#6
「ほーら、にーちゃん帰るよ」
「俺はまだ酔ってなんかないぞー。しゅんー、もう一軒行こー」
「あーはいはい。わかったから帰るよ」
既に立てないぐらいに泥酔している悠佑に、駿佑が手を差し出す。
「ほーら、とりあえず店出るよ」
「悪いけど支払いしといて」
胸ポケットから取り出した財布を力なく駿佑に渡す。
「あーわかったわかった、会計してる間に荷物まとめといて」
「うぃー」
会計の金額はさすが高級店とだけあって四万近い額だった。自分が払うわけでもないのに、その金額を聞いて駿佑は酔いが一気に覚めるぐらい驚いた。駿佑にとって四万という金は半月の生活費と大差ない額である。そんな額を、たかが一食で造作もなく使ってしまう兄の価値観が駿佑には理解できなかった。
悠佑から預かった財布を開けると、中には十万近い現金が入っていた。常にこんな大金を持ち歩いているというのだろうか。財布自体も見るからに高そうな茶皮のブランド物の長財布である。さぞかし羽振りのいい暮らしをしているのだろう。会計を済ませ、駿佑は少し複雑な気持ちで席に戻った。
「にーちゃん、会計終わったから帰るよー、って寝てるし」
駿佑が席に戻ってくると、悠佑は机の上で突っ伏して寝ていた。駿佑が悠佑の肩をゆすって起こそうとする。
「おーい起きろって、いい加減しゃんとしてよ」
「俺は起きてるって」
「寝ぼけてないで帰るよ」
自分の荷物の他に悠佑の楽器ケースやリュックサックも持ち、駿佑は抱き起した凌介にコートを手渡す。
「ほらコート着て。荷物は全部持ったから」
悠佑がコートをはおり、二人はようやく店を出た。悠佑はまだ少し寝ぼけていて、どこかおぼつかない足取りだ。案の定悠佑は店を出てすぐ歩道の段差でつまずき、体勢を崩した悠佑を間一髪のところで駿佑が受け止める。
「ったく…、ほらつかまって」
駿佑は自分の肩に回した悠佑の腕をしっかりと掴み、もう片方の手で悠佑の体を支える。酒臭い吐息に混じって柑橘系の甘酸っぱい香水の匂いがした。
「家は?」
「……かみや」
「え? 神谷?」
都内に神谷という街は二つある。
「タクシー拾う?」
「んー」
全く会話になっていない。駿佑は大きなため息をつく。
「オレん家この近くだから、このまま連れてくよ」
「……」
どこまでも自由人で手のかかる兄だ。
もう大人なのだからそこら辺に放っておいたっていいと思いつつも、こうして甲斐甲斐しく兄の面倒を見てしまう自分がいる。これだから会社でも都合のいいように使われるのだろう。自分はいつだって他人の面倒を背負いこまされる役回りなのだ。
それに引き換え、この人間ときたら本当に能天気な人間だと思う。これから先も気まぐれで自分を振り回し、無自覚に自分を逆なでするようなことばかりするのだろう。
悠佑に肩を貸しながら、駿佑は昔のことを思い出していた。
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