Stage 4.There is no trusting in appearances
「寒い・・・。」
伍代がダイニングルームでテレビを見ていると、トワが真っ赤な顔をして部屋から出てきた。
薄着の伍代を見てトワは信じられないという顔をする。
「寒くないの?そんな格好で・・・。おかしいんじゃない?」
「おかしいのはトワでしょ?今日は暖かいよ?・・・もしかして風邪ひいたんじゃない?」
「えぇ!?うそぉ!?」
「どれどれ?」
そう言うと伍代はトワに近づき、少しかがむと自分の額をトワの額に当ててみた。
「なっ・・・!ちょ、ちょっとやめてよっ!!」
いきなりくっつかれてトワは慌てる。伍代はそんなトワの気持ちなんてお構いなしに続けた。
「んー?なんか熱あるんじゃない?やっぱり熱いよ?」
トワはすぐさま伍代を引き離す。
「こ、子供扱いしないでっ!!熱くらい自分で測れます!!」
そう言うとトワは積み上げているダンボールの中から何やら探し始めた。
「んーーー。あった!体温計。」
体温計を見つけたトワは早速測ってみる。
数秒して体温計が鳴った。
「げ・・・37度5分・・・?」
「やっぱ、けっこう熱あるじゃん。寝ておきなさいよ。」
「そうはいかないよ。今日、ライブのリハあるんだもん。」
「え!?そんなので行けるの?」
「まぁ・・・これくらいは・・・なんとか大丈夫でしょう。終わる頃には下がってるよ。きっと。」
「本当に大丈夫・・・?」
そう言われトワは力なくガッツポーズをしてみる。
「だいじょーぶ!」
・・・が、しかし伍代の心配通りトワは大丈夫ではなかった。
リハーサルの途中でフラフラになって、へたりこんでしまった。
「トワちゃん、大丈夫?」
スッタフが慌てて駆け寄る。
「うん・・・ちょっと疲れただけ。少し休憩していい?またすぐ戻るから。」
「いいけど・・・ほんと大丈夫?いつものトワちゃんらしくないよ?」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ!!」
そう空元気で言うと、トワは奥におぼつかない足取りで引っ込んでいった。
「38度ですね。」
控え室でトワの体温を測った水沼が言う。
「ちょっと、悪化してるじゃない。」
「んーーー。」
トワはというとぼうっとしているのかあまり反応がない。
「休みなよ。」
が、伍代の休むという言葉を聞いて、トワはぴくっと反応した。
「ダメ!明日ライブなんだよ!!やるっ!!」
「こんな状態でできないわよ、明日のライブも中止したら?ね、水沼さん。」
「私はトワが降りるならすぐ手配しますがどうします?」
するとトワは首を振った。
「嫌っ!!絶対する!!ライブ中止なんてありえないっ!!大体、明日になったら下がってるかもしんないじゃん!!」
「いや・・・そうだけど。」
トワは戸惑う二人に手を振るとまたライブ会場へと戻っていった。
結局リハーサルが終わったのは夜遅くで病院など寄る暇なくトワはマンションに帰ってきた。
熱は一向に下がる気配はない。
伍代は心配して声をかけるがトワは聞く耳を持たず、さっさと自分の部屋へと入ってしまった。
そして当日。
ライブ会場の楽屋。
「38度3分・・・。上がってるじゃない!」
体温計を見ながら伍代が怒鳴る。
「最悪・・・。でも行くからね。」
「トワ、本当にキャンセルしなくていいんですね?」
水沼も心配そうに聞くがトワは頑なである。
「やめておきなさいよ。立つのもやっとじゃない!」
「うるさいなぁ。」
「うるさくもなるわよ!心配してるのよ。そんなライブ一回くらい・・・。」
そう言われトワは思わず五代の頬をひっぱたく。
「いったい!!なにするのよ!!」
