5.初めて見た好きな人の笑顔は破壊力の塊【柚葉】
「はぁぁぁぁ……」
いつもの時間に登校して下駄箱で靴を履き替えながら私は大きなため息をついた。
どうしよう。この数日、色んなことがありすぎた気がする。
『ピアスなんかしてない設楽くんの方が私は好きよ』
私、何口走ってんのよぉぉおおお!!!
めっちゃくちゃ恥ずかしかった! 好きって思ってるのバレてないわよね!? バレてたら一巻の終わりよ!!
って思ってたところだったのに、休日にばったりスーパーで設楽くんに会った。
私服かっこいいなぁ。妹いたんだ、お兄ちゃんしてる設楽くん可愛いなぁ。そう考えながら本心を隠したまま一通り口喧嘩をし終えたら、設楽くんの妹に声をかけられた。
『柚お姉ちゃん柚お姉ちゃん、お耳貸して?』
紅璃ちゃんに言われるがままにしゃがんで耳を貸すと、彼女は小声でとんでもないことを口走った。
『柚お姉ちゃんにならお兄あげる。お兄のこと、よろしくね』
その言葉で一気に顔に熱が集中する。そんなことは気に留めず、紅璃ちゃんは笑顔で私に手を振ってから設楽くんの手を握って買い物へと戻ってしまった。紅璃ちゃんの言葉が脳内で永遠に脳内リピートされてその場から動けず固まっていた。お母さんが来なかったら私ずっと呆けてた気がするわ。
好きと口走り、好きな人の妹によろしくされてしまうという状況で、どんな顔して設楽くんと話せばいいのよ!? 風紀を乱しまくっている設楽くんが学校を休まない限り、必ず顔を合わせている私にとっては気持ちがバレてしまうかどうかがかかった重大な問題なのだ。彼が来るまでに気持ちを落ち着かせていつも通りでいられるようにしておかないと……。
「おい突っ立ってんじゃねぇ、通行の邪魔だ」
「え、あ、ごめんなさ…………って、設楽くん!? え、何で!?」
声をかけられて咄嗟に謝って、声の主の顔を見た瞬間驚愕の声が出た。時計を見てみると、時刻は私が学校に着く時間である7時40分だ。
え、幻覚? もしかして夢? そう思いながら時計と設楽くんを2、3回交互に見ると、彼はぎろっと私を睨んできた。
「てめぇの『設楽くんがこんな時間にいるなんてどういうこと!?』みたいな顔、腹立つからやめろ」
「ご、ごめんなさい。こんな時間に設楽くんがいるなんて珍しいから……」
それに、朝一番から顔見られて嬉しい! どんな顔して会えばいいかとかどうでもよくなるくらいに嬉しい! 普通にしててもかっこいいけど、睨んだ顔が本当に好き……っ! まあ、普通か怒ってるかしか見たことないんだけどね!
設楽くんに答えると同時に思っていることを心の中でぶちまけていると、彼はため息をつきながら早く登校してきた理由を話してくれた。
「次日直サボったら、その週ずっと日直やれってコバセンに言われてんだよ」
担任の小林先生に言われた1週間日直がやりたくないがために朝早く来て日直の仕事しに来たのかぁ。私の好きな人可愛すぎない? 理由が子どもっぽすぎて可愛い。
そう思っている心の中に対して私は呆れた顔をして設楽くんに告げる。
「あのねぇ……。そもそも日直サボるのがおかしいのよ? 一日で終わるんだから我慢しなさいよ」
「へいへい。……はぁ、朝からクソ真面目ちゃんの小言とか最悪だわ」
「何が小言よ、事実を言ってるだけでしょう?」
はいはいと適当にあしらってくる設楽くんに、私は少し意地悪を言ってみる。
「そうだわ。設楽くんが日直サボらないように私が見ててあげようか?」
「はぁ? そんなんしてる暇あったら俺以外に風紀乱してるやつを取り締まってたらどうだ?」って言いそうね。うん、きっとこう返ってくるはず。と予想まで立てていたのに、設楽くんはそれを裏切ってきた。
「ふっ、馬鹿じゃねぇの? お前他クラスだから普通に考えて無理だろ」
そう言った設楽くんの顔を見て私は言葉を失う。返事がないことを不思議に思ったらしい設楽くんは、私に視線を合わせて声をかけてくる。
「おい、固まってどうした?」
「……なんでもないわ。確かにそうだなと思ったから。私が見れない時間帯はあなたのクラスの学級委員に頼めばいいかなって打開策を考えてただけよ」
「うげっ、最悪、言わなきゃよかった」
「もうサボるサボらないはとりあえずいいから、ここで喋ってる時間が無駄よ! さっさと日誌取りに行って朝の仕事してきなさいよ!」
「へーい。じゃあな、クソ真面目ちゃん」
私の言葉通りに職員室に向かう設楽くんの背中を見送った後、私はその場でしゃがみこんでしまった。
周りに誰もいなくてよかった。設楽くんに変に思われなくてよかった。
設楽くんにはああ言ったけど、私が固まってしまったのは別の理由。私が意地悪で言ったことに設楽くんが微笑んで返したのだ。この3年間で設楽くんが笑うところなんて初めて見た。
設楽くん、あんな風に笑うんだ。
普段鋭くて、人から怖がられるような目つきをしているような人が、笑ったらあんなに優しくてちょっと子どもっぽくて可愛いなんて聞いてない。どうしよう、あんな顔見たらもっと好きになるに決まってる。
また笑った顔、見れるといいな。
この日、私は好きな人の笑顔がとんでもない破壊力を持っていることを知った。
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