#9
最悪の目覚めだった。
よくは覚えてないが、悪い夢を見ていたことだけははっきりと自覚できた。
駿佑はソファーからゆっくりと体を起こす。小さなソファーに身をかがめて寝ていたせいで全身が痛い。昨夜の酒がまだ残っているのか頭が重く、店を出た後の記憶も曖昧だ。昨夜は確か牛込橋のたもとでタクシーを拾い、そのまま曙橋にほど近い荒木町の自宅まで兄を連れて帰ってきたはずだ。立てないほど泥酔した兄を抱え上げ、三階の自分の部屋まで階段を登ったような気がする。自分がソファーで寝ているということは、兄を自分のベッドに寝かしたのだろう。
「……おう、起きたか。台所借りたぞ」
振り返ると、台所の辺りに悠佑が立っていた。
「昨日は酔いつぶれて悪かったな」
「ったく、人に迷惑かけるならバカみたいに飲むなよ」
「メシ奢ってもらった分際で文句言うな」
さすがに四万の食事代のことを持ち出されると、駿佑も強くは出れない。
「いつもあんな風に周りに迷惑かけてんの?」
「昨日は特別。お前だったから安心してハメ外して飲んだだけ」
「確信犯かよ」
やはり介抱せずにそこら辺の道端に放り出しておけばよかったと駿佑は後悔した。
「コーヒー飲むか?」
「うん」
悠佑がコーヒーの入ったマグカップを二つ、小さなローテーブルに置く。
二人は差し向かいに座り、マグカップに手を伸ばす。が、お互いに何を話していいのか分からず、ただ無言でコーヒーを飲んでいるだけだ。重苦しい部屋の中で。コーヒーの香りが漂っている。
先に沈黙を破ったのは悠佑の方だった。
「なぁ、お前さ、会社で何かあっただろ」
「へ?」
あまりに唐突な問いかけに、駿佑は思わず間抜けな声を出す。
「お前は元々バカみたいに酒が強いヤツだったけど、あんなあおるようには飲まなかった」
「にーちゃんだってカパカパ飲んでたじゃん」
「俺はいいんだよ俺は」
「別に何もないよ。にーちゃんきっと飲み過ぎで記憶がごっちゃになってるんじゃない?」
駿佑は作り笑いを浮かべて何とか誤魔化そうとする。だがそれも、悠佑の前では意味のないことだった。
「何でそうやってヘラヘラして取り繕おうとするんだよ」
「にーちゃんには関係ないよ」
やけにこの話題に食いついてくる兄に駿佑は苛立ちを隠せなかった。
「関係ないわけないだろ」
「…………」
「お前相当ムリしてる。お前は頑丈だから無自覚にムリできるんだよ。俺と違って病むこともないし、」
「だから?」
「お前、今朝何があったか覚えてるか?」
「覚えてない」
兄が何を言いたいのか、駿佑には見当も付かない。
「まぁそうだろうな」
悠佑は少し間を置き、ゆっくりと重い口を開いた。
「明け方変な声がするなぁ、って起きたら、お前のうめき声だった。油汗をかきながら、何かにひどく怯えるような表情で、時々まるで何かから身を守るみたいに体を丸めてた。二十年以上一緒に過ごしてきたけど、あんな表情見たのは初めてだった。そりゃ何かあったことぐらい気付くだろ」
確かに最近悪夢を見ることが多いとは感じていたが、疲れているだけだろうと駿佑は特に深く考えていなかった。
「それになぁ、冷蔵庫の中にあんだけ酒があれば鈍感な俺でも気付くわ。お前アル中なんじゃねぇの? 幻覚とかは見えてないよな?」
悠佑はいつの間にか冷蔵庫を開けて中を見ていたらしい。
「そこまでじゃない。ただ、時々耳鳴りみたいな変な音が聞こえることがある」
「一体何があったんだよ」
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