「ライブ一回くらいって何!?ファンのみんなは楽しみにしてるんだよ?トワに会えるから、この日のためにべんきょーやお仕事頑張ってるってファンレターにいっぱい書いてあるもん。なのに、そんなトワの勝手で休めると思うの?トワにとっては何回もあるライブかもしれないけど、みんなにとっては一回かもしれないんだよ?ファンの子達の声援があるからトワがいるんだよ?なのに裏切れない!みんなの期待をトワは裏切れない!!」
いつになく真剣に言うトワに伍代は驚いた。
「それに・・・プロなら、どんな状況でも自分の仕事はこなすべき・・・トワはそう思う。」
「トワ・・・。」
なぜか、自分にもそう言われているような気がして伍代はドキっとした。
自分はプロのカメラマンとしてどんな状況でもこんなに真摯に仕事をしたことがあるのだろうか。
なのに、子供だと思っていたトワがそんなことを言うなんて。真剣に自分の仕事と向き合っているなんて。
伍代はなんだか恥ずかしくなってきた。
「悪かったわ・・・。でも、無理はしないで。貴女を心配してる人もいるってこと忘れないで。」
「・・・伍代さん・・・。うん。トワ頑張る。」
そして、ライブ開演時間。
トワはいつもと変わらぬ笑顔で舞台上に立っていた。
「みんなーっ!!おっまたせーーっ!!トワだよーぉっ!!」
トワの第一声が真っ暗の会場に響く。
それを聞いたファンたちの黄色い声が会場いっぱいに広がった。
一気にライトアップされたトワはそれに応えて歌いながら縦横無尽に会場を駆け巡る。
高熱が出ているなんて微塵も感じさせない動きだ。むしろ、体調がいい時よりキレがいいかもしれない。
伍代はそんなトワを見て感嘆した。
「あんなちっさい体のどこにそんな元気があるのかしらね。」
「そういう子なんです、トワは昔から。」
水沼は半分あきれ顔で笑って言った。
「ただの馬鹿アイドルだと思ってたけど・・・そうじゃないのね。」
「・・・惚れないでくださいよ。」
「はぁっ!?なんでそうなるわけ?惚れるわけないでしょ。トワはまだガキでしょ。ていうか私もトワも女・・・!」
「とか言って、貴女すぐ自制心効かなくなりそうなんで。」
「なっ、どういう・・・!!」
「はいはい、写真撮って、仕事する。」
「え、えぇ・・・ってなんか誤魔化されたような・・・。」
何か釈然としない伍代であったがとりあえず、トワにカメラを向けた。
ファインダーの向こうのトワは生き生きと輝いていて伍代はかなわないやと笑ったのだった。
「あーーーーもーーー死ぬーーーー。」
とは言え、熱があるのは確かでライブが終わったあとトワは舞台裏でぶっ倒れた。
「だから言ったのよ!?」
「とりあえず、病院に連れて行きましょう。救急でやっているところ探します。」
水沼はそう言うと、救急でやっている病院を探してトワを車に乗せ連れて行った。
病院に連れて行って医者に見せると無理をさせたことをこっぴどく叱られたが、大事はないらしく、解熱剤を打ってもらい今晩だけとりあえず入院することになった。
個室に入れられるとトワは疲れていたのかぐっすり寝てしまった。
そんなトワを見て水沼はふぅとため息をつく。
「まぁ・・・大事なくてよかったです。明日になれば熱も下がるって言っていましたし。大丈夫でしょう。私は帰りますが、伍代さんはどうします?」
「ん?私ももう少しだけいてやってから帰るよ。」
「そうですか。ではお先に。」
水沼がでていくと、病室はしぃんと静まり返ってトワの小さな寝息だけが響いた。
「ったく、心配させて。」
ただのムカつくやつだと思ってたんだけどな。
そう思いながら髪の毛をかきあげてやる。
“惚れないでくださいよ”
なぜか水沼の言葉が頭に響いた。
・・・いや、惚れないだろ。それは絶対ない。
そう思い伍代は笑ってトワの頬を引っ張った。
「だってやっぱガキよ?あと、女!」
トワはというとまだ熱があるのか少しうなされているが起きない。
「うなされてるし・・・でも、ま、大丈夫よね。私帰るよ、トワ。」
そう言って伍代はベッドから離れようとした。
