第一章 最後のシンジャ
第1話 エンドロール
白銀の世界。生命の生存を許さない酷薄な環境。目の前に広がっていたのは地獄と呼ぶに相応しい光景だった。
天候は吹雪で、強風が吹き荒れておりその過酷さを増していた。目を開けることさえ困難な猛吹雪が牙を剥く。寒さはとうの昔に体の芯まで到達し、痛みへと変貌していた。足下には雪が積もっており、膝下にまで到達しそうだった。ただ動きはさらさら無かったので、どれだけ降り積もろうとたいした問題にはならない。否応なく顔に付く雪だけが僕の神経を逆撫でる。生命の危機に晒される中で僕は1人立っていた。いや、1人ではない。
ズン、ズン、と地面を揺らしながら此方に接近する存在が居る。遠目からだと影がボンヤリと浮かび、5メートル程のこの距離ならばその全容を確認する事ができる。その体は巨大で、6メートルを優に超える。目はギョロギョロとせわしなく動きながらも確実に此方を捉えている。手には電信柱より一回り程太い槍が携えられていた。材質は石だろうか。特に金属が用いられている様には見えない。ただ僕を殺すには十分すぎる獲物である事だけは間違いない。
既に満身創痍。先ほど吐いた血は吹雪によって消え去っている。垂れてきた鼻血を強引に拭ったせいで頬に血の跡が付いており、目は充血して真っ赤に染まっていた。
打てる手を打ち尽くし、やれる全てをやり尽くした。だが届かない。この目の前の怪物の命には届かなかった。敗北は既に決定しており、これを覆す手段は僕の手の内には無かった。そもそもこの化け物との戦闘は想定していなかった。ただ言い訳まがいな事を言ったところで現実はこれで、僕の死は既に決定事項となっていた。逃げ出そうとも考えたが、動く気力さえ無い。
何を間違えたのか。何から間違っていたのか。何故自分はこんな所で立ち尽くしているのか。思えば分岐点は幾つもあったような気がする。
彼の計画に気がつけなかったこと?いち早くここから脱出する算段を付けなかったこと?繭の存在をもっと早くに知ること?そもそもこの場所に来てしまったこと?
そのどれもが間違いの様に思えて、正しい様に見え、だが結局どうしようも無かったと思える。選択を間違ったのかと言われれば確かにそうで、今だったら違う選択を選べた気がする。それでもやり直した所でやはり今と同じ道筋を辿るのだろう。
人生は選択の連続。誰が言ったかその言葉は未来の自分からしてみれば敷いたレール。定刻なれば定められた路を進み、路を切り替え、今の自分へと行き着く。チープな言葉に換言するのなら、やはり運命というやつだろうか。
意図せずして師匠との思い出が駆け巡った。目を閉じなくても浮かぶ走馬灯。それもたいした量では無い。たかだが数ヶ月にも満たない。薄い、だが色濃く確かにあった記憶。
その師匠もいない。もう叱りつけることも無ければ褒めることさえしない。いや、そもそも褒めた事なんて無かったか。迷惑を───かけられ続けたきがする。何にしたって色褪せていない、鮮明な記憶。その暖かさだけが今の僕を立たせていた。
繭ちゃんにもたいしたことができなかった。救うだの何だのとほざきながら結局の所これだ。何もできなかった。村の人も、お婆ちゃんも、家も、畑も、何もかもが流れ、消え去った。人の営みは消失、残ったのは更地とこの化け物だけ。口だけの自分が恨めしく唇を噛む。
怪物は吹雪を、積雪を、刺す様な冷たささえ無視してゆっくりと、だが確実に近づいてくる。そうして槍の間合いに入った途端に動きを止める。その動作はまるで処刑人が処刑台へと登り、罪人の首めがけて斧を振り上げる動作にも見えた。近くで見ると余計に悍ましく、気味の悪い。身の毛のよだつような様相をしている。振り上げられた槍の穂先は此方に向いている。不思議と恐怖はない。まるでそれが当然であるかのような気さえする。
頭上数メートル上から死が降りかかる
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