第3話 流れ星喫茶
神社の境内に建つ『流れ星喫茶』の扉の前には看板があった。
【お疲れなあなた、縁結びの神社カフェ『流れ星喫茶』にいらっしゃいな】
【コンコンいなり寿司あります
ぜひお立ち寄りください】
小枝ちゃんと『流れ星喫茶』の店内に入る。
――きっ、狐?
そこにはきつねの格好で着物姿の妖怪九尾の女将さんがいて。
どうして女将と分かったかって?
だって、掛けたたすきに『女将九尾』と書いてある。
背の高さは人間の大人の大きさぐらい、顔は人間の女の人みたいだけど、細くて長いひげが何本かピーンと出ている。
頭にこんがりお揚げ色の毛の耳が二つ。数えてみれば、尻尾はスリムだけど九つある。
ほかにも、店内には可愛い小さなきつねがエプロンを着けて何匹もうろちょろ、店内と厨房を行き来して
「かっ、可愛い〜!」
思わず小枝ちゃんがそう口にしてしまうのも無理はない。
だって小ぎつね達はすごく可愛らしい。
和風の茶店をイマドキにちょっぴりお洒落に改装したであろう店内。
立派な柱や梁、椅子は切り株でテーブルは一枚板である。
木の良い香りがするよ。
店の真ん中には囲炉裏があった。
囲炉裏の中央には木炭があかあかと燃えていたが、その木炭には目玉があって、横には頭が長細く小さなお爺さんが何人も囲炉裏を囲うように座っている。
お爺さん達はみな一様にお茶をすすり、フルーツがたんまりとうず高く積まれたパフェを食べて、楽しそうに談笑してる。
見渡せば、席に着くお客さんも店員さんも妖怪の格好だ。
ま、まさかね。
本物――?
さっきの行列にいた人達も神社の境内にいたのもコスプレした人達でなくって、ほ、ほほ本物の妖怪?
「あら? 人間のお客様はお久しぶりね。心根の純粋で邪気のない方で、心に傷を負った方しかこの『流れ星喫茶』には来れないんですよ。それが。まあまあ、お二人も揃って来たんですねぇ」
「あっ、でもここで『コンコンいなり寿司』を食べて恋人が出来た人がたくさんいるって……」
「あら、それ。多分人間世界に出してる姉妹店の方ね。本店はここなんですよ」
僕は小枝ちゃんと九尾女将のやり取りをただぼーっと聞いていた。
九尾女将は首を傾げて「あらあら、うふふ」と笑う。僕と小枝ちゃんとを交互に見た。
僅かばかりに困ったように微笑んだ。
「おいなりさんを召し上がったら、早くあちらの世界にお帰りなさい」
「どうやって……?」
「まずは召し上がれ」
ぱんぱんっと九尾女将が柏手を打つと、するりとぺらぺらの一反木綿がおぼんを載せ厨房の方から空中を漂い現れた。
「他にもメニューはあるけれど、あなた方のお目当てはこちらでしょう?」
僕と小枝ちゃんの座るテーブルに、二匹の一反木綿がおぼんを置いていくと、目の前に色とりどりのいなり寿司が並ぶ。
「包まれてないおいなりさんだ」
「見て見て、伊呂波くん。いなり寿司の上に飾られてる人参がハートや星型になってるよ」
僕がいつも食べるいなり寿司とは全然ちがう。
こぶりないなり寿司が五つお皿に並ぶ。
五目御飯が詰まってるのやら、いくらやさやえんどうが散らしてあったり、そのどれもが具材の彩りが豊かで鮮やかな一工夫がされている。
味付けたうずらのたまごが載っているおいなりさんもある。
横にサラダがあって、丸いガラスのお皿にはレタスやアボカドに海老と、きつねの形にかたどったチーズ。きつねチーズには胡麻の目がついてる。
それにお吸い物があって、鞠型のお麩とはまぐりが入ってる。
「わあっ! 美味しそうだね」
「本当だね。美味しそう」
僕と小枝ちゃんは『流れ星喫茶店』の空気に馴染み始めたのか、不思議な雰囲気にも慣れてきて、周りをキョロキョロと見渡すよりも美味しそうな『コンコンいなり寿司』に目を奪われていた。
「お客様
「「寿老人様?」」
囲炉裏を囲んで座っていたご老人が一人こちらにやって来る。手には変わった形の杖を握って、もう片方の手で長い顎ひげを触りながらニコニコと笑っている。
ぱあっと店内が輝いた。
「な、なんだ?」
「キャッ」
「おまじないみたいなもんかの。福が来ますようにって『コンコンいなり寿司』に念を贈っといたぞ。福のこもったありがた〜いいなり寿司じゃ。さあ、お食べ」
「「いただきます」」
寿老人様と呼ばれたご老人や九尾女将に聞いてみたいことはいっぱいあったけど、目の前できらきらとしてるいなり寿司を味わってみたかった。
目の前に座る小枝ちゃんの顔もにっこり笑顔だ。
さっきよりも、ますますつやつやと光りだした『コンコンいなり寿司』をさっそく食べる。
一口ほおばると……。
「んっ、うま〜いっ」
「美味しいっ」
いくらのプチプチとした食感。ほんのりほどよく甘いお揚げ、絶妙な味付け、酢の加減が丁度よい酢飯はホロホロと口の中でほどけるように崩れて旨味が広がる。口いっぱいに。
なんだろう、これ。
すっごっく美味しい。
それに食べれば食べるほど、心が晴れやかな気持ちになる。
夢中で食べてるうちに。
ふと。
……なぜだろう、唐突なんだ。
だけど、目の前の小枝ちゃんに訊いてみたくなったんだ。
「小枝ちゃんの失恋した相手って誰?」
「ううっ。……ごほごほ。それ今訊く?」
「ごめん。大丈夫?」
小枝ちゃんは冷たい緑茶をぐいっと飲み干し、下から目線でぎろっと睨んだ。僕はあれれ、なんでか小枝ちゃんの膨らませた頬がちょっと可愛い、とか思った。
「だ、大丈夫じゃない。喉に詰まったじゃない。……もう大丈夫だけど」
「ごめん」
「そんなに謝るんなら訊かないでよ。案外伊呂波くんて意地悪ね。付き合い長いのに知らなかった」
「意地悪?」
「だって……。九尾女将が嘘ついちゃだめって言ってたじゃないの」
「ああ、そっか。そうだった。僕ってデリカシーないね。ごめん。ごめんよ、小枝ちゃん、何も言わなくていいよ。そしたら嘘つきじゃないから」
「……ううん。私、失恋の相手が誰か言う」
「えぇっ!」
「そしたらすっきりしそうだしね」
僕はお箸で掴んでいたいなり寿司をパクっと慌てて口にほうり込み、ぱくぱくごくんと一気に飲み込んだ。
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