9☆話「炊事部長のムッキムキなアーサーと味噌汁」

 

 次の日、ヴァンは少しだけ頭の痛みを感じて、ゆっくり目を開けた。


「ん……わっわわ!?」


 目の前にユディアルの顔があった。

 焦るが声を抑える。

 濃いまつげの瞼は閉じられ、眠っていることに気付く。


「ユ……ユディアルさん? ……あ、俺昨日初めて酒を飲んで……」


「ん~はぁ~~……朝か……? あ~起きたか……ヴァン……」


 ユディアルの瞳が開く。

 やはりキレイなオッドアイ。

 つい至近距離でジッと見つめてしまう。


「ん?」


 猫のようにいたずらっぽく微笑まれる。

 かっこよさと可愛らしさのミックスに、心臓が変に高鳴った。

 慌てて起き上がる。


「おおおおおおおおおはようございますっっ!」


「おう、おはよーさん」


 横にはタカも寝ている……。

 いや見回せば、皆が雑魚寝状態で毛布にくるまってる。


「ん~~……しゃむい……」


 少し毛布から出ていたタカがすり寄ってきたので、毛布をかけた。

 兄貴分だといいながら、まだ幼さの残る可愛い寝顔。

 クスッとヴァンは笑ってしまう。

 

 あったかい……。


 すごく、安心して幸せな気持ちだ。

 此処に来てから恐怖も不安もない――いつでもその事に感謝したい気持ちになる。


「起きたら、みんな食堂に来いよー。味噌汁あるぞ~」


 部屋の入口で、エプロン姿の男が皆に声をかけた。

 昨日も目立っていた男だ。

 ツーブロックの銀髪に、ピアス、Tシャツはピチピチで筋肉隆々なのがわかる。

 昨日も豚肉を皆に豪快に切り分けていた男だが、ヴァンは御礼しか言えなかった。


「ミソシル……?」


 ふわり、良い香りがした。

 タカも鼻をひくつかせ、あくびをしながら起き上がる。


「やったーあああ……やっぱ飲んだ次の日は味噌汁にかぎるぜ」


「タカ、お前はジュースしか飲んでないだろう」


 食堂に皆が寝ぼけ眼のまま向かう。

 ユディアルの猫耳のようなくせっ毛は、寝て起きても変わらない。

 ライダースーツと同じ模様の、黒のロンT姿。

 ぴっちりと筋肉が浮き出て、ユディアルの鍛えた身体が見て取れる。

 ヴァンも畑仕事や強盗団に負けないようにと少しは鍛えてはいたが、比べものにならない。

 自分はこんな身体で警ら部になど入れるのだろうか、と少し不安になってしまう。


「ヴァン、大丈夫か?」


「はい、あの……すみません俺、寝てしまって……あんまり覚えてないのですが」


「謝るな謝るな」


「うひひ、ヴァンはユディアルに抱きついて寝てたよ」


「え!? まさかそんな」


「やめろ、タカ。わざとじゃないんだから」


「わぁ~~~!! す、すみません!」


「気にするな、いつもはタカを抱っこして寝かせてやってるからな~~」


「俺そんな事してねーよ!!」


「あはは、この前まで一人じゃ寝れないガキだったくせによ」


「そんなことねーし!!」


 ユディアルとタカの言い合いの隣で

『どうしようどうしよう』とヴァンが目を白黒させていると、ピンク髪のイリアスが本当にただ酔いつぶれて寝ただけだ』とフォローをしてくれた。

 てっきりあまり良く思われていないのかと思っていたヴァンだったが、少し嬉しくなる。


 食堂も長テーブルに椅子が並ぶ、大きな部屋だ。

 キッチンと飲食スペースの間の配膳台に、皆が並んで朝食を受け取っていた。


「いい匂い……あ、セイさん!?」


 なんとセイがスープを配っている。

 その横には先程のツーブロックの男が、握り飯を渡していた。


「おはようございますヴァン君。気分はどうですか?」


「はい、大丈夫です。楽しかったです。でも俺、寝てしまってご迷惑を……」


「何も気にする事はありません。皆と馴染めてよかったですよ。改めて紹介しますね。こちらが炊事部部長のアーサーです」


 細身のセイの横に立つと背丈は変わらずとも、腕の太さが際立つ。

 その手で三角に整った握り飯を二つ、アルミの皿に乗せてくれた。


「おう、よろしくなヴァン。昨日は話しに行ったらもうお前寝てたから。俺の味噌汁は美味いぞ、握り飯……おにぎりも沢山食べろな」


 「あ……ありがとうございます! ミソシル……にオニギリ……初めてです」


「これは私の遠方の友人のショウにレシピを聞いて、アーサーが見事に再現してくれた発酵食品のミソを使ったスープです。お米も育て方を聞いて、団所有の畑で育てているのですよ」


 遠方の友人というのは、セイと同じAIのことだろう。

 離れた距離でもAI同士通信して情報交換している……という話を昨晩少し聞いたのだ。

 この広い世界には、いろいろな文化がある。


「アーサーの味噌汁は美味いんだよね~~~もう沁みるよね~~」


「だな! 俺も最初は濁った茶色にビビったけど、今じゃもう味噌汁がないと始まらないぜ」


「ここまでミソを再現できるのは研究部としても、かなりの技術だと部長も言ってましたよ」


「タカもユディアルさんもイリアスさんもミソシル大好きなんですね」


「あぁ! まずは食おうぜ!」


「「「「いただきます」」」」


 皆がまずは! と味噌汁を啜る。

 ヴァンがフォークでかき混ぜると、何やら緑色のデロデロが引っかかる。

 

「これ……」


「海の葉っぱなんだって~」


「身体にいいんだとよ。まずは一口飲んでみろ」


「……は、はい……!」


 周りの皆も恍惚な顔で飲んでいるのを見て、ヴァンも思い切ってガバッ! と口をつける。


「あつ……ん……お、美味しい……!!」


 複雑に絡む、旨味の味わい……!

 それでいてしつこくない、身体に優しい塩味と甘み。

 不気味だと思った海の葉っぱも、つるんと不思議な食感でよく合っていた。


「オニギリも美味しい……!」


 味噌汁を飲んだあとに握り飯を食べると、米の甘さがよく引き立って最高だ。

 初めて食べた味噌汁と握り飯は、まさに五臓六腑に染みる味でヴァンは心から感動する。


「腹いっぱいになったな、今日はじゃあヴァンの集落に御礼をしに行くぞ! アーサーに弁当頼んだしな」


「えっ昨日の今日で……」


「あぁ、早いほうがいいだろ」


「はい! ありがとうございます!」


 今日の予定確認をしながら、結局おかわりをしたヴァンだった。


 

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