Stage 6.No man is without his faults

伍代たちの住む高層マンション。夕日が差し込むダイニングルーム。


伍代はソファーに座り、自分の撮った風景の写真を机の上に広げて、それを一枚一枚手に取り眺めていた。

この前旅館に泊まったときトワに、あんなことを言われたので思い出して昔撮ったものを引っ張り出してきたのだった。

「懐かしい。」

まだ大学卒業して風景一筋でやっていこうと燃えていた頃撮った写真も、グラビア撮影を始めても忘れられず一人山に登って撮った写真もある。一枚一枚みているとどれもその時の思い出が蘇ってくる。


伍代が懐かしく思っていると、シャワーを浴びたトワがバスルームから出てきた。

「伍代さん、何してるの?」

濡れた髪の上にタオルをのせながらトワが言う。

「ん?私が撮った写真見てるの。」

「へー、トワも見ていい?」

「いいよ。」

トワが伍代の横に来て覗き込む。

「わー、風景の写真だー!これが伍代さんの本業ってやつ?」

「ん?まぁね。まぁ、あまり見せられるもんじゃないけど。」

「そんなことない。綺麗・・・。」

トワはそう言うとかがんで伍代の持っている写真に手を伸ばした。

伍代はちらりと横を見てみる。

すぐ横にトワがいる。

風呂上がりのいい香り。濡れた髪。首を流れる雫。無防備なTシャツ姿。


・・・なに、これ。


トワはというとそんな伍代の気持ちにはお構いなしに写真に夢中である。

「やっぱり、伍代さんの写真はキラキラしているね。」

「ねぇ・・・トワ・・・写真、撮っていい?」

湧き出てきた何とも言えない感情がどうにもこうにも我慢しきれなくなって伍代が言う。

「へ?いいけど?急に・・・何で?」

「いや、その・・・なんか、エロいから。」

「~~~~~っ!!」

その言葉を聞いてトワは顔を真っ赤にして固まった。

そして、今度は猫のように毛を逆立てると平手打ちを伍代に食らわせ、涙目になって怒鳴る。

「真剣に話ししてるのにっ!!何それ!!馬鹿っっ!!!」

そして走って、ダイニングルームから出て行ってしまった。

「あ、ちょ・・・!!トワ!?トワーーー!?」

伍代の呼びかけも虚しくトワは自分の部屋に引きこもってしまった。

「まいったな・・・。」

確かにトワの言うように伍代の言葉は無神経だ。自分でもそう思った。


なんであのタイミングに漏らしたんだろう・・・。


それに、あんな感情になるなんて・・・。

「あーー、最悪だな、私・・・。」

伍代は自己嫌悪に陥ったのだった。


それからしばらくして水沼がやってきた。

「トワに渡したい資料があって持ってきたのですが・・・トワはどこに?」

ダイニングルームでバツが悪そうに座る伍代に水沼が聞くと、伍代はまこと言いにくそうに口を開いた。

「いや・・・。」

「なんです?何があったんですか?」

「た、大したことじゃないんだけど・・・。」

「だから何なんです?」

「実は・・・。」


水沼に言い寄られて伍代は先ほどあったやりとりのことを全部話した。

「貴女は何という・・・。」

水沼は呆れ果てた。

「いや・・・だって、そこまで怒る?普通。」

「トワは・・・今、きっと・・・とっても繊細な時期なのです。」

「はぁ?」

「とにかく!謝ってください!!」

「謝るっていったって。」

「いいから、はやく!でないと、トワのことです、一生部屋から出てきませんよ!」

水沼はそう言って伍代の背中を無理矢理押してトワの部屋まで連れて行った。

部屋の前まで行くと伍代は、気まずそうにノックする。


「トワー?」

「・・・・・。」

トワは無言である。

「トワー、出てこーい。」

「・・・うるさい。」

「トワー、そう言わずに!謝るよ。ゴメンねー。私が悪かったわ。」

「・・・・・。」

「私が無神経だったよ。ゴメン。ほら、トワが可愛いから、ね?ちょっと言ってみただけだよ。」

「・・・・・。」

相変わらず反応薄のトワに伍代は頭を抱える。水沼に目を合わせると、もっといけというサインを送られた。伍代は仕方なく会話を続ける。

「ねぇ、悪かったわ。そうだ、さっきの話の続きしよう、ねっ?そうしよう。」

「・・・・・。」

「ほら、山とか花とか・・・きれいよ!!そういう話しよう、ね?」

「・・・・・。」

「写真、持ってくるから。ねー、頼むから入れて。」

するとついに折れたのか沈黙の後にトワの声が聞こえた。

「・・・・・いいよ。入っても。」

「ホント!?ありがとうトワ!!大好き!!」

調子に乗ってそう言うと、どんっとドアに物を投げられた音が聞こえた。

「馬鹿っ!!調子に乗らないでっ!!」


そして伍代は横にいる水沼にも睨まれたのだった。

「ご、ごめん。ちょっと待ってて、今すぐ写真取ってくる。」

急いで伍代はダイニングから写真を取ってくると、ノックしてトワの部屋に入っていった。

「トワー。入るよー。」

トワの部屋はごちゃごちゃしているのかと思ったが案外綺麗に片付けられていて、服はクローゼットに収まっているようだし、宝飾類は棚の上に綺麗に並べられてあった。ただ、まだ開けられていないダンボールは何点か積み上げられてはいたが。

