第2話 対価と願い。

なんとか十まで生きた…死ねなかった…死に続けたノーグはジョカーの元を訪れた。

自身が生きる為に唯一の祝福…この場合は呪いをくれた魔女。


ノーグはジョカーを助けてくれた存在だとは思っていなかった。

死の身代わりは起きて死の回避は行われるが痛みなんかは消えない。

だが不思議な事に傷は残らなかった。


「やあ、十歳おめでとう。ふはっ」

出会ったジョカーはそう言った。

姿は30代中盤でオレンジ色のボサボサ髪にレンズのないメガネ。露出の激しい格好で「ふはっ」と言う笑い声が独特で印象的な魔女。




「なんで俺を生かした?」

「ふはっ、いきなりとはねじくれたね?とりあえずお茶を飲みなよ」


「いらない。カップが割れるか毒入りだ。ここで死ぬとあなたが死ぬ」

「成る程、ねじくれても優しいね。ふはっ。じゃあカップを取り替えて…あらら、割れてしまった。だがカップの替えはいくらでもある。根気よくやろう。確かにキノコ茶なので万一の毒は我慢してくれ、死の回避は私には効かない。死ぬのは森から1番近い何処かの人間だ」


ようやく出されたお茶を飲むとやはり毒入りで痺れに苦しんだが1時間で落ち着いた。


「なんで俺を生かした?」

「祝福ゼロなんて激レアだ。10年前、初めて見た君は美しかった。感動したよ。ふはっ」


「感動?」

「ああ、汚らしい祝福の気が一つもない綺麗な身体だよ。ふはっ」


「貴方は祝福持ちだろう?」

「そうさ、嘆かわしい事だ。祝福を取り除きたくて魔女になったが、どうやっても神の祝福だけは取り除けない。このナンバーワンの祝福が憎らしいね。ふはっ」


ナンバーワンと聞いてノーグは顔をしかめる。

愚かな母がそれを願い、自身が失敗した呪わしい言葉。


「ふむ。君は歳不相応に賢いね。知識だけは裏切らないね。ふはっ」

「別に、勉強と課題だけは山のように出される。本も早く読まないと腐り落ちるか無くなるか焼け落ちるから急いで学んだ」


「成る程、とりあえず賢い君に一つ確認したい事がある。世の中には須く対価が求められる。それはいいね?ふはっ」

「何をさせるんだ?」


「ふはっ!いい!実に素晴らしい。話が早くて助かるよ!これから君の死の回避をパワーアップさせるからそれを受け入れるのが一つ、まあもう一つは私が望まなくても声はかかるから断らないで欲しい」

「それは何?」


ジョカーはニヤりと笑って「魔王バースオブデスの討伐」と言った。


「魔王を倒すの?」

「ああ、倒せるよ。死のない君なら、火に焼かれようが何をされようが死の回避はそれを許さない。

腕が飛べば他の誰かの腕が飛ぶ。火に焼かれれば他の誰かが焼かれる。パワーアップした死の回避は人だけではない。

人!動物!魔物!魔族!この世の全ての生き物を巻き込み君を生かす!ふはっ!」


「痛みは?」

「それは勿論ある。仕方ない事だよ苦痛の無い死に意味はないからね。ふはっ」


「…そう。それでジョカーの願いと狙いは?」

「ふはっ!君は本当に賢い!私の願いはね…」



魔女ジョカーの願いはとんでもないものだった。



「そんな事出来るの?」

「やってみる価値はある。それに私の祝福を得た君が居ればね?君にだって価値はある」


「価値?」

「偉業を成し遂げた者の前には神が訪れると言われている。間違いなくバースオブデスを倒せば勇者として認められて目の前に神が現れるだろう。そのとき聞けばいい「何故祝福なんてものを作ったのか?」とね。ふはっ!」


