【短編】悪役令嬢は断罪ルートからバックれました〜シナリオは崩壊しましたが、知ったこっちゃありません。
黒井影絵
■悪役令嬢は断罪ルートからバックれました〜シナリオは崩壊しましたが、知ったこっちゃありません。
ゲームの世界に転生した事に気がついた時、私は五歳だった。
私の名前は、ラナマリア・ラズライト。
侯爵家の一人娘だ。
母である侯爵夫人は私が三歳の時に他界しており、父であるカエン・ラズライト侯爵は私の育成を乳母と使用人に任せ、執務に忙しい日々だ。
私の記憶が確かなら……この世界は、ゲームプラットフォームのタイムセールで五百円で販売されてたノベルゲームだろう。
一応マルチエンドだが、一日あれば全てのエンディングが見れる程度のボリュームのカジュアルなゲームだった。
正直ガッカリだ。
前世の私は三度の飯より、やり込みゲーが大好物な大学生で、ゲーム好きが高じてゲーム製作会社に就職が内定した所で記憶が途切れている。
ゲームのストーリーは悪役である侯爵令嬢ラナマリアが非道の限りを尽くし、ヒロインと婚約者のルドエス王子が断罪して、ざまぁされる感じのベッタベタな少女漫画系のストーリーな上にゲーム性皆無で、私の趣味ではなかった。
ゲームだったら「まぁ、五百円だし……」で済むが、やり込み要素もなく、自分が断罪されるだけの悪役令嬢になったら話は違う。
何せ全てのエンディングで悪役令嬢は断罪され、無残に苦しんで死ぬ、もしくは、死ぬより酷い目に遭うしかないのだ。
未来がゲーム通りだと、これから私に何が起きるかというと……
七歳の時に王族主催のガーデンパーティで、王太子ルドエスに一目惚れして、父に無理を言い、婚約者となる。
十歳の時に父はネア・オミラーという子爵家の子持ちバツイチと金目当ての再婚して、私に血の繋がらないミナという妹ができる。
この娘が本作のヒロインだ。
そして、ミナとルドエスは恋に落ちる。
私は嫉妬に狂い、二人の仲を裂こうと、悪逆の限りを尽くし……以下略だ。
せめて生存ルートがあれば、希望はまだある……が、このゲームは、酷いざまぁを求めている、ざまぁ好きの為に、ざまぁ欲求を手軽に満たせる、ざまぁポルノなので、ひたすらエゲツないエンディングしかない。
……。
一体神は何を期待しているのか……私が前世でどんな罪を犯したというのか……。
これがせめて、やり込みゲーだったら、例え極悪鬼畜難易度でも喜んでやり込んで見せるというのに……。
いや……きっと、これはこれで、『やり込んでみせよ』という神の試練なのだろう。
やり込みゲーというジャンルはない、
プレイヤーがやり込みを始めたら、そのゲームはやり込みゲーとなるのだ。
「まず、とりあえずは、ガーデンパーティに行くのは絶対になしっと……」
問題はその根本から絶つに限る。
次に、私は家長である父と今後について話し合いをするべく、面談を願い出た。
◇
「……という訳で、王族との縁組は絶対に避けたいのです」
「むむむぅー……」
執務で多忙な父との関係は疎遠気味ではあったが、記憶にある限り、特別仲が悪くもなかったので、私は正直に事情を打ち明けてみた。
「俄かには信じられない話ではあるが……筋は通っているな……」
父は、私の前世の記憶に関しては半信半疑ではあったが、それも当然だろう。
「信じがたい話とお思いでしょうけど……」
「いや、現状だと、ウチと王族が婚姻するとなると、相当無理しないと厳しいのは確かだ」
頭がおかしくなったと思われても仕方がないのに、父は真摯に耳を傾けてくれている。
「我がラズライト家は侯爵位ではあるが、王族と縁組するには、少々家格が足りない。その不足分と根回しで相当の持参金と軍資金が必要になる……その場合、金目当てで愛のない再婚をするのも止むないだろう……」
父の話だと、オミラー家は子爵位ではあるが、数代前の第三王女が降嫁して出来た家で、商才のある血筋に恵まれた大変裕福な家らしい。
先代家長の末娘のネア・オミラーは一見大人しそうな貴婦人だが、内心で王家の血筋である事を鼻に掛けて周囲を見下す性悪で、結婚相手から三行半を突きつけられ実家に出戻るも、密かに社交界で悪い評判が広まっており、次の再婚相手に困っているとの事だ。
ゲームに出てくるヒロインの母は儚げな雰囲気の貴婦人で、娘であるヒロインを無条件で愛し、応援する存在だ。
一見優しい母親に見えるが、本邸を占拠してラナマリアを別宅に追いやり、その婚約者である王子を寝取ろうと娘をけしかけるのだから、多分碌な女じゃない。
「だが、ラナマリアが王子様のお嫁さんになりたいとでも言ったら……私はどんな事でもしただろうな……たとえ悪魔に魂を売ってでも……」
