第五章・就業後は男体奉仕で職場ワーク〔リーマン〕

第15話・楡崎 戌亥(いぬい)の場合①〔戌亥②は非公開〕

 紫炎の夢に入り込んだ亜夢は、気がつくと会社の自分のデスク椅子に作業服姿で座って、ボーッとしていた。

(ここは? あぁ、心格の夢の中か……)

 亜夢は、ジルドに言われた言葉を思い出して、心の中で噛み締める。


「夢魔の経験を積んできた亜夢の、夢変換の力が強くなってきている……注意しろ、その夢を見ている心格が夢の所有者なんだからな……夢魔が夢を完全に支配したら、それは悪夢でしかない」


 亜夢は、入り込んだ夢の状況分析をする。

(シュチュエーションは、中企業の事務所という設定か──社員は在宅テレワークと出勤ワークのシフト勤務、今日のシフトで出勤している社員はオレと、もう一人)


 亜夢がこれからどうすれば? そう思いながら仕事をしていると事務所のドアが開き、営業スーツ姿の二十代半ばの若い社員が入室してきた。

 亜夢の口から自然と言葉が出る。

「外回り、お疲れさまです」

 得意先回りから戻った、一つ年上の先輩社員。

『楡崎 戌亥いぬい』は、亜夢の机の上に買ってきたドリンク剤を置いて言った。

「これでも飲んで元気出せ、留守中に何か変わったコトはあったか?」

「留守電に得意先からの、お礼の伝言が数件ありました……それと、受注書の確認ファックスが数枚」

「そうか」


 無愛想に一言、そう言うとサド目気味の戌亥は、社員ロッカーに向かいスーツ姿から亜夢と同じ作業服に着替えて戻ってきて、紙コップに入ったコーヒーを机の隅に置いてデスクワークをはじめた。

 ドリンク剤を飲みながら亜夢が、戌亥に訊ねる。

「スーツ姿でお得意さん回りしたり、作業服に着替えてデスクワークしたり……大変ですね」


 カップベンダーから紙コップに注がれたコーヒーを飲みながら、戌亥が言った。

「この職場は、人材不足の設定だからな……夢の中でも一応心格の自己紹介を、夢魔にしておいた方がいいのか? この夢に入ってすぐにシュチュエーションとか状況は把握できたはずだが?」

「結構です……先輩のコトは、自然と頭の中に入ってきましたから」

「そうか……オレの心を、しっかり救ってくれよ……性癖を見極めて……ふふふっ」


 夢の中で、集合心格という状態が現実ではあり得ない、シュチュエーション世界を作っていた。

 仕事をしながら、戌亥が亜夢に探るような口調で言った。

「どうだ、オレの求めている性癖はわかったか?」 

「まだ、わかりません」

「そうか」

 亜夢は、自分を見る戌亥の目にどことなく加虐な光りが宿っているのを見た。


 時刻を確認した戌亥が、椅子に座ったまま体をほぐすようにストレッチをしながら言った。

「さて、そろそろ帰るか……お先に」

「お疲れさまです」


 戌亥が帰って、しばらくしてから亜夢は戌亥のデスクの上にある、A4サイズの茶封筒に気づく。

 封筒の表面には『企画書』の文字が。

(戌亥先輩の忘れ物かな?)

 紛失しないようにと思い、戌亥のデスクの引き出しを開けた亜夢は、引き出しの中に想像もしていなかったモノを見た。


(なんで、こんなモノが会社のデスクの引き出しの中に?)

 亜夢は、背後からの視線を感じて振り返る。

 そこには、帰ったと思われた戌亥が立っていた。

 戌亥が言った。

「見ちまったな……オレの秘密を……その肉体で残業をしてもらうぞ、多言しないように辱しめないとな……口封じだ」

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