18☆話「研究部でイリアスに恫喝される」


 セイと共に研究部を訪れたヴァン。


「すみません、ご挨拶が遅れました。私が研究部長のヘスパロープといいます。皆にはへープと呼ばれています」


「こちらこそ、あ、あのヴァンです」


 ヘープは黒髪に白髪が混ざった中年ではあるが、その物腰は柔らかで少したたえた髭にも、どこか色気を感じさせる男だ。


「また髭を剃るのも忘れて熱中していたのかい」


 セイがクスッと笑う。

 ヴァンは歓迎会にも自分が酔いつぶれてしまったせいで挨拶をしていなかったのかと思ったが、ヘープは宴会も夕飯の場として出席し食べ終わるとすぐに研究部に戻ったのだという。


「抜け出してしまい、すみません……どうしても開発でいいところだったもので」


「身体に気を付けてくれさえすれば、何も問題はないですよ。ヴァン君ともこれから何度でも飲み会はできますから」


「団長の優しさには救われますね、えーっとイリアス君、来てくれ」


 何やら広い研究室でそれぞれが作業や研究に没頭してるなか

 ヘープがマイクで呼ぶと、どこからともなくイリアスが現れる。


「はい……部長……あ」


「イリアス、お疲れ様ですね」


「イリアスさん。お、お疲れ様です」


「……お疲れ様です」


 イリアスがセイとヴァンを見て一瞬止まった。

 が気付いたのはヴァンだけだった。


「イリアス、君の思ったとおり彼はミックス・コミュニケーターでした」


「えっ……」


「ほう、それはそれは」


 イリアスは驚きの声をあげ、ヘープは改めて興味深そうにヴァンを見た。


「なので、本来は今日は研究部の体験活動という話でしたが……。彼の特訓プログラムを組んで頂けませんか?」


「なるほど……確信されているということは、既に接続は試された状況ですか?」


 ヘープがキーボードを打ちながら話す。


「えぇ可能です。会議でお伝えせず、すみません。彼の意思も伺いたく」


「いえいえ、謝ることなどありません。むしろ研究部で少し適正を見てからでもいいと思いますよ。よーし忙しくなるな……ユディアルはこの事は……?」


「もちろん知っています。皆にも内密にとは言いませんが、ヴァン君の気持ちを最優先にしたいのであまり騒ぎ立てないようにしてほしいのです」


「あー、うん。わかりますよ。うんうん……外部には漏らしません。じゃあヴァン君、一緒に頑張りましょう」


「は、はい」


「イリアス君、まずは彼を着替えに……」


 イリアスは呆然としたように、ヴァンを凝視したまま動かない。

 ヴァンも顔色の悪いイリアスを見て慌ててしまう。


「イリアス? どうしました? どこか具合が……」


「あ! すみません……なんでもないです」


「まずは彼の今の状態をチェックしたいので、検査着に着替えを」


「は、はい……」


「イリアス、頼みますね。ヴァン君、それでは私は自分の仕事に戻ります。

 何かあれば周りの皆に言ってくださいね。それとこれでも私と話はできますから、いつでも」


 セイが、首元を触る。首飾りのことだろう。


「はい!」


 微笑みあってセイは片手を上げ、出ていった。


「……こっちです」


 イリアスに案内されてヴァンは更衣室まで二人で歩いた。

 研究部もメインのホールの他に何部屋も分かれているようだ。

 この内部の大きさに比べると団員が四十人弱なのも少ないようにも思える。


 数人の団員と挨拶しながら二人きりの更衣室に入った。

 イリアスが無言なため、ヴァンもついソワソワしてしまう。

 ふと、イリアスがヴァンに向き直る。


「お前……」


「え?」


「調子に乗るなよ」


 イリアスが目を見開き、睨みつける。

 ヴァンの皮膚がゾクッと泡立つ。


「えっ……」


「これに着替えろ、表で待ってる」


「は、はい……」


 此処に来ての初めての戦慄。

 話はあまりしていないが、歓迎会の後のフォローもあってそれなりに関係性は悪くないものだと思っていた。

 それがまさか……。


『調子に乗るなよ』


 この言葉とイリアスの殺気がグルグルと頭をよぎる。

 そんなつもりはなかったが、自分が何か役に立てるかもしれないと思って喜びがあったのは確かだ。

 もしかすると浮足立って見えてるのかもしれない。

 とにかく着替えなければと慌ててガウンのような薄い検査着に着替えた。


「お、おまたせしました」


「こっちだ。まずは健康状態のチェックを改めて確認する」


「はい」


 入団した日にエリオには軽くチェックされたが、今度詳しく身体検査をすると言われていた。

 が、そんな事よりも先程のショックが消えない。

 早く二人きりの状況から脱したい。廊下が長く感じる。


「あの人の……」


「はっはい」


「あの人の負担を増やすなよ」


 それからは一切イリアスは個人的な言葉を発することなくヴァンは血液を採取されたり何かの箱に入って写真を撮られたりした。


『あの人』


 セイの事だろう。

 イリアスにとって、どんな存在なんだろうか。

 まだ出逢って数日なのにヴァンにとってもセイは特別な天から自分を助けに来てくれた神様のように思える。


 きっとイリアスにとっても特別な存在なのだ……。

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