その時。
「置いて行かないで。」
急にトワの声がして、伍代は驚いて振り返った。
見てみると、トワが薄目を開けて手を伸ばしている。
「トワ?」
焦点は定まっていない。おそらく、熱にうなされて自分でも何を言っているのか分かっていないのだろう。だが、トワは必死に手を伸ばして伍代の手を取ろうとする。
「置いて行かないで・・・一人にしないで・・・もう、一人は・・・嫌・・・お願い・・・もう、一人は・・・。」
「ん?どうしたの?うなされてんの?」
「嫌・・・一人は・・・嫌・・・。」
最初は放っておこうかと思ったが、泣きそうな目で何度も必死に訴えるトワを見て、伍代は帰るに帰れなくなった。
仕方ないと伍代はベッド脇に椅子を置き、それに座るとトワの伸ばしている手を取り、ぎゅっと握ってやった。
「ったく・・・しない。一人にしないよ。いてあげるから。ゆっくり休みなさいよ。」
手を握ってもらうとトワはにこりと笑った。今まで笑った顔は何度か見たことあるがこんな笑顔は初めてだった。それからトワは安心したのか、またすぅっと寝てしまった。
「おいおい、可愛い顔しちゃって。」
伍代はそう言うとトワの頭を撫でてやった。
惚れる・・・か・・・そりゃ、私が17歳くらいの男の子だったらの話ね。35歳の女が20そこそこの女の子に?ありえないでしょ。フツー。何歳差よ。感覚としては孫よ孫・・・いや、それはちょっと言いすぎか。
そんなことをトワの寝顔を見ながら考える。
「もーっ、一人だけ、寝ちゃって。私も疲れてるっつーの。」
伍代は欠伸するとベッドにもたれかかって目を閉じた。
それから寝息がもう一人分増えるにはそう時間はかからなかった。
「ん・・・・・。」
朝。病室の外が少しざわついてきたのが気になったのかトワが目を覚ました。
窓を見るとカーテンから朝の光が漏れ込んでいる。見慣れない光景。
「そっか・・・病院にきてたんだっけ。」
昨日の晩から記憶が曖昧だ・・・そう思いながらふと横を見てみると伍代がベッドにもたれかかって寝ている。
「伍代さん・・・?なんで・・・・って!んん!?」
トワは伍代が自分の手を握っていることに気がついた。
驚いて慌てて握っている手を引き離す。それに気づいて伍代も目を覚ました。
「あ、トワ・・・起きた?熱下がった?」
トワは口をパクパクさせている。
「ん?どうしたの?」
「て・・・手っ!なんで、握ってんの!?」
声を半分裏返らせながらトワが言う。
「なんでって・・・そりゃないわよ、昨日トワがつないできたんでしょ。」
「はぁ!?トワが?」
「そうよ。昨日私が帰ろうとしたらさ、“置いていかないで”だの“一人にしないで”だの散々言ってきて手のばしてきたんじゃない。ま・・・うなされてたんだろうけれど。」
それを聞いたトワは下を向いて言葉を詰まらせた。
「え・・・トワ・・・そんなこと・・・言ってたの・・・。」
いつものように怒って怒鳴りちらすかと思いきや何故か今回はトワが嫌に思いつめた顔をして黙り込むものだから、しょうがないなとトワの頭をぽんぽんと叩いて言った。
「ま、病気すれば誰だって気弱にはなるわ。」
が、相変わらずトワの表情は変わらない。
「・・・伍代さん・・・じゃあ、ずっとトワの傍にいてくれたの・・・?」
「ん?まぁ、トワがあんなこと言うから・・・。」
「置いて・・・いってもよかったのに・・・。」
「だからさぁ、あんなこと言われておいていけないわよ。私はいろって言われたら、いてあげるよ?いつでも。」
その言葉を聞いてトワは驚いた顔をしてじっと伍代を見つめた。
「な、なによ・・・。」
「あ・・・う、ううん・・・なんでもない・・・。」
トワのいつもらしからぬ感じに伍代が不思議がっていると、トワは下を向いて何やら言いにくそうに口を開いた。
「あの・・・・・。」
「ん?」
「・・・ありがとね・・・。・・・いてくれて。」
