22☆話「みんなでお風呂!」


 カーヒアの提案でセイとイリアスと大浴場で風呂に入ることになったヴァン。


「セイさん、それでこの前の実験で……」


「えぇ見ました。続けて結果が出れば……」


 行きの廊下でも、イリアスは熱心に研究部の話をセイにし続けている。

 そしてセイからの返答には目を輝かせ、尊敬し憧れているのがよくわかった。


 ヴァンには全くついていけない話。

 イリアスは研究部でもかなり優秀な団員のようだし、剣技を見ても教官クラスだ。

 自分はミックス・コミュニケーターではあったが、少しレイピアが使えることがわかっただけ。

 秀でるものは何もない。


「ヴァン君、大勢でのお風呂は平気ですか?」


「あっ……はっはい!」


 黙って後ろを歩いていたヴァンを気遣うようにセイが話しかけてくれた。


「家があった山奥のもっと奥に、川の途中に温泉が湧いていたのでそこでよく父と入ったり旅の人と話したり楽しかったです」


「それは素敵ですね」


 そこからはセイが中心に三人で話をしながら大浴場に向かう。少しイリアスの視線が痛かった。


「ここが大浴場です」


 風呂桶はタイルで作られており大きさは男が二十人でもゆったり入れる広さだ。

 壁にもタイルで大きな木が描かれており、無機質なこの要塞の中では珍しい。

 部によっては業務終了のあとに皆で一気に風呂に入ってしまうらしい。

 まだ時間が早いので今は誰もいなかった。


 シャワーも十台ほどあり、技術に驚いてしまう。

 シャワーで汗を流した後、もらったタオルを頭に乗せて皆で湯に浸かった。


「あー……気持ちいいです。すごくいい香り」


「今日はオレンジですね」


 緑色の良い香りのお湯は研究部がアロマと天然着色剤で開発したのだという。


「あ……いてて」


 イリアスの肩にアザができている。


「アザになっていますね、大丈夫ですか」


「俺がレイピアで……すみません」


「俺がもっと突っ込んで来いって言ったから、いいんだ。俺が避けそこねた」


「すみません」


「いいって」


 二人を見てセイが微笑む。


「二人はもう仲良くなったようで、私も嬉しいです」


 少し濡れた髪で湯に浸かる裸のセイは、泉の精霊のような美しさだ。


「べっ別に仲良くなんかないですよ、業務上のことで」


「そうですか? ヴァン君もイリアスと同じ努力家なのでもっと仲良くなれると思いますよ」


 イリアスは曖昧に返事をした後、オールバックにした髪を洗うと言って洗い場に行ってしまう。

 まさか恫喝した相手と今日こんなにも一緒にいる事になるとは予想してなかったに違いない。

 それでも稽古の時間もヴァンに嫌がらせをするわけでもなく、しっかり教官として向き合ってくれた。

 先程の怪我の時も一切責めることも罵倒される事もなかった。

 良い人なのは間違いない――。


「彼も照れ屋な面がありますから。怪我も後で医務室に行くように言っておきますよ」


「は、はい」


「皆でのお風呂は良いですね、リラックスできるでしょう」


「はい、すごく」


 少し緊張した気持ちもあったが、熱いお湯によって疲れ果てた筋肉も緩む。

 ふぅーと息を吐いた時、脱衣所でバタバタと騒ぐ声が聞こえる。


「ヴァーン! セイー!! みんなでずるいよーーーっ!!」


「おう、お疲れさん!」


 タカとユディアルだ。

 二人ともタオルを巻くこともなくあけっぴろげの参上である。


「お疲れ様です。ユディアル」


「おう、風呂にいるって聞いたからタカも呼んでやった」


「おいタカ! しっかり油落としてから入れよ!」


 髪を洗っているイリアスが、タカに言う。


「わーってるよぉ! セイ一緒に洗おう~~!!」


「いいですよ、久しぶりに髪を洗ってあげましょう」


「やったぁ~!」


「えっちょタカ……ずる……」


 イリアスの隣に座ったタカの後ろに椅子を置き、タカの髪を洗い出すセイ。

 髪を洗い終わってしまったイリアスは恨めしそうにタカを見ている。

 ヴァンはどうしようか迷ったが、シャワーで汗を流したユディアルが湯船に入ってきたのでそのまま浸かった。


「お疲れさん! イリアスにしごかれたみたいだな」


「お疲れ様です、俺の力がどのくらいか見てもらいました。すごいですよね、イリアスさん、なんでもできて……」


「あぁ……あいつもな。色々あって乗り越えるための努力の塊だな」


「そうなんですか……」


 深くは聞けないが、タカも言っていた奇抜なピンク色の地毛と関係あるのだろうか。ミックス・コミュニケーターのようにメッシュではないが綺麗なピンクの髪と綺麗な赤い瞳。今後、仲良くなって彼に話を聞くことはできるだろうか。


「剣を使うことを選んだんだってな」


「あ……はい」


「ありがとな」


 やはりユディアルも、ミックスコミュニケーターが二人になってセイの負担が増えることを思慮していたんだろう。


「俺、頑張ります」


「あぁ、俺もいつでも稽古をつけてやる。ミックスの力の使い方もな。お前は強くなれるよ」


「はい」


 とは言っても、こうやって改めてユディアルを見ると筋肉隆々である。

 自分の腕や胸板と見比べて、こんな身体になれるのはどれだけの時間と鍛錬が必要になるのか。


「はは、大丈夫だ。警らのトレーニング続けてりゃ誰でもすぐなれる」


「俺、あんまり筋肉つかなくって」


「体質もあるっちゃあるなぁ……俺は訓練すればするだけ成果が出るようになってるから」


「え?」


「いや、俺の体質の話だな! さ! 洗うか!」


「は、はい」


 ユディアルが一気にお湯から上がったので、後に続くと髪を洗ってもらったタカが今度はヴァンを洗うと言いだした。

 照れくさかったが、タカが座れというので言うことを聞いて座る。

 本人には言えないが弟がいたら、こんな感じかなと思ってしまう。


「ユディアルも洗ってあげましょうか」


「んー? じゃあ洗ってもらうかな」


 セイの提案に素直にユディアルはセイの前に座る。

 そこで拒絶もしないのがユディアルらしいなと、まだ数日の付き合いだがヴァンは思う。ものすごく強いのに、たまに子供のような無邪気さも感じられる。


 セイはまた優しい微笑みでユディアルの髪を泡泡あわあわにして洗い始めた。


「えっユディアルまで……ずる」


 湯船に浸かったイリアスが遠くからセイとユディアルを見ていた。


 それから皆で浴衣のような簡易的な服に着替え、冷たい水を飲んだ。

 ワイワイ戯れるタカとヴァン、注意するイリアスをセイとユディアルが見守る。


「ユディアル、ヴァン君の武器なのですが……」


「おう、候補が決まったか」


「はい、カナリヤにしようかと思います」


「……いいのか?」


「……ええ、あの子もそれを望むでしょう……」


「……そうか……そうだな」


ユディアルがどこか見つめるような遠い目を、した。



















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