第7話

『いただきます』


 俺とかえで、そして父さんと母さんが手を合わせ、同時に声を発する。


 両親は十八時ぐらいに帰宅してから急いで夕食の支度をし、一時間で完成させた。


 今日の夕食はなんと、俺の大好物であるハンバーグだ。


 俺は早速、箸でハンバーグを小さく切り分け、そのままパクッと食べる。


「……! うまっ」


「ふふ、嬉しいわ」


 噛んだ瞬間に口の中に広がる肉汁と、ハンバーグソースが調和し、肉の旨味を最大限に引き出している。


 俺は箸を休めることなく食べ進めていくと、向かい側に座っていた楓がジッとコチラを見つめているのに気づいた。


「どうした楓? そんなに俺を見つめてもハンバーグはあげないが……」



 しかし、返ってきた言葉はあまりにも冷淡だった。


(そういえば、両親の前では冷たい態度を取るんだったな)


 両親の前ではなぜか、一切甘えて来ない楓を見て、苦笑してしまった。


 待てよ……これは利用出来るのではないか? 

 楓が両親の前で俺に素っ気ない態度を取るなら、ここで俺が執拗に構えば、ウザがられるのではないか?


「楓。健人けんとにその態度はないだろ」


「父さん待って。俺は大丈夫だから」


 父さんが鋭い目で楓に視線を送っていたので、俺は制止の声をかける。


「なあ……楓は俺のこと、嫌いか?」


 突然のことに驚いたのか、楓は少しだけ眉をピクッとさせた。


「……興味ない」


 数秒後、楓はそう答えた。


 「興味ない」では、言葉としてあまり良くない。もっと俺のことを忌み嫌うような言葉を口にしてくれたらいいのだが。


「じゃあ、二択だ。好きか嫌いかどっちか選べ」


「チッ……今日のウザい」


 楓は顔を歪ませ、キッと睨みつけてきた。


 どうやら、意地でも「嫌い」と言いたくないらしい……かわいいかよ。


「……聞きたいことがあるんだけど、母さんと父さんは俺のこと、嫌い?」


 俺は両親の顔を交互に見て、問う。


「ふふ、何を言い出すかと思えば……子を嫌う親なんてどこにいるかしら」


「父さんも母さんと同意見だな」


 両親はニッと笑みを浮かべた。


 さて……この状況下において、はさぞ息苦しいだろう。準備はできた。


「それで、楓は俺のことが『ウザい』と。……そうか、ごめんな。楓の気持ちを察してやれなくて。これからは話しかけるのを自粛するわ」


「……っ!」


 楓は何かを訴えかけるような視線を送ってくる。俺が思うに「違うから!」と言っているのだろう……もちろん、通じていない振りを続けるが。


「あーあ……ここで楓が『お兄ちゃん大好き!』なんて言ってくれたら許してあげてもいいんだがなー」


 チラチラと視線を送り、「ほら、いつもみたいに言わないのか?」と目で伝える。


 楓はプルプルと身体を震わせ口を噤んでいたが、ゆっくりと、小さく口を開いた。


「お……、お……」


「お?」


「お、お兄ちゃんのこと、大好きだから! 大好きだから嫌いにならないでよ!」


『……?!』


 バッ! とイスを引いて立ち上がり、大声で思いを伝える楓に、両親は顔を驚愕に染めた。


「あ、あなた……これって夢? 私達は夢でも見てるの?!」


「いや、これは現実……だよな? あれ、父さん夢でも見てるのか? だってまず、楓が健人に『お兄ちゃん』だなんて言うはずが……」


 ありえない現実を目の前に、両親は食事をすっぽかして議論し合う。


 楓はというと、恥ずかしそうに目を逸らし、耳を赤く染めていた。


「……お兄ちゃんのせい、だから。責任……取ってよね」


「え、あ……お、おう……」


 責任とは何のことか分からなかったが、俺は未だ討論している両親に構うこと無く夕食を食べ進めていった。



────────────────────



「夜は危険だから気をつけるのよ」


「あぁ、分かった」


 夕食を食べ終え、俺は今から近くのコンビニへ行こうとしていた。


 楓のプリンを許可なく食べたから、買いに行くのだ。もちろん、そんなことをしたら楓の好感度が上がるのは必然。


 そこで、俺は母さんにを伝えていた。


「でも、どうしてことにするの?」


 そう、最初から母さんが買って来たことにすればよい。少なからず楓は大好物であるプリンを食われ、落ち込んでいる……はずだ。


 そんな時に、母さんがプリンを渡したらどうなるのか?


 答えは単純明快。

 母さんへの好感度が爆上がりし、「お兄ちゃんと比べたら、母さんの方が優しい」という印象を与えるのだ。


 さらに、そのプリンを明日も食べたらどうなるか……大体予想はつく。


「楓に渡すのはちょっと……恥ずかしいからさ」


 もちろん、恥ずかしいなど微塵も思っていない。


「そう。じゃあ、いってらっしゃい」


 俺は扉を開け、外に出た。


 街頭だけが辺りを照らす暗い夜道を一人、歩いていく。時折、冷たい夜風が頬を撫でた。


(そういえば俺って、〈│lotus《ロータス》〉に勝ったんだよな……)


 夕方の試合を思い出す。


 最初は押し負けていて、そこから勝つには至難の技だったが、奇跡的に勝てたのだ。


 俺の立ち回りが良かったのか、それとも〈│lotus《ロータス》〉が深読みをしたお陰で勝てたのか……そこは謎だ。


(あの〈│lotus《ロータス》〉に勝ったという実感が湧かないんだよな……)


 いざ勝利を納めると、本当に現実なのかと疑いたくなるのが人のさが


 回顧しながら歩いていると、コンビニが見えてきた。

 すぐさまコンビニへと入り、プリンを二個購入する。貰ったレシートは無造作にポケットへと突っ込み、コンビニから出た。


 ふと空を見上げると、そこには大小様々な星々が燦然さんぜんと、紺碧の空に浮かんでいた。

 俺はうっかり見とれてしまい、少しの間、呆然と見上げながら立ち尽くす。


「…………」


 昔に一度、この綺麗な夜空をと一緒に眺めていた気がしたが……誰なのか思い出せない。ムズムズしてきた。


 俺は視線を戻し、プリンの入ったビニール袋を片手に携えながら、帰路へと辿っていった。

 


 

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