「お父様……」
ゲームのエンディングに出てくるテキストによると、悪役令嬢の断罪後、ラズライト家は没落する。
おそらく、私の婚姻を成立させる為に、数々の無理をし、その中には非合法のビジネスも含まれていたのだろう。
「じゃあ、王族との婚姻がなければ、お父様の再婚も、我が家の没落もないのですね?」
「そういうことになるな……」
父はパイプを燻らせながら頷いた。
「では……ここからが本題なのですが……私の婚約者として、お父様のオススメの方は誰かおられますか?」
ガーデンパーティどころか、今後一切この国の王族に関わるつもりはなかったが、念には念を入れておきたい。
私の行く先に死亡フラグがあるなら、そのルートは完全に塞いでおかねば。
「少し早すぎるのではないか……せっかく親子として打ち解けたというのに……」
「死ぬよりはマシです。ましてや死んだ方がマシという目には絶対に遭いたくないです!」
「……幾人かから打診は来ている」
父はそう言って、引き出しから紙の束を取り出し、釣書を見せてくれた。
ざっと目を通す限り、どれも悪くない。
「私のオススメというか、興味深いのは……マーチャン・ダイズ共和国の大商家のロヴェン・ゴラオム子息だな」
父のイチオシは意外にも貴族ではなかった。
「噂ではあるが……彼は帝国皇帝の落胤らしい。皇帝が学生時代に付き合っていた令嬢の子で、陛下の幼少時の面影があるらしい……しかも、斬新なアイデアで数々のアイテムと事業を生み出し、ゴラオム商会を世界規模の財閥へと成長させている」
そんなキャラは原作には出てこなかったが、それ絶対面白い奴じゃん。
少なくとも、婚約者を使い捨ての踏み台にするような顔だけが取り柄のクソ王子に比べたら、遥かに心が躍るドラマチックキャラだ。
しかも、私と同じ前世持ちである気配も感じる。
なんか、盛り上がってきた。
「私も興味を惹かれました。是非その方とお会いしてみたいです!」
私がそういうと、父は微笑んだ後、フッと憂いを浮かべた。
「疎遠だった娘が打ち解けて頼りにしてくれたのは嬉しいが……急に大人になったようで寂しい……」
父の悲しげな顔を見て、どうしたものか考えた結果……私は歩み寄って、父の膝に乗り、その胸に抱きついた。
「お父様〜!だーいすき!!」
私が甘えると、父は落雷に打たれたような表情で、言った。
「自分の人生に何かが足りないと思っていたが……これか!これなのか!」
「これからも続けましょうか……?」
「続けてください!お願いします!!」
なぜ敬語だ……父よ。
◇
その後、私はロヴェンとお見合いし、会ったその日から意気投合して、両家の婚約は恙無く締結した。
父はそれに合わせて爵位を王家に返上し、住まいを共和国に移したので、彼はネア・オミラーと再婚しないことが確定する。
こうして、私、ラナマリア・ラズライトが悪役令嬢の役割から離脱したことにより、シナリオは崩壊を始めた……。
◆
あたし、ミナ・オミラー!!
このゲームのヒロインよ!
前世を思い出した時はビックリしたけど、あたしの大好きな“ざまー”をするゲームだと分かった時は嬉しかったー!
悪役令嬢にいじめられるのはちょっと嫌だけどー、特等席で“ざまー”を見れるのが楽しみー!今からワクワクしちゃう!!
あたし、悪役が改心する話って好きじゃないのよねー。
だって、改心しちゃったらー、気持ち良く“ざまー”できないじゃん!
やっぱ、悪役は悪人らしく人間のクズとして、見苦しく“ざまー”されてろっての。
ま、あたしが転生したからには何が何でも“ざまー”するけどねー!!
そして、今日、ママが再婚して、新しい家に行く日なの!!
さっさと、悪役令嬢をお屋敷から追い払って、王子様を虜にしちゃおーっと☆
◇
「我こそがロトル・ローガ公爵である」
この顔合わせの時点で、あたしはアレっ?て思った。
……何となく、新しいパパが違うような……。
「こちらは我が娘である。仲良くしてやってくれ」
公爵は金髪のおとなしそうな美少女の背中を押す。
「は……初めまして、イリス・ローガと申します……よ、よろしくお願いします、お姉様!」
……お姉様……?
あれ?……あれぇー……?
あたしが……姉……だと……?
◇
その後、王族が主催するガーデンパーティに招かれて、あたしは王子ルドエスと出会い、婚約をした。
やっぱりあたし達は結ばれる運命だったのね!!
……と盛り上がったのも束の間、気がつくと、彼は義妹のイリスと恋に落ちていた。
……。
なんでなんだよーー!!!
あたしがヒロインじゃないのぉーーーー!?
