まで成功してきたけど、このことに関しては、トワ譲らないよ。」

「貴女は譲らなくても、伍代さんのことを考えたことはあるのですか?」

「え?」

水沼はトワを指差して言った。

「トワ、貴女、いくつです?」

「もうすぐ21・・・。」

「伍代さんは?」

「確か・・・35。」

「そんな年の差、伍代さんはどう思っているのですか。どうせ、貴女のことなんて子供としか思ってないですよ。」

「トワ、子供じゃないもん!大人だもん!!伍代さんだって・・・。」

「本当に思っているのですか?」

水沼に覗き込むように聞かれトワは口ごもる。確かに今まで大人扱いされた記憶はあまりない。

「ただいまー。」

そんな折、伍代が一服し終えて帰ってくる。水沼は、睨むようにトワを見ると肩を叩いて言った。

「私は帰りますけど、よくよく考え直すように。いいですね。」

「・・・・・。」


「あれ、水沼さん、もう帰るの?」

「別にいても用事は特にないでしょう。」

そう言うと水沼は伍代に一礼してマンションを後にした。

残されたトワは眉を寄せて考え込む。

「ん?どうしたの。トワ?」

「伍代さん!!」

トワは伍代と向き合うと真剣な目で彼を見た。

「な、なによ。改まって。」

「トワって・・・子供?伍代さんにとってトワって・・・子供なの?」

唐突にそんなことを聞かれ伍代は驚く。


子供って子供だろう。

しかし最近、手をつないだら眠れなかったり、不意にどきりとしたり・・・どうも子供に思えないことが多々ある。だからといってそんなことをトワに悟られてどうする。


そう思い伍代は焦って言う。

「子供に・・・決まってるでしょ!!トワなんて、ガキだよ、ガーキ!!」

それを聞いてトワはショックを通り越してムカっときた。

「何それ!!何それ!!何それーーー!!トワのことずっとそう思ってたの!?伍代さんは、じゃあ、何、ガキの写真撮ってるってこと!?」

引くに引けなくなった伍代はトワの言葉を肯定する。

「そ、そうよ!」

「撮っててさ、ずっと一緒にいてさ、トワのことちょっとでも大人だなーって思ったことないの?」

「ない!」

もう一度強く言われトワの怒りは頂点に達した。

「伍代さんのっ!伍代さんのっっ!!ばかぁーーーっっ!!!」

トワは大声でそう言うと伍代に右ストレートを鮮やかに決める。

「ぐえっ!!」

「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿―――――!!」

トワは涙目で部屋から走り去っていく。

「ちょ、と、トワ?・・・な、何なによ。急に・・・。」

伍代は殴られた頬をさすりながら訳が分からないという顔で言う。


トワはというと、うわーんと自分の部屋に入って真っ先に水沼に電話した。

「水沼?水沼!」

「な、なんです?」

「トワ、脱ぐ!!」

「はぁっ!?何を・・・!?」

「トワ、大人になるんだからね!!」

電話越しの水沼は意味のわからない発言をされ、うろたえたがトワの意思は固かった。


数日後。

伍代がとあるスタジオの休憩室でコーヒーを飲んでいると、向かい側に何人かの女性スタッフたちが輪になって話し込んでいた。

「ねーねー、この間のトワちゃんの撮影見た?」

「あー!ちょうどいたから覗いちゃった!」

「やばかったよね!」


撮影・・・?

そんなのスタジオでやった?


