#7
昔から、デコボコでケンカばかりする兄弟だった。
少し内気で大人しい兄に、お調子者で血の気の多い弟。
兄は華奢で線が細く色白で、弟はがっちりした体つきで色黒。
二人は性格も見た目も正反対な部分が多かったが、短気で強情なところはよく似ていた。
一度正しいと思ったらお互い決して譲らず、言い争いがいつの間にか取っ組み合いのケンカになる。
ケンカの原因は、いつも決まって駿佑の生意気な言動だった。
駿佑は悠佑のことをどこか対等の存在だと思っている節があり、その態度が悠佑の機嫌を損ねることになるのである。
ケンカは力で勝る駿佑が悠佑を泣かして決着と相場が決まっていたが、悠佑が本気で怒った時だけは例外だった。
悠佑が泣きじゃくりながらでも駿佑に食ってかかっていき、駿佑は完膚なきまでにねじ伏せられた。
小学生の頃には二つ下の駿佑の方が力で圧倒するようになっていたが、結局のところいつまでも経っても駿佑にとって悠佑は敵わない存在のままである。
今にしてみればケンカの原因など呆れるぐらいバカバカしいことばかりだと駿佑も思うが、当時はお互い本気だった。物心ついた時から、開けても暮れてもそんなケンカばかりしていた。
それでも決して兄弟仲は悪くない方だった。
兄弟なのに性格が正反対で、いつもケンカばかりしているのに仲がいい。
見た目の違いもそうだが、それがまた、初対面の人からいつも不思議がられる点だった。
───兄弟なのに、全然似てないのねぇ。
相手からいつも何気なく言われるその言葉に、駿佑は少し敏感になっていた時期もある。
その言葉を聞くたびに、自分と兄が全くの別物であることを責められている気がして、劣等感を感じていたのである。駿佑が悠佑に比べてひときわ劣っていたわけではなかったのだが、体を動かすことが得意な自分より、勉強が得意な兄の方が人間的に上であるように考えていたのだ。普段は対等の存在として接してはいたものの、自分がどう頑張ろうと兄には勝てないのだ、という思いが潜在的に駿佑の中にはあった。だがそれはある種の尊敬にも近い感情で、劣等感から悠佑に嫉妬することはなかった。
結局何だかんだいっても悠佑は駿佑のことを可愛いがってくれたし、駿佑も困った時に頼りになる悠佑のことを悪く言いつつも信頼していたのだ。
加えてこの二人が実はかなりの似た者同士であることもその一因であった。
一見すると全てが正反対に見える二人だが、兄弟とは不思議なもので、根幹を成す感性は案外似ているものがあった。ふとした時の笑いのツボや、食べ物や音楽の好き好みなどは意図せずよく被ることが多かったし、やんちゃでいたずら好きな血は悠佑にもしっかり受け継がれていた。時には普段は大人しい悠佑の発案で、二人で結託していたずらをすることもあった。
そんな二人の仲は中学生になっても良好で、小学生の頃ほどではないものの相変わらず毎日バカなことをしてじゃれ合う日々だった。
中学校では悠佑はその生真面目さを買われて生徒会の役員を務め、駿佑はサッカー部のレギュラーとして部活漬けの生活だった。一見すると見た目も性格も正反対の川瀬兄弟は、ここでも周囲の人間から不思議がられる存在だった。
悠佑がそれまで習っていたピアノを辞め、ヴァイオリンを習い始めたのもちょうどこの頃のことである。
実はこの時、悠佑だけでなく駿佑も興味本位で一緒にヴァイオリンを習い始めたのだった。
どんどん上達していく悠佑に比べて駿佑の技量はそこまでであったが、駿佑はその後五年もヴァイオリンを習い続けることになった。二人で練習する時はいつも技量で劣る駿佑を大人気なく悠佑が挑発し、それに負けじと駿佑が練習に励む、というやり取りが繰り広げられていた。お互い思春期に差し掛かり、昔のように下らないケンカをすることはめっきりなくなっていたが、ヴァイオリンを通して二人は心を通わせていたのである。
だが、そんな関係も悠佑が大学に進学した辺りから徐々に変わっていった。
決定打になったのは、悠佑がヴァイオリンを辞めたことだった。
高校生になってから二人は言葉を交わすことも減っていたが、それでもヴァイオリンを通していくらか話す機会はあった。だがそれ以降、二人は本当に話す機会がなくなった。
別にある日突然仲が悪くなったわけでもなく、生活リズムの違いから段々とお互いに顔を合わせることが少なくなり、そこから少しずつすれ違うようになっていったのだ。
そうしていつの間にか二人とも家を出て、互いに連絡も取らなくなっていた。
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