この言葉でノーグは決断をした。

帰りの馬車旅もは行き以上に過酷で、最初の理由は2人用意していた御者はキノコ茶で1人になってしまい、更に強盗に襲われ、魔物の群れに襲われて残りの御者も死んだ。

今までであれば死の回避は身近な者、殺した者に死を押し付けたが、パワーアップにより殺した者は生き残ってしまい、御者が巻き添えで殺されてしまった。

これによりノーグは1人で帰る事になる。


ようやく街にたどり着けば泊まる宿屋は火事に遭い、飲食店ではぞんざいな扱いに食中毒とぼったくり、慣れっこになったがやはり心は痛む。

馬車で一日の距離を三日かけて帰る頃には通った道や世界のどこかは死屍累々の惨状になっていた。



王城から呼び出しを受けたのはそれから10日後の事だった。

王は死の回避を知っていて、その力で人間界を救って欲しいと言った。

断る理由のないノーグは拝命すると魔王城の方角だけ聞いて城を出ようとする。


王は年端もいかない子供を身一つで送り出す気はないと路銀と武器防具を用意してくれたがノーグはそれを断った。


「失礼だと憤慨する大臣に向かって、用意されていた剣を抜くと案の定剣は手入れの悪い剣で、鎧も手抜き仕事で魔物の攻撃一つで壊れそうな代物だった。


せめて路銀ならと言われたが袋の中身は石ころで、用意をした兵士が着服していた。


捕らえられ、王から何故こんな真似をしたのか問われた兵士はノーグになら何をしても構わないと本能的に思ったと答えていた。



ノーグの旅は過酷で熾烈な旅だった。

魔王城の場所はあやふやで、旅をしながら情報収集の必要に迫られたが、大半の人間が知っていると言いながら嘘を教え、知っているのに知らないと言った。


そんな中でも出会いはあった。

この世界にもジョカーのように祝福が通じない者もいて、人間界では国王がそれに当てはまり、魔物との世界の間の幻獣界と呼ばれる幻の世界では伝説の生き物達はノーグを疎み蔑ろにはしなかった。

それどころか幻獣界の生き物達はノーグの食べ物に毒があれば特殊な目で見抜いて回避したり、ノーグを大事に扱った。


初めての経験に戸惑うノーグに優しい言葉をかけて、ノーグさえ望めば人間界を捨ててここで共に暮らさないかと提案をする幻獣界の生き物達。

心揺れたノーグだったがここに来るまでの間に倒した魔族達はノーグを許さなかった。

幻獣界に攻め込んできて幻獣界の中で戦う羽目になった。


ここで死の回避が死を押し付けて殺したのは幻獣界の生き物達だった。

幻獣界の生き物達はノーグに泣くことも責任を感じることも無いと言ったがノーグは自分を責め続けた。



そして2年の月日を経てバースオブデスを倒した。

バースオブデスも祝福が通じない存在だった。だからこそ高位の存在としてノーグを迎え入れようとしていた。


バースオブデスの亡骸の横で息を整えるノーグの横にジョカーが来た。

ジョカーは「やあ、お疲れ様。ふはっ。2年ぶりだね。大きく凛々しくなった。沢山死んで沢山助かって勝利を掴んだね」と言って労をねぎらう。


「ジョカー、何故ここに?」

「私は過分な願いの魔女だよ?あの願いの為にここに来た事があるのさ」


「そうなんだ」

そう言うノーグの顔には若干の不快感だあった。


「おや?その顔は、来られるなら導いてくれればいいのにかな?ふはっ」

「いや。いい」


「さあ、偉業の達成、その前に君の死の回避を更にパワーアップだ。ふはっ」

「好きにすればいい。次は何に届くようにした?ジョカーには届くのか?」


「ふはっ、私は残念ながらダメなんだよフラインググリード。私が死んだら死の回避が使えなくなるからね」

「…そう」


「ふはっ、とりあえずお土産持ってきたから食べなよ」

ジョカーが持ってきたパンと肉を食べたノーグは久しぶりのまともな食事に感謝をしていた。


「死の回避で餓死を免れても苦しいのはなんとかして欲しい。この旅で辛かったのは餓死と溺死だった」

「ふはっ、それはそれは、まあ死の回避は死を回避するだけで腹は満たされないからね」

食後に外へ出るとノーグが来た時よりも城は荒れ果てていて魔物や魔族が死んでいた。


「死の回避?」

「そうだよー、君は何千回と殺されながらバースオブデスを殺したからね。きっと人間界でも何人もの人が死んだと思うよ?ふはっ」


「ジョカーはこの死体を一掃できないの?」

「ごめんねぇ、私ってそういう魔女じゃないんだよね。ふはっ」

ジョカーはニヤニヤと笑って死体の群れを無視して歩き出していた。

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