肝心のトワはというとベッドの上で不機嫌そうに三角座りをしていた。

「ごめん、トワ。私も反省してる。ものすごく。」

「・・・もう何でもいいよ。」

半分ふてくされながらトワが言った。

「ほ、ほら・・・写真、持ってきたよ!!」

話題を変えるように伍代は自分の写真を差し出す。

最初はふくれっ面だったトワだったが、五代の手渡す写真を見てだんだん表情が変わっていった。

朝露に濡れる花の写真や、夕焼けに染まる山々の写真、どれも繊細で美しく、トワはその世界観に引き込まれていった。


「綺麗ね。」

食い入るように写真を見るトワの姿を見て、伍代も嬉しくなる。自分の作品を喜んでみてもらうというのは、やはり何にも代え難く嬉しいものだ。

トワはベッドの上に写真を広げて伍代の説明を聞きながら飽きもせず見入っている。中でもトワは朝霧に包まれる紫色に光る山の写真が気に入ったらしく、すごいと言ってじっと眺めている。

「気に入ったのならあげる、その写真。別に好きなもの取っていっていいよ。」

「えっ!?いいの!?」

トワは驚いて伍代を見る。

「うん。ネガは持ってるし。別に。」

「本当!?嬉しい!!」

予想以上に喜ぶトワの姿を見て伍代はなんだか照れてきた。

「そんなに喜ぶ?たかが写真一枚よ。」

「たかがなんかじゃないよ、伍代さんが気持ちを込めて撮った写真でしょ?」

「まぁ・・・そうだけど。」

「すごく嬉しいよ?大切にするね。これ。大切にする。」

そう言ってトワが微笑むもんだから、伍代の顔も自然と綻ぶ。


おいおい、なに、これ・・・。何、照れてるんだよ、私・・・。


「トワ、好きだよ。伍代さんの写真、すごく好き。」

トワは五代を見上げていう。真剣な目で好きなんて言われたもんだから伍代がドキっとして戸惑っているとそれを察したトワが慌ててもう一度言い直した。

「あ・・・写真が・・・ね!写真が!!」

「わかってるよ。写真がね!」

気まずくなったトワは話をそらすように一枚の写真をちらりと見た。どこか高いところから見下ろした街の夜景写真である。

「し、自然の風景もいいけど・・・こういう写真も・・・綺麗ね。」

「あ、それ・・・確か・・・。」

そう言って伍代は少し考えた。

「・・・ねぇ、トワ、そこに行ってみない?」

「え?」

「確かここから一時間くらいのとこにあるの。その場所。あまり知られてない場所だから人いないし。トワが行っても大丈夫だと思うの。・・・行ってみない?」


さっきのお詫びというつもりでもないが、なんとなく・・・トワをここに連れて行ってやりたかった。自分の写真の原風景を見せてやりたい。そう思ったからだった。

「え、え?」

「てか、行こう。」

そう言うと伍代はトワの手を引っ張った。

そして部屋から連れ出すと外で待っていた水沼に頼み込む。

「水沼さん、車のキー貸してくんない?あ、あとトワも借りる。だいじょーぶ、大騒ぎになるようなこともしないし、変なこともしません!」

「は?何を急に!?」

「水沼、お願い!・・・ね?」

横から手のひらを合わせてトワも頼む。トワに頼み込まれては水沼も断りきれないのか渋々キーを渡す。

「いいですか、くれぐれも・・・!」

『騒ぎは起こさないし、変なことはしない!』

伍代とトワは口を合わせて水沼に言った。

そんな二人を見て水沼は何も言えずただ不安そうに見送ったのだった。


車内。

「伍代さんて運転できるんだね。」

「まーね。車がないだけで。時々友達に借りて乗るけど。」

「ふーん。」

そんなことを話していると、流していたラジオからトワの新曲がかかった。

「貴女、どこに行ってもいるのね。」

「どういうこと?」

「街にはトワの広告だらけだし、家に帰ったらテレビに出っぱなし。車で移動してたらラジオでしょ?本当に売れっ子なのね。疲れない?ずっと仕事で。デビューする前に戻りたいとか思うことないの?」

