第6話

「たっだいまー!」


「ただいまー……」


 自宅に帰ってきた俺とかえでは玄関を上がり、リビングへと向かう。両親は夜になるまで帰って来ないから、今は俺と楓だけだった。


(さて、どうやって楓の好感度を下げるか……)


 俺は先程の反省を踏まえ、熟考する。

 また無視を続けてもいいが、一度打った手を使うのは得策とは言えない。


(……そうだ! 兄なんだから、厳しく接すればいいじゃないか!)


 いつも構って欲しそうにくっついて来る楓に厳格な態度を取れば、嫌でも離れてくれるはず。


「お菓子はないかなー?」


 楓はそう言って、キッチンの至る所を漁り始める。

 ここで厳しい兄を演じるとしたら、なんと声をかけようか?


 お菓子ばっか食べてると太るぞ……なんてどうだろう?


 いや、それでは納得してくれないだろう。


 そもそも、楓はもう少し体重を増やすべきだと思う。体重がどれほどなのかは分からないが、見た感じ……40キロか?


(……ここは無難に、手を洗ってこいの方が説得力あるな)


 帰宅してから手を洗うのは常識。

 そういえば、俺も洗っていない気がするが……後で洗うとしよう。


「おい、楓。まずは手を洗ってからにしろ」


「え? あ、うん、分かった……」


 楓は漁るのを止め、渋々洗面所へと向かう。


(おぉ……効いてるかもしれない)


 この調子でいけば、間違いなく好感度は下がる! 厳しく言ってくる兄に良いイメージは持たないだろう。


 ──よし、次の手だ。


 俺はキッチンへと足を運び、何かないかと冷蔵庫を開ける。すると、奥の方に楓の好きなプリンが一つ入っていた。


(このプリンなら……!)


 すぐさま冷蔵庫からプリンを手に取り、スプーンも取る。


 そしてリビングのイスに座り、プリンが入っている容器のふたを開ける。躊躇いや逡巡もなくスプーンですくい、口へ運ぶ。


(美味しい……! 楓の分だけど)


 俺は味を堪能しながら、もう一度スプーンでプリンをすくう。


 すると──


「──あー! お兄ちゃんそれ、私のプリン!」


 洗面所から帰ってきた楓が、俺を見るなりすぐに詰め寄ってきた。


 ちょうどいい。ここで一つ、冷酷な兄を見せてやろう。


「あー、人の金で食うプリンは格別だな。罪悪感なんて微塵も感じねえ」


「……っ?!」


 楓の表情に、驚愕の色が滲む。


 ここでさらに、追撃を仕掛けるとしよう。


「ん? これが欲しいか? だったらあーんしてやるから口を開けろ」


「え、良いの?! やったー!」


 突然の提案に楓はパァッと表情を明るくし、口を開けてくる。

 楓は喜んでいるが、元々は楓のプリンなのだが……。


(とりあえず、好感度ダウンアタック開始だ)


 俺はスプーンで容器の端に残ったプリンをすくい、楓の口腔へと運ぼうとし──


「──本当にすると思ったか? あむっ」


 Uターンして、俺の口へと入れる。

 楓はポカンとした表情を浮かべた後、顔を下に俯かせた。


 ちょっと胸が痛むが、これも好感度を下げるためだ。毅然としていなくちゃ、いけない。

 俺はさっきから顔を伏せ黙り込んでいる楓に、声を掛ける。


「なあ、かえ──」


「お兄ちゃんってそんなにプリン好きだったの?! だったらこれからは、私が買ってきてあげる!」


 と、急に顔をバッ! と上げたかと思えば、瞳をキラキラと光らせ、顔をグイッと寄せてくる楓に、俺は「へ?」と声を漏らす。


 そして、すぐに脳が理解する。

 楓は、俺がプリンを勝手食べた程度じゃ、怒らないということを……!


 ……善人越えて、ただの聖人じゃん。


「い、いや、俺はプリンいらないから買ってこなくていいのだが……」


「えぇー?! せっかくお兄ちゃんの役に立てると思ったのにー……」


 楓は残念そうに顔を歪ませる。


 ここまで俺から酷い仕打ちを受けても尚、役に立てたのにーと悲しむその姿勢に、恐怖の念を抱くしかなかった。


「はぁ……じゃ、今から俺はゲームするから、邪魔はするなよ」


「えー、どうしよっかなー?」


「邪魔するんだったら、楓を暗い山の中に連れて行って、置き去りにするからな」


「お兄ちゃんの匂いを辿るから大丈夫!」


「犬かっ!」


 再度溜め息を吐いたから立ち上がり、ソファーに座る。

 そして、リモコンでテレビの電源を点けてから、ゲームを起動させる。


 1vs1の対戦型FPSゲーム『Absoluteアブソリュート Gravityグラビティ』……通称、アブグラ。


 全世界ダウンロード数1億突破の有名なFPSシューティングゲームであり、俺が昔からハマっていたゲームでもある。


 昔からやっていたお陰か、アブグラ界隈で俺が少し有名になってるとかなっていないとか……。


 すると、楓が隣に腰掛け、俺の膝の上に頭を乗せてきた。


「……邪魔はするなって言ったよな?」


「もしかして……邪魔だった……?」


「…………」


 ここで「邪魔だ、失せろ」と言えば確実に好感度が下がるのだが、楓が瞳をウルウルとさせながら見つめてきたので、何も言い返せなかった。


 とりあえずマッチングを開始させ、対戦相手が来るのを待つ。すると、10秒経ったあたりで、やっと対戦相手が見つかったが──


「……っ! 〈│lotus《ロータス》〉だと?!」


 相手のプレイヤー名を確認して、息を詰まらせた。


「誰……? 有名な人?」


「あぁ。昔から有名な日本ランカーで、アブグラ界では謎多き人物とされているプレイヤーだ」


 〈│lotus《ロータス》〉。


 この人物のエイムはもちろん、立ち回り、判断能力などが凄まじく、試合回数は1万を越えて、敗北数はたったの11回という超異次元FPSプレイヤーとされている。


(これは、厳しくなりそうだ……)


 俺は早速コントローラーを強く握り、試合を開始させた──


 



 

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