8☆話「ヴァンの歓迎会」


「よーし! ヴァンの歓迎会するぞー!」


「「「「やるぞーーーーーーーーーーー!!」」」」


 ユディアルが酒瓶を掲げると、皆も立ち上がり歓声を挙げた。

 あまりの声で、部屋が揺れたような気すらした。


「えっえっ!?」


「よし! 今回は豚を一頭絞めたからな! ご馳走だぞーー!! みんな手伝えーー!!」


 ムッキムキのエプロン男がまた叫ぶと、皆がまた歓声を挙げる。


「やったー肉ぅーー!!」


 タカも喜びの声を挙げた。

 ユディアルとエプロン男が立ち上がると、皆が一致団結し長テーブルや椅子は、テキパキと仕舞われる。

 ヴァンは手伝おうとしたが、手出しできないほどの素早さで無機質な金属の床には、温かい毛の敷物や座布団が敷かれ、ご馳走や酒が全員によって運ばれる。


 セイとヴァンだけ、それを見守っていた。


「お、俺……すみません、何もできなくて」


「謝る事などありませんよ、皆が宴会が好きなので準備も早いのです。だからいつも私の固い長話は嫌がられるのですよ。ふふ」


 そう言いながらも、皆を見る目は優しい。

 遠い昔に父が、自分を細い目で見つめていた時のような優しい横顔。


「先程はミックスコミュニケーターの話を急に聞かせてしまい、不安にさせてしまいましたよね。申し訳ありません」


「いえ……この髪と目だと……そのミックス? ……なんでしょうか」


 ヴァンは額にかかった髪に触れる。


「特徴的には一致しています。実はミックスコミュニケーターは……その昔に軍事目的としてAIと接続しやすいように人為的に創られた人達のことなのです」


「そ、そうなんですか」


『人為的に創られた』という言葉に、つい引いてしまうヴァン。


「人の心を無視した非道な計画だったと思います……。しかし世界破壊後の混乱の中でミックスコミュニケーターの血族は散り散りになりました。なので今もその能力が備わっているのかは個人によるかと思うのです」


「はい」


「急ぎはしません。少しずつお話していきますし、良ければ少しずつ試していければと……」


「それは俺も構いません……自分の先祖とか、何も知らないことばかりだし……自分にできることがあればお願いします」


「ありがとうございます。ヴァン君からの質問はありますか?」


 そう言われ、うーんと考える。

 人と話すことに慣れていない、と思い知る。


「……セイさんは、いつ生まれて……あ、えっと、失礼だったらすみません」


「構いませんよ、私が生まれたのは百五十年ほど昔でしょうか」


「……百五十年も……昔に」


「第二次世界破壊の直前でした。優しい科学者が、汚染される前にできる限りAIを保護するプログラムを組んで、私達を守ってくれたのです。でも……手の届く範囲でしか人々を守ることができず……無力さをいつも感じています」


「それでも……それでも、ありがとうございます。俺が今こうして生きていられるのはセイさんのおかげです。お、俺のような無力な存在には心強い希望です」


 助けてもらわなければ、悲惨な末路だったのは間違いない。

 百五十年もずっと人のために戦ってくれているセイに、何か言いたい。

 そう思ってなんとか伝えたが、間違った言葉ではなかったか? 心臓が焦りで早くなる。


 ふっと、セイが優しく微笑んでくれた。


「ヴァン君……ありがとうございます。君もこれから、皆の希望になってください」


「は、はい……!」


 ヴァンも微笑み、二人の間に優しい時間が流れる。


「おいー! 準備できたぞー! 主役は早く座れ!」


「ふふ、さぁ行きましょう」


「はっはい」


 そこからはもう皆の楽しい宴だ。

 セイはもちろん食事はしないが、戯れの機能で少しの水分は摂取できるらしい。

 静かに皆の話を聞いている。

 ユディアルは大酒を飲んでも明るさは変わらず、中心で皆を笑わせている。

 タカは豚肉にがっつき、イリアスは少し離れて白衣の人達と黙って酒を飲んでいた。


 そしてヴァンは……ふわふわしていた。


「酒飲むの初めてだったのか~? ヴァン」


 ワインを飲んで、ピンク色に染まるヴァンの顔。


「ひゃい~~~……お酒なんか……贅沢品だし……父も飲まなかったので……うぃ……あ~~でも家に酒の瓶があったのは見たことあったかも……置いてきちゃいました~~……」


 悪酔いしてるわけではない。

 なんだかホワホワして心地よい感触だった。

 甘酸っぱい味が美味しくて、勧められるままに飲んでしまった。


「家はどうしてきたんだ?」


「家……。家は……しっかり窓にも板を貼って、鍵もかけてきました……あんな場所に家があるなんて誰も思いませんし……無事だと思います。

 降りてきて散々でしたが、装備もないとあそこまで登るのも無理だし……父さんの写真も持ってきた一枚は襲われた時に失くしちゃって……」


 ギュッとヴァンは、コップを握りしめる。

 酒のせいだろうか、急に今までの辛かったこと、孤独感、色んな想いが胸にこみ上げる。


「じゃあ、今度連れてってやるよ。お前の実家にな! あと明日は世話になってた集落に、水と食料をたっぷり持って行こうぜ!」


 ハッと顔を上げると、ユディアルが太陽のような笑顔で微笑んだ。


 簡単に心の底で望んでいた願いを叶えてくれる。


 家にも一度、戻りたかった……。

 集落の皆の事も、気になっていた……。

 得もしない自分に優しくしてくれた人達を思い出しては、何も恩返しできないと辛かった……そんな想いがヴァンの心から溢れ出てくる。


「ユ……ユディアルさん……」


 綺麗なヴァンのオッドアイから、涙が零れ落ちる。

 あまりに綺麗な、ヴァンの泣き顔に周りの笑い転げていた皆が目を見張った。


「ありがとうございます……ありが……あり……」


「あ、おい、ヴァン」


「ありがとうございます……」


 くしゃっと表情を変えて微笑み、御礼を言ったかと思うと、ヴァンはユディアルの方にそのまま倒れ込む。

 慌ててユディアルが抱きとめると、ヴァンは空のコップを握りしめながら寝息をたてていた。


「あ~あ、ヴァン寝ちゃったな~ヴァンが主役なのになー」


 タカが笑ってユディアルに厚手の毛布を渡した。


「お前が飲ませすぎたんだろう」


「いーじゃん、兄貴分の洗礼! ってコップ二杯だよ~~? 飲ませないのも意地悪っぽいじゃん」


「まぁ、そうだがな」


 毛布にくるむと、ヴァンのメッシュの髪がサラ……と流れた。


「ヴァンはミックスなのかなぁ」


「どう……だろうな」


 気持ちよさそうに寝ているので、ユディアルはとりあえず赤子を抱くようにヴァンを胸元に抱く。


「おい、エリオ……お前ヴァンを介抱して……」


「ぎゃーっははっはっははっは!!! はいはい! まわって! そこでターン!! ぎゃっはーー最高!! このオジンども!! ガーハハハハ!!」


 エリオに対処を聞こうとしたが、踊るおっさん勢を見て大笑いしてるのを見てユディアルがため息をつく。


「ユディアル、そのまま寝かせておいてあげたらどうですか?」


「……そうだな風邪を引いても困る」


 少しずらして膝枕にすると、そのままヴァンはすやすやと眠る。

 ふっと、ユディアルが微笑んだ。

 その微笑みを見て、セイもまた微笑む。

 男達の宴会は遅くまで続いた――。



 

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