第8話 突きつけられた現実は残酷で
「ほ、んとう、に……? お、れはっ……死んだのかよ……嘘、だろっ」
自らの死は、やはり現実だった。
生気なく動かない目の前の自分。たかが学生、自分の骸ををむじまじと見ていられるほどの勇気などない。悲しみや恐怖、絶望から逃れるために這いつくばるようにして和室を離れる。
「みゃあ」
虚を見つめる絶望の中、鳴き声に顔を上げた。ヨウスケの正面で野良は座りしっかりとヨウスケを見つめていた。
「野良……お前どうやってここに? ってああ、お前も死んでるからすり抜けられるんだっけか」
ふりしぼって出した声は、消えそうだった。それでも自分で聞いておきながら、自分で解決したことにほんの少し苦笑いがでる。
「なぁ、何でお前は俺の傍にいるんだ?」
優しく野良を撫で、その体を抱き上げた。確かに感じる温かさと、重さ。目の前にいるはずなのに、もう生きてはいない。苦しくなる胸を落ち着かせるために、頭から背中にかけて撫でて抱きしめてからハッとする。
この姿、この温かさを知っていることに気がついたのだ。
「お前、もしかして冬に水路に落ちてたネコか!?」
すっかり忘れていた。過去にネコを助けたことがあったことを。
それは吐く息が白くなるほど気温が下がった冬。
相変わらず遅くまで部活をやってから帰ろうとしたときに、小さな鳴き声が聞こえた。
その声が気になって、真っ暗な夜をスマートフォンのライトを頼りにハヤトと一緒に声の元を探したのだ。
そして見つけたのは、水路で震えるネコだった。
どこから水路へと迷い込んだのか、全身びしょびしょになって震えながら鳴くネコを助けるため、冷たい水路に裸足になって入った。
幸いにもそのときの水量は少なかったため、冷たい水を堪えて、歯を食いしばってネコを水路から救い出した。
その場に置いて帰ることもできず、家へと連れて帰り、弱っていたため精一杯の介抱をした。
数日で体調がよくなったそのネコは、ヨウスケがいない日中に出て行ってしまったが、無事ならいいのだと思い、その出来事はそれきり気にすることもなかった。
でも、何があったのか知らないが、そのネコは死んだ。
そして死んだあとになってヨウスケの前に現れた。
「お前は……死んでから何で俺のところに来たんだ? もしかして、恩返しとか?」
まさかな、と思いながら聞いてみた。
言葉も通じないのに、返事をするわけないかと思った。でも。
「みゃあ」
ヨウスケに答えるように鳴いた。
たまたまかもしれない。それでも、暗闇の中で孤独に感じていたヨウスケにとって、大きな支えになった。
「サンキューな、野良」
ぐるぐると喉を鳴らしてすり寄る。
少しだけ前を向いたヨウスケは、すすり泣く声を背に、野良を抱き上げて外へ出た。
外に出ると、ミヤビが申し訳なさそうな顔をして待っていた。
会ったばかりの彼女が、ヨウスケの家を知っているわけがなく、おそらくこの野良についてきたのだろう。
小さな声でもぞもぞ何かを言って、ミヤビは大きく深呼吸をすると、気持ちを落ち着かせた。そして意を決して口を開く。
「あの――」
「ごめんな。急に大声を出して」
ヨウスケはミヤビの言葉を聞く前に、先に頭を下げた。初めて会ったのに、急に大声を出されて怯えないわけがなく、どれだけ彼女が怖かったかわからない。でも、間違いなく傷ついたはずと思っていた。
そんなヨウスケの謝罪に、ミヤビは大きい瞳をさらに大きく見開いた。
「そっ、そんなことないですっ。私の方こそ、まだ気持ちの整理ができてないときにこんなこと言ってしまってすみませんでした!」
「俺の方こそっ……まだ、俺、ちょっとあれだけど……」
互いにだんだんと声が小さくなる。互いの性格もよくわからないが、似たような性格であり、おどおどする仕草がそっくりだった。
「やっぱ、俺さ。まだ、受け入れるのは……」
自分の家で見てしまった、自分の遺体。認めなければならない現実から、目をそむけてはいられない。でも、すんなりとはまだ受け入れることができないヨウスケの気持ちを、ミヤビはすぐに察したようで、今にも泣き出しそうな顔をする。
「そっ、そうですよねっ……私も、そうでした」
うつむくミヤビは年相応に弱弱しく見えた。でも、何を思ったのか、急に光が差し込んだようにパッと顔が明るくなり、ヨウスケの顔を見上げるように顔を上げる。
「そうです! どこか落ち着くところにでかけましょう? 私もそうやって整理したんです。もしかしたら、気持ちの整理ができるかもしれませんし」
か弱い見た目とは違い、ミヤビは行動力があるようだ。「いかがでしょうか?」と目を輝かせて言う姿に、まさか断ることもできず、ヨウスケは小さくうなずいた。
「やった! それでは今すぐ行きましょう! すごく静かで、綺麗な場所があるんです。こっちです!」
元気になった彼女に手を引かれ、歩き出す。
反対の手で抱きかかえている野良はそのまま眠っていた。
何分も何十分も何時間もずっと歩く。途中で目覚めた野良は、ヨウスケの腕から降りて二人の後ろを、ピンとしっぽを立てながらついて行く。
疲れることがない体が便利だとも思った瞬間だった。
「ここです! どうです? なんだかワクワクしませんか?」
どや顔で言うミヤビが指をさした先。そこには人気のない真っ暗な水族館があった。
看板にも電気が灯っていない。もう営業時間が終わり、従業員も帰っているのだろう。
「行きましょう!」
そう言ってミヤビは躊躇することなく、入り口の扉を通り抜けた。まだ、扉をすり抜けるということに戸惑いがあるヨウスケは、扉の前で少し足を止める。
死んでいる以上、セキュリティーにひっかかることがない。
だけど少しの罪悪感と恐怖感がある。それでも、「早く」と言わんばかりに、手を引っ張られてしまっているので、目をつむってすり抜けて、中に入らざるを得なかった。
もちろん館内は真っ暗。
明るくなっているのは、非常灯のみ。
そうヨウスケは思っていた。
「すっげぇ……」
扉、そして受付とすり抜け、進んだ先にあったのは大きな水槽。
その水槽にはライトがついたままになっており、中を優雅に泳ぐ魚たちがいる。
きょろきょろと周りを見ても、どこの水槽にもライトが付いている。通路のライトは消されているものの、全ての水槽のライトが灯っていた。
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