5☆話「ヴァンとコーヒーと団服合わせ」

 

 スープとパンを食べて、医務室のベッドで眠るヴァン。

 家を出てから、ずっと安眠はできなかった。

 土の上に寝る事もあった。

 寒くもなく暑くもなく、不安もない。

 温かで柔らかいシーツにくるまってヴァンはいつぶりかの安らぎを得た。 


 父と兄と三人で笑って夕飯を食べる夢を見た。


 ヴァンと同じメッシュの髪、同じオッドアイで笑う兄。

 父も笑っている。戻れない幸せだった過去。


 目覚めると、泣いていたようでヴァンは目元を拭う。


 カーテンの仕切りのある医務室のベッド。

 白い長い電球がついて明るい。

 地下なので窓もなく、時間がわからない。


 香ばしい良い香りがしてエリオの気配を感じ、借りたカーディガンを羽織ってカーテンを開けた。


「あら~おはよ。ヴァン」


 端のデスクで仕事をしていたのか、書類を見ていたエリオがヴァンを見て微笑む。


「エリオさん、おはようございます。すみせん、沢山寝てしまって……今何時でしょうか」


「もうすぐお昼。昨日は遅かったし、疲れもあるしいいのよ。トイレと歯磨きしなさいな」


 言われたままにトイレに行き、顔を洗い歯を磨く。

 手招きされて、真ん中にあるローテーブルのソファに腰掛けた。


「俺はなんの仕事をすればいいんでしょうか?」


「仕事なんて、まだまだ! 急がなくていいから~今、あなたの部屋を用意してるところよん」


「えっ! 俺の部屋なのに任せてしまい、すみません! 今すぐ手伝いに行きます!」


 慌てて立ち上がるヴァンに、エリオはひらひら手のひらを振って座らせる。


「ヴァン~団員はね、家族みたいなものなのよぉ、そんなに気を遣わなくていいの」


「……家族……」


 エリオは優しく微笑む。


「そう、ここはあんたの家になるの。一緒に住む団員は家族よ」


 エリオはポットのコーヒーをマグカップに注ぐと、ヴァンの前に置いた。


「共同生活だもん、気を張り詰めてたら疲れちゃうでしょ~ホットコーヒー飲んでホッとしましょ☆」


「コーヒー……?」


「これはね、あったか~いとこで採れる豆の飲み物。この辺りでは珍しいわよね~。高級品だけど、大好きだからあたしの給与の一つに入れてもらってるのよ」


「そんな貴重なもの、頂いて……」


「こら! 家族はなんでも分かち合うものでしょう」


「は、はい……ありがとうございます。いただきます……う……ぐ……」


 初めて飲む苦味に、ヴァンは目を白黒させた。


「美味しい……?」


「あ、あの……えっと……苦いです」


「ふふふ、そうそう素直に思った事を言えるようになるのよぉ! お砂糖とね、これはミルクの代わりになる粉。これをたっぷり入れるのよ~~~そしてよく混ぜる~~」


 カチャカチャとエリオがスプーンでかき混ぜると真っ黒な飲み物は茶色になり、甘い香りが漂う。

 ニヤニヤするエリオを前に、恐る恐るもう一度口をつけた。


「……わぁ美味しいです」


「でっしょー!! うふふ。これからも何かあったら此処に来なさい。ユディアルは脳筋だしセイは忙しいし繊細な話はあたしがコーヒー飲みながら聞いてあ・げ・る☆」


 バチン☆と音がしそうなエリオのウインク。


「ありがとうございます」


 初めて飲むミルクと砂糖たっぷりのコーヒーは、飲むと笑顔になるリラックスドリンクだとヴァンは思った。


「さぁじゃあ次は団服合わせしましょ!」


「団服……?」


 エリオが何着かサイズを持ってきた団服をカーテンの中で合わせる。


「あんた細いけど脚長いわね~。ジャケットはこのサイズだけど~ズボンはこっちじゃないとダメね~」


 エリオの見立てはピッタリだった。

 ヴァンがカーテンを開ける。


「あら、イケメ~ン♪」


 柔らかい革でできた白いジャケットにズボンにブーツ。蛍光緑のラインがところどころに入っている。

 昨日見たセイの姿を思い出す。


「作業員も多いから、これを着てる人も少ないんだけどね~」


「こんないい服、着るの初めてです」


「あの服も洗濯に出してるから、後で取りに行くといいわよ」


「あんな汚い服を洗わさせてしまって……」


 山を出る時に、綺麗に保管してあった兄の服を着て出たが荷物もH63自警団に奪われてしまった。

 それからは最近までお世話になっていた集落で、洗濯して乾くまでは毛布にくるまったり親切な人が服を貸してくれたり、そんな日々だった。


「また遠慮しちゃダメダメって言ったでしょぉ~ヴァン」


「すみませ……」


「謝るのもダメよ~」


「……すみ……あは……」


「うふふ。慣れよ慣れ。あ……もうすぐ、お弁当が届くから」


「えっ」


『弁当』の言葉に、つい嬉しくなる。

 ヴァンも食べざかりの少年だ。ずっと腹も空かせてばかりで食べるのもやっとだった。


「う~っす!! 入るぜ」


「噂をすればね」


 医務室を訪れたのはユディアルとセイだった。

 ヴァンの団服姿を見たセイは微笑み、ユディアルはサムズアップする。


「よく似合っていますね」


「あ、ありがとうございます」


 セイの服もやはり団服だったのだ。

 少しデザインは違うが、白に緑のテーマカラーは同じ。

 誰かとデザインが似た服を着るなんて、生まれて初めてでなんだかくすぐったい。

 しかしユディアルは黒いライダースーツだ。

 緑の蛍光線が入っている。

 チラッと見られて、ユディアルにはヴァンの言わんとする事がわかったらしい。


「俺は、白は似合わないし俺用の特別製だ。ヴァンは似合ってるぞ」


「ありがとうございます、こんな良い服を着れてありがたいです」


「お前、山の生まれだってのに、いちいち丁寧だよなぁ」


「そんな言い方は失礼ですよユディアル。ヴァン君、お弁当を持ってきました」


「これ食ったら~会議室で皆との顔合わせと、今後の説明だな」


「は、はい!」


 機械化されたようなこの施設内で、新鮮な肉と野菜がたっぷり使われた弁当にヴァンは驚いたが味は格別で勧められるままに二つも弁当を食べてしまった。

 しかし皆との顔合わせと考えるとどうにも緊張してしまう。

 一体どうなるのだろうか。

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