急に素直になられたものだから少し伍代は驚いて、どういう訳かこっちもなんだか照れてきた。
「なんなの、急に!トワらしくないっ!」
「何!人がっ!せっかくお礼言ってるのに!」
トワが恥ずかしいのかまだ下を向いたままだがふくれっ面でそう言う。
「お、らしくなってきた?」
「からかわないでっ!!」
「・・・なんですか?嫌な雰囲気ですね。」
そう言って病室に入ってきたのは水沼だった。
「水沼!?」
「水沼さん!?」
「心なしか・・・恋愛の匂いがしますが・・・貴女たち・・・何かしたんじゃ。」
「な、な、なんでそうなるの!?何もしてないよっ!」
「そうよ!私はただトワに付き添ってただけで・・・。」
「まさか一晩いたのですか?」
「いや、それはトワがいてくれって言ったから・・・!」
「トワ、そんなこと頼んでないもんっ!!」
トワはベッドから立ち上がって反論する。
それに対して伍代もだんだんいつもの調子で腹が立ってきて、むきになって応じた。
「トワ!あれだけ言ってたでしょ!大体さっきしおらしく“ありがとう”とかなんとか言ってたくせに!あの可愛い感じはどこに行ったのよ!?」
「キモイ!可愛いなんて言わないでよっ!!」
「なによ!!一晩中、手つないであげてたでしょ!!」
「そういうのおせっかいって言うのっ!!」
「ちょっと待ってください、一晩中手をつないだって何ですか!?何があったんですか!?」
水沼が驚いて反応すると、伍代とトワは振り返って声を揃えて言った。
『あーもーうるさいなぁ!!』
「なっ・・・!」
あまりの二人の勢いに水沼は押されてしまう。
「貴女さ、もうちょっと素直になったらどうなの?」
「トワは素直です。いつも素直に伍代さんへの意見を述べてます。」
「あー。そーですか、そーですか、私はじゃあ、ああいう魘されている時の様子も一分一秒逃さずに録画してトワとマスコミに叩きつけてやるわよ!これから!」
「何それサイテー!!大人気ないっ!!えげつないっ!!おばさん臭い!!!」
二人の口論にはさまれて水沼が静かにメガネを据えなおす。
「貴女たち・・・。」
だが二人は気づかず口論は続く。
「おばさん臭いってなによ、関係ないでしょ。貴女の語彙力幼稚園レベル?前から思ってたけど、トワ、おバカアイドル丸出しなのよ!」
「何それ!!トップアイドルに向かってっ!!何それ!?」
「貴女たちっ!!」
水沼が大声を出す。
「は?」
「へ?」
「いい加減にしなさい!!」
そう言うと頭を二人続けて思いっきり叩かれた。
「いてっ!」
「ぎゃっ!」
「貴女たちはっ!!」
「何するの!水沼ぁ!!トワトップアイドルなんだよ!!」
「私も関係ないじゃない!?」
「黙りなさい!!何がトップアイドルですか、何が関係ないですか!?」
ものすごい水沼の剣幕に反論していた二人も黙り込む。
「熱があるのに無理をする!ライブ中倒れたらどうするんですか!大体、いつも無理をしすぎなんです。そして伍代さん、貴女も!熱くなりすぎてトワを巻き込んで暴走する!あまつさえトワに手を出す、なんなんですか!?貴女たち!やるだけやって、後処理は誰がやってると思ってるんです!?フォローは誰がやってると思ってるんです!?そのことを一度でも考えたことがあるんですか!?私の苦労を考えたこと一度もありますか!?」
「水沼・・・ごめんなさい・・・。」
「なんか・・・いつも悪いわね・・・、でも私・・・手は出してないわよ。」
「何か?」
「いえ、何も・・・。」
怒り爆発する水沼に伍代は何も言えなくなってしまった。
その後も水沼の怒りは続き、説教は続いた。
そして説教がひとしきり終わったあと、そろって三人は看護師に五月蝿いとひどく怒られたというのは言うまでもない。
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