第7話 生への執着
一気に血の気が引いた。体が、心が冷たくなるのを感じる。
たった一夜。自分が既に死んでいることを完全には認めたくない。あくまでも死んでいる可能性として考えていたヨウスケ。もしかしたら夢かもしれないと、生きている可能性を排除したくない。
それなのに、見知らぬ少女に死を告げられたことで、頭が真っ白になる。
「いや、ちがっ。俺は、死んでなんか、ないっ。俺は生きてるっ……俺は生きてるんだっ。生きてる、はずなんだ」
恐怖を誤魔化し、自分を立たせるために強い声で、そう言った。
急に大声を聞いたからか、ミヤビはびくっとし、怯えた目をしながら体を縮める。
「あ、ごめっ……」
「い、いえいえ。こちらこそ、急にすみませんでした」
泣きそうな顔をするミヤビだったが、すぐに冷静を取り戻したようである。
「その、ミヤビ……さんはなんで俺のことが見えるの?」
「それは私も……もう死んでいますので。だからこうやって、色々やりたかったことをやっているんです」
「やりたいこと……?」
ミヤビの言葉で、自分がやりたかったことを思い出す。
だが、どれもこれも一人じゃできないこと。みんなでサッカーをしたいし、大会に出たい。卒業や就職、結婚と思いつくものはどれも一人ではできない。
「やりたいことなんてっ……俺は死んでなんかない。認めるかよっ!」
冷静に死を伝えられたことで、より生への執着が沸き上がる。
自分は死んでない、生きている。そう思いたくて、その場から逃げ出した。
あのままミヤビの話を聞いていたら、死んでいることを認めることになってしまうような気がしたからだ。
もともと部活で鍛えた足は、ミヤビとネコをその場に残し、風のように進んだ。
「大丈夫かな……ね、野良ちゃん? あなたの飼い主さん、平気かな?」
ミヤビは再びしゃがみこみ、野良へと話しかける。しかし、野良は返事を返さなかった
初対面のミヤビの言うことなんて、信じない。
認めてやるものか。
一度は自分が死んでいるとも考えたが、理由もわからない以上、認めたくない。
みんな揃って、ドッキリを仕掛けているに違いない。
変な冗談はやめてほしい。
同級生たちがみんな揃ってヨウスケを騙すようなことをしても、家族は絶対にしない。
だから、ヨウスケの足は自分の家へ向かった。
十七年暮らし、育った慣れ親しんだ家。
いつもなら何の躊躇もなく、「ただいま」と扉を開けるが、今日はそう簡単にはいかない。
いつも通りにドアにかけようとする手が、小刻みに震える。
家族なら、俺のことをわかってくれる。
家族なら、俺をちゃんと見てくれる。
家族なら、血のつながった家族なら。
今は幽体離脱をしているだけなのだ。
家に帰ったら、俺はただ眠っているのだろう。その体に戻ればいいだけ。やり方なんて知らないけれど、何とかなる。今まで通りの生活に戻れる。
だから――。
長く息を吐いてから気合いを入れる。
きっと大丈夫、そう言い聞かせながら震える右手に左手を添えて、ドアにふれようとしたときだった。
「え……」
右手はドアノブを通り越してサッと宙を切った。
ドアに触れようとしたのに、触れることができない。ヨウスケの手は、ドアをすり抜けたのだ。
ドアをすり抜けるなんてことを体験して、訳がわからず、慌てて手を引っ込める。
そして息を吐き、意を決して再度ドアに触れようとしたが、やはり触れることは叶わなかった。
何度やっても手は宙を切るだけ。冷えたドアの温度は感じられない。何の感触も得られない。
「くっ……」
それはそれで仕方ない。だって自分は幽体離脱しているんだ、だから触れないだけなんだ。
すぐさまそう思い込むのと同時に、ギュッと唇を噛みしめて、扉の中心へ手を伸ばす。
右手、左足、頭、体。そこにあるはずの扉を、ヨウスケの体はすり抜けて通った。
南にある玄関。まだ太陽が高く昇るこの時間であれば、玄関は明るいはずであった。
だが、今は。
日が差し込んでいてもどこか暗い。光ではなく、空気が暗く重い。
そんないつもと違う空気の自宅の中で聞こえてきたのは、誰かがすすり泣く声だった。
誰の声なのか大方想像はついた。
高い声を出すのは母親もしくは妹しかいない。だからそのどちらかであると。
声の主を確かめるべく、そして泣く理由を探るべく、嫌な予感を感じながらも、靴を脱ぐことすら忘れて泣き声が聞こえる方へ向かう。
それは家の奥にある和室から聞こえた。
この先を見るのが怖い。見てはいけないものがあると思った。
それでも、絶対に見ないといけない気がして、ゆっくりと、でも確実に和室へと向かう。
「ひっく……ヨウスケェ……なんで、なんで親より先に逝くのよ」
空け開かれた和室の扉。おそるおそるそこから顔を出して、中をのぞく。そこで声を出していたのは、ヨウスケの母親だった。
その隣にはしょっちゅう喧嘩をしていた二つ下の妹。
向かい側には、静かに涙を流す父親、と祖父母。みんながみんな、目を真っ赤にしており、手元にはハンカチがある。
そんな家族に囲まれるようにして、真ん中にあるのは――まぎれもない、ヨウスケ自身だった。
「な、んで……お、れ……」
体に力が入らず、ズルズルと膝から崩れ落ちた。
鏡で見る自分の姿とは違い、真っ白で、血の気のない顔。そしてピクリとも動かない体。神社で見たあの野良の体と同じ、生を失った自分の姿。そんなヨウスケの体を囲い、目を真っ赤にして泣きじゃくる家族。
ドッキリだったらどれだけよかっただろうか。
――自分はもう死んでいる。
目の前の光景がそれを物語っていた。
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