 するとトワは少し寂しそうに笑うと首を振った。

「ううん。トワはそんなことない。確かに疲れることもあるけど・・・辛いって思ったことはない。デビュー前の生活になんて戻りたくない。今が一番幸せ。」

「そっか。」

その時、伍代はトワの言葉を深く気には止めていなかった。

ただ、アイドル生活が楽しいんだろうとぐらいしか思っていなかった。


「お、もうすぐ着くよ。」

車を走らせて一時間弱。

山道をぐるぐる回ってようやく目的地についた。

「降りてみて。」

降りてみると、山頂に駐車場はあるものの誰もいないし夜景を楽しむというより休憩所といったようなところだ。

「こっちこっち。」

伍代に案内されて、細い道に入っていく。階段になっており、一応人は入っても良さそうだ。

「ねぇ、ほんとうにこっちなの?」

「本当にこっち。」

草の生い茂った急勾配の階段をしばらく登っていくと、いきなり開けた場所にでた。


「うわぁ・・・。」

展望所のようになっておりそこからは都心が一望できた。

「どうよ、私の隠しスポット。」

眼下にはビルの光が遠くにキラキラと光っている。映画などでよくこういったシーンを見るがまさにそれがトワの目の前に広がっていてその美しさに息を飲んだ。

「すごい・・・。綺麗・・・。」

展望所にある外灯のわずかな光に照らされて輝くトワの屈託のない笑顔。薄暗い中でもそれは不思議と輝いて見えて伍代は思わず口を滑らした。

「いや・・・トワも負けてないよ。」

「ん?」

「あ・・・いや・・・。トワも、輝いてるよ。私の写真とかキラキラしてるって言うけど、トワはその何倍も輝いてる・・・と・・・思うよ。」

「伍代さん・・・。」

それを聞いてまたトワのことだ、馬鹿とか言って平手打ちでも食らわすのだろう。そんな覚悟をしていたら、意外にも、寂しそうな目をして言った。


「・・・それは“八雲トワ”の話ね。」


「え?」

「確かに八雲トワは輝いてる。ステージ上ではね。でもわたしはどうかな・・・?」

「トワ?」

「本当のわたしのことは誰も知らない。確かに八雲トワの生活は幸せ。楽しいよ。・・・でも時々思い出すんだよね、八雲トワになる前のこと。本当のわたしはすごく最悪で、でもみんな知らない。本当のわたしは輝いてなんかいない。」

「トワ・・・・。」

「ねぇ、伍代さん・・・わたしね、本当はね・・・。」


ピピピピピピピ!


トワが言いかけたときトワの携帯が鳴った。トワは慌ててそれを切る。

「えっと・・・その、伍代さん、あのね・・・。」

もう一度言いなおそうとしたとき再び。


ピピピピピピピ!


携帯が鳴る。

「あぁっ!もうっ!!」

トワは我慢できず携帯に出る。画面には“水沼”という文字が出ていた。

「水沼っ!!何っ!?」

伍代から離れて小声でトワが言う。

「いえ。雰囲気に流されて変な方向に行ってないか気になって。」

「えぇっ・・・!?」

水沼の的確な言葉に驚いてトワが固まる。その様子を電話越しに察したのか水沼がため息をつく。

「やはり、変なことになりそうだったのですね・・・。トワ帰ってきなさい!今すぐに!!」


「電話もういいの?」

「うん・・・水沼から。」

「水沼さん!?何て言ってたの?」

「帰ってこい、今すぐに・・・だって。」

「えぇっ!?本当に!?・・・でも、トワ、さっき言いかけてたこと、何だったの?」

そう改めて言われ、トワは目線を上にやって考えた。

そして作り笑顔でごまかすとこう言った。

「あ、あれ。気にしないで!!別に大したことじゃないから!!さっ!それより早く帰らないと、水沼が!!あー、もー、せっかく綺麗だったのにね!!」

「あ、トワ、帰る前に一枚撮っていい?」

「え?うん!!」

そう言うとトワはとびっきりの笑顔でポーズを決めた。

そんなトワを見てさっきの輝いていないとはどういうことだったのかと思ったが、本人が何も言わない以上突っ込める訳もなく、伍代はモヤモヤするものの忘れることにした。


「ただいまー。」

「やっと帰ってきましたね。」

「言っとくけど、騒ぎも起こしてないし、変なこともしてないから!!」

伍代が怖い顔してキーを返す。

「わかってますよ。そうじゃなかったら、私もこんなに平穏ではありません。」

「はいはい。」

「伍代さん!あの・・・連れて行ってくれて、ありがとね。」

伍代はそれを聞いて微笑むと手を振って自分の部屋に入っていった。


「・・・・・。」


それをぼうっと見ているトワの姿を水沼は横目でじろっと見つめて言った。

「トワ・・・。何があったんです?」

「別に・・・何も。・・・ただ・・・。」

「ただ?」

「昔の話しそうになった。八雲トワになる前の話。」

「・・・したのですか?」

「やめた。やっぱりやめたよ。嫌われるのやっぱり嫌だもん。」

「・・・貴女は昔の貴女ではないのです。八雲トワなのです。昔のことは忘れなさい。」

「そう・・・だよね。わたしは・・・八雲トワ・・・。」

「そうです。あと、自分のことはトワって言いなさい。ウケがいいようにそういう言葉遣いは全部辞めるよう・・・。」

「はぁい。わかりましたー。」

トワは水沼の言葉をかき消すように言うとダイニングのカーテンを開けた。

外にはビルの光が輝いていて、今日はそれがなんだか異様に眩しく感じた。

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