15☆話「震える手・ユディアルとの語らい」


 ヴァンはセイ達と本部で別れた後、タカと食堂で夕飯を食べた。

 大浴場にも誘われたが落ち着かない気持ちがあって断り、一人で廊下を歩いている。


「はぁ……」


 ヴァンに与えられた部屋に初めて入った。

 地下の他の部屋と同じように、壁も金属で出来ており窓もない無機質な部屋。

 しかしデスクの上には、誰の優しさか可愛い花の鉢植えと

『ようこそサーフ自警団へ』というメッセージカードが添えられてあった。


「あは……かわいい」


 じんわりと優しい気持ちになる。

 クローゼットには団服の他に部屋着、寝間着、下着も用意され部屋にはトイレと簡易的なシャワーもある。


 タカが『ヴァンは一人部屋ずるい!』と言ったが、初めてこの年齢で此処での暮らしをするのだから、ある程度のプライバシーはあるべきだというセイの考えだった。

 皆の優しさに、感謝でいっぱいになる。


 本部に戻ってからも、ずっと皆の優しさに触れて安らいだ気持ちになっているはずなのに、あの引き金を引いた感触を思い出すと手が震え出す。


「また……どうして……」


 どうしてかは、わかっているのだ。

 躊躇なく、引き金を引いた。

 撃ち落とすために撃ったのだ。

 殺すつもりで撃った。


 相手は敵だ。

 自分達に攻撃をしかけた悪。

 殺しても仕方ない――。

 自分も何度も襲われ奪われ、H63自警団のことは殺してやりたいと思うくらい憎んだ事もある。


 それなのに、何度も発砲して命を奪う行動をした事を思い出すと手が震え出す。

 そして一人になった途端に更に震えが酷くなり、あの場面を何度も思い出してしまう。


「くそっ……」


 敵からは容赦なく、虫けらのように命も尊厳も無碍むげにされるのに……。

 自分は、そう思えていない、心がついていけていない……。

 その状況にヴァンは憤りを覚えた。


 ふわり……と胸元の首飾りが光った。


「あ……通信……?」


『俺だ、ユディアルだ』


「はい、ヴァンです」


 この首飾りはミックス同士で通信できるという事を帰り道で試し、本当にできる事がわかった。


『ヴァン……もう寝るか?』


「あ……あの」


 震えは酷くなるばかりだ。

 このままだと、眠れるどころではないだろう。

 眠っても、悪夢を見そうだ。


『眠れそうか……?』


「それが……全然……」


『なら少し、話をしないか』


「は……はい」


 ヴァンに言われ、通路を右へ行き左へ行き、初めて一人でエレベーターに乗って地下に降りる。

 この地下要塞はかなり広いことを改めて知った。


 無機質な金属の壁を進み、行き止まりの壁のボタンを押すとドアが自動で開く。


「わ!」


 何度かここで体験しているが、まだ慣れない。

 でもどこかで同じような体験をしたような気もする。

 不思議な感覚を覚えながらドアの向こうを見ると、そこは驚きの空間だった。


「え? え?」


 天井には満点の星空。

 木々が生い茂っている。

 地下深くのはずなのに、これは一体……。


『そのまま、丘の方に進んでこい』


 言われたまま草原の中を歩くと、丘の上にユディアルが座っていた。

 ランタンも彼の傍らにあるが、蛍のような光が彼の周りを漂ってふわふわと彼を照らしている。


「お、お疲れ様です」


「あぁ、おつかれ。座れよ」


「ここは一体……?」


「地下庭園だ。空はもちろんモニター。会議室の黒板のでかいやつだ。ドーム状になってて向こう側に見える景色もモニターだ。でも本物の土に植物、虫や鳥もいる。セイも好きな皆の憩いの場だな」


「すごいです」


 ユディアルの隣に座る。

 本当に草の感触。本物だ。

 廃墟の元気のない草とは違う。

 故郷の山の丘のイキイキとした草だ。


 この森林、丘、そして星にヴァンは懐かしくなってしまう。

 たった数ヶ月前なのに、自分はあの家を出た事を後悔してるんだろうか。


 人に対して命を消す行動をした。

 自警団に入って役に立つと決めたのに、恐怖して情けない。

 いつの間にか、涙が溢れていた。


 涙を撫でるように、風が吹いてくる。


「今日は、よく頑張ったな」


「……俺、俺……思い出したら……震えてしまって……情けなくて……」


「誰でもそうなる。まぁ殺しちゃいなかったが……境界を超えた行為をして、その自分に戸惑うのは普通だよ」


「思い出したら、震えが……止まらなくて……」


「あぁ……みんなそうなる」


「……ユディアルさんも……?」


「俺は……あぁ……そうだな……俺もそうなったな」


 ユディアルの答えに、ヴァンは涙を拭う。


「そ、そっか! 少し安心しました」


「あぁ、だからお前は情けなくなんかないよ」


「……はい……」


「……これからどうする?」


「え?」


「お前は人一倍優しい、これから自警団の闘いは激化していくかもしれない……いや、するだろう」


「はい」


「その時に、耐えられるか……?」


「……わかりません……俺は弱い……から……」


「……いい答えだ」


「これが、いい答え?」


「自分の弱さをしっかり見れるやつは強くなる」


「……本当ですか」


「本当だ。だけどな、辛くなったらいつでも言え。此処にいようが、どこにいようが、お前の人生はお前だけのものだ。無理して闘い続けることはない」


「でも……俺、ミックスなんですよね」


「そうだな……初回であれだけやれれば、かなりの能力者だ」


「じゃあ、俺はこの力をみんなのために使いたいです……」


 弱くて、震えが止まらなくても、その気持ちは本当だった。

 弱くて、震えが止まらない誰かを一人でも減らすために……何かしたい。

 力が、あるのならば……。


「ヴァン……」


「……で、できるかどうかわかりませんが……」


「まずは気持ちが大事だ。 想い、願い……! そこから強さは始まる!」


「俺……この力でみんなを、守りたい……です!」


「あぁ、叶えような」


「はい」


 グイと銀色のスキットルを渡された。

 ぐっと飲むと、昨日飲んだワインより一層強い酒は喉を熱くさせる。


「う……あっつ!」


「ふ……これで一人前だな!」


 バン!と背中を叩かれる。


「あ……」


 気付けば、震えはとまっていた。


「これからも何度でも付き合ってやる」


 スキットルを奪われ、ユディアルが笑いながらごくごくと煽った。

 きっとこの人も此処で何度も、闘いの後の気持ちを、葛藤を飲み込んできたんだ。

 そう、思った。


「俺にも、もう一口ください」


「おう、飲め」


「はい」


 心地よい風が流れ、二人で星を見上げた。


「ヴァン……俺が魔術を使ったことは怖くなかったか?」


「え……」


 今の世界では魔術は禁忌だとされているが、それは魔術が破壊行動をするものだと決めつけているからだ。


 ユディアルの力は守る力だ――。


 ユディアルがどうして魔術師の血を引いて魔術の知識を得ているのか、それはヴァンにはわからない。

 だが、聞く必要もないと思っていた。


「強くて、かっこよかったです」


 それが本心だった。


「そうか」


 ユディアルが笑って、緑のピアスが揺れた。













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