そう不思議に思いながら伍代は聞き耳を立てる。

「えー!?私知らない。」

「知らないの?すごかったんだから、私、思わず、できた写真もらっちゃったよ。今度週刊誌に載せるって言ってたけどさ。見る?」

「見せて!見せて!」

「ほらこれ!やばくない?」

「きゃーーーー!!なにこれ超エロいんですけど!!」

「でしょでしょ!!こんな顔見たことないよねー!!」

女性たちが騒ぎ立てるのに我慢できず伍代はいつの間にか彼女たちに駆け寄っていた。

「あの・・・その写真、私も見せてくんない?」

「え?・・・い、いいけど、あんた何?」

「えーと。まぁ・・・八雲トワの関係者。」

そう言って誤魔化すと伍代は彼女たちが覗き込んでいた写真を手にとってみた。


「なによ・・・これ・・・。」

写真に写っていたのはほかの誰でもなくトワであったが、伍代が知っている、いつも見ているトワとは全く別の表情をしていた。

半裸でこちらを挑発的に見つめる姿。舌を出して物欲しそうに髪をかき上げる姿。ベッドに寝転んで誘うような姿。

どれも子供だなんてとても言い難く、それは紛れもなく大人の表情であった。

「聞いてないわよ、こんなの撮ってたなんて。」

伍代は写真を一枚取るとずかずかと歩いていく。

「あ、ちょっと!何すんのよ!返しなさいよー!」

女性スタッフの言葉なんて耳に入らずといった様子で、一心不乱にトワのいる控え室を目指す。


「トワっ!!」


トワの控え室に着くと伍代は思いっきりドアを開いた。

大声でいきなりドアを開かれトワは驚く。

「な、何・・・?」

「何じゃないわ、この写真。」

伍代は先ほどの写真をトワの目の前に置く。

トワは伍代の怒った風な言い方に最初はどきりとしたが、写真を見せられて、あぁ・・・と開き直った。

「何って、別に・・・。写真、撮ってもらっただけじゃん。それが何か?」

「私がいるでしょ、何勝手に撮ってるの、しかも、こんな・・・なんていうか・・・こんな写真!」

それを聞いてトワは逆に怒る。

「勝手にって、いつ伍代さんがトワの専属のカメラマンになったの!?誰に撮ってもらおうとトワの勝手でしょ!!大体、そういう表情の写真、伍代さんは撮る気ないんでしょ!?だからほかの人に撮ってもらったまで。何?文句ある!?」

そう言われ伍代は何も言えなくなってしまった。


確かに今、密着撮影はやっているものの伍代はトワ専属のカメラマンになったわけではない。トップアイドルのトワだ。ほかの人に撮ってもらう機会だっていくらでもあるしそんなことはトワの自由だ。

そして何より、子供だと言って突き放したのは自分である。

「もう!今は一人になりたい気分なの!!出っててくれる!?」

トワはそう言うと伍代の背中を押して、部屋から押し出した。


押し出された伍代は廊下に出てしゃがみこんだ。


何勝手に、専属気取ってたんだろう。トワは私以外に撮られて当たり前なのに・・・でもなんだろう・・・この気持ち。ほかの誰にも撮られたくない。なによこれ。


嫉妬のような感情に伍代は戸惑う。

「あー、もうっ。こんな表情・・・できるじゃないの・・・。」

一番悔しいのはこの表情だ。今まで見たことのない表情。

それを自分とは違うカメラマンに向けられているのが何より伍代はなぜか耐えられなかった。

考えれば考えるほど思考はよくわからない方向へ行く。

難しいことを考えることの苦手な伍代は、あー!と声を出して立ち上がった。

「考えるのはやめた!なんかわかんないけど、私も撮る。あれ以上のやつを!!」

そう思い直した伍代は締め出されたトワの部屋のドアをもう一度開ける。

再びドアを開けられてトワはまたもや驚く。

「なっ・・・!出て行ってって言ったでしょ!!」

「うるさい!!撮るわよ!!」

「は?撮るって何を・・・。」

「大人のトワをよ!!」


大人のお前を撮ると宣言され、仕事が終わって連れて帰られたのはいつものマンション。

「ここで撮るの?」

「家の方がくつろげるでしょ?機材はあるし。」

「でも何?急に・・・。トワは子供じゃなかったの?」

「なによ・・・子供扱いのままでいいの?」

「よくないよ!」

「じゃあ、トワの本気見せてよ。」

伍代は真剣な目でトワを見つめた。今までにない顔をされたので、トワはどきりとしたが、そんな伍代の態度に恋愛感情とは別にプロの意識というものが強まってきて彼も真剣な眼差しで返した。