頭にきて、イリスに嫌がらせをするも、アイツは使用人とグルになって、逐一王子にチクりやがって、彼はあたしへの反感を募らせる一方だった……。
……。
いや、ちょっと待って、待ってよ!!
この流れはまずくない??
慌てて、前世を思い出した日に書いたノートを見返すと、やっぱりママの再婚相手が違っている……!
極秘に人を使って、本来の悪役令嬢ラナマリア・ラズライトの消息を調査したら……
アイツ、家ごと国外に逃げてやがった!!
何てめぇトンズラこいてんだよぉぉぉぉーーー!!!
このままだと、あたしが悪役令嬢じゃないのぉぉぉぉーーー!!!
“ざまー”するのは好きだけど、“ざまー”される方になるなんて冗談じゃないわよぉぉーー!!
しかも、このゲームの“ざまー”は課金でモザイクが外れる形式のハイパーエクストリームハードコア級のゴア描写に定評があるウルトラ“ざまー”でしょぉぉぉぉ――!!
「“ざまー”されるのは、いやぁぁぁーー!!!!」
あたしは完全に打ちひしがれて絶望の淵にいた。
でも、あたしだって、このゲームのヒロイン……!
タダで負けるわけにはいかない……!
「……まだだ……まだ終わらんよ……!!!」
あたしは、王太子ルドエスに見切りを付けて、第二王子ネットに接近した……。
◆
――時は流れて……。
私、十九歳になったラナマリアは学園都市の冒険者ギルド内にあるカフェで新聞を読んでいる。
「何々……『ボケッツホール王国にて、王子ルドエス・ハキリス・ドイヒと、その婚約者であったローガ公爵令嬢(当時)のミナ嬢との婚約破棄騒動に端を発した内乱は、開始から半年を経過しても未だに収まる気配を見せず、今も継続中である――王子ルドエスは婚約者ミナ嬢の義妹であるイリス嬢に懸想するあまり、公衆の面前において、ミナ嬢に婚約破棄を言い渡すも、第二王子ネット・リーク・ドイヒの計略によってルドエスは王太子の座を追われる。その後、これを不服としたルドエス王子はローガ公爵を後ろ盾とし、王家に反感を抱く貴族と共に内乱を起こし、国内は二分されることとなった……』あーららっと。大変ねー」
私の知らない内に、生まれ故郷がえらいことになってる件。
それにしても、あのルドエス王子……実は単に妹属性が好きだった疑惑が浮上……ゲームではキラキラ目で『真実の愛がー』とかほざいてたのに。
思ってた以上に、しょうもない男だった。
……関わらなくって良かったー。
我ながら、かなり強引なルート変更だったけど……おかげで、もはやシナリオは崩壊して、原型を留めてない。
「もう、滅茶苦茶だねー」
目の前でニコニコしている美青年が、私の婚約者で同志で親友のロヴェン。
彼もやっぱり転生者だった。
彼は例のゲームの存在を知らなかったが、前世でポスドクだった知識と経験を生かし、大商会の後継者の立場を存分に活用して、チートで荒稼ぎしまくっている。
私もひとたびシナリオの流れから離れてみると、世界はやり込み要素に満ち溢れていた。
魔法、錬金術、ダンジョン、古代史、アイテム収集……恵まれた環境で、思う存分探求に専念出来る現状は至福としかいいようがなかった。
「どっちが勝つと思う?」
私はロヴェンに尋ねる。
「んー、現状は五分五分の我慢比べといった所だねー。長引いてくれた方が、ウチの商売としては荒稼ぎ出来るけど、このまま放置してたら流石に周辺国にも飛び火しそうだし、近いうちに帝国から仲裁という名の制裁が下るでしょ」
「ですよねー」
今回の発端が醜聞まがいのいざこざであるからか、民衆の王家に対する評価はがた落ちで、どさくさに紛れて帝国に国体を乗っ取られても、国民には逆に歓迎されそうな雰囲気らしい。
「ま、ラナを酷い目に遭わせる国なんて更地になった方がいいよ……しかも、王侯貴族は自分たちの事しか考えてない……まともな民に見放されて当然だよ」
結果論だが、父が爵位を返上していて本当に良かった。
でなかったら、私たちも戦争に巻き込まれていたかもしれない。
彼が爵位を返上すると聞いた時はびっくりしたが、長年政治に関わっていた身として父にも思うところが……この展開を予想させる何かが、あったのかもしれない。
「あの国はもう、なるようにしかならないでしょ。それよりラナ、午後からどうしよう?買い物でもする?それとも、ダンジョンでレベリングする?」
ロヴェンはウィンクする。
「んー、どうしようっかなー……そういえば、昨日、港に大きな貨物船が来てたらしいけど……新しい本が届いてるかも。本屋覗いてみる?」
「いいね」
私たちは光溢れる街に、手を繋いで繰り出した。
【短編】悪役令嬢は断罪ルートからバックれました〜シナリオは崩壊しましたが、知ったこっちゃありません。 黒井影絵 @kuroi-kagee
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