「いいよ。・・・じゃあ、トワは何すればいい?半分脱ぐ?」

「いや・・・脱がなくていい。トワはそのままで十分。着てたほうがむしろ色気がある。」

そう言われるとトワは伍代の言われるままベッドに寝転んだ。

「トワ、こっち見て。もうちょっと、誘うような目で・・・そうそう。」

トワは伍代のリクエストを次々にこなしていく。

ベッドに寝そべりカメラを射抜くような目線で見るトワ。

もはやそこには子供のような愛らしいトワはいない。

旅館で布団の上ではしゃいでいたあの表情とは全く違う。シーツに淫らに髪が流れて細く白い腕が伸びる。乞うような、それでいて媚びない表情。

そんなトワの表情の数々はどうしてもっと早く気づいてやれなかったんだろうとさえ悔しく思ってくるほどだ。

伍代はキッチンに行きリンゴを一つ取ってくるとトワに投げた。

「これ、舐めて。」

「ん・・・。」

リンゴの縁をなぞるようにトワが舐める。ゆっくりと舐めるその姿はとても淫靡でこれは惑わされるものがある。

次はリンゴをかじる。

上目遣いに見つめる瞳と唇から薄ら覗く舌と歯がまるで口づけを誘うかのようである。

そんなトワの姿を伍代は次々に写真に収めていく。

トワはどちらかといえば童顔なのだが、それがまたこの一連の行為とのズレを生み、余計に色気を醸し出しているように伍代は感じた。

トワの今まで見たことのない姿にしかも自分が予想していた以上の出来にプロとしてぞくぞくしてくる。

「トワ、やっぱり、輝いてるよ。」

「本当?」

伍代に褒められトワは、むくりと起き出す。そして伍代にゆっくりと近づいていく。

伍代の元まで行くと、トワは伍代を押し倒していった。伍代はソファーにもたれかかる。


「ト、トワ・・・?」

「ねぇ・・・トワは大人?」

耳元で囁くようにトワが言う。

伍代はそれに思わず唾を飲み込んだ。

「え・・・そういう・・・顔も・・・できるのね。」

「ね?トワは、大人なんだよ?」

トワは指先を伍代の胸元から唇にかけてつぅーっと這わす。

そして顔をゆっくり近づける。

「伍代さん・・・。」

熱っぽい目でトワは伍代を見つめ、今度は唇を近づける。


なんなのよ・・・これ・・・。なにどきどきしるのよ、私・・・。


伍代も同じような目線でトワを見つめた。

そしてトワの頬に手をかける。

二人の唇が触れ合うまであと少し。

そんな時。

伍代は、はっとする。


なにやってるのよ。私は!


我に返って伍代は顔を引き離した。

「った、ったく・・・、調子に乗るところが、やっぱり子供なのよ!!」

そう言って伍代はトワの額を指で弾いた。

「いたっ!」

「終わり!終わり!撮影は終わり!!いやー、いい写真とれたなー。」

伍代はトワをどかすと、笑いながら自分の部屋に戻ってしまった。 一人自分の部屋に取り残されたトワは、ぽかんと口を開けていたが、すぐにむっとして口を尖らせた。

「・・・意気地なし・・・馬鹿っ!!」

伍代はというと伍代で部屋で頭を抱えていた。

「あんな顔・・・反則・・・。」


でも、だからって・・・何・・・。


伍代は今日撮れた写真をもう一度見てみる。

そこには今まで知らなかったトワがいて、なによ・・・と伍代はもう一度つぶやいてカメラの電源を切ったのだった。


それぞれの思惑が交差する中もうひとつのただならぬ思いがYAMATAプロダクションにもあった。

「社長!ついに裏が取れましたよ。八雲トワの過去!」

いつぞやのトワに打ち負かされたアイドルのマネージャーがプロダクションの社長に言う。

「このネタをマスコミに垂れ込めばきっと八雲トワは・・・。」

それを聞いて社長は笑う。

「よし、よくやった。今まで神無月プロダクションにいい顔ばかりさせられていたが・・・これからは我がプロダクションの番だ!」

事態がゆっくり最悪の方へ進んでいる。そのことをトワたちは知る由もない。

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