#5
「で、お前は商社だっけ?」
「え?」
唐突に自分の話を振られ、駿佑の表情が一瞬凍り付く。
「仕事だよ、仕事」
「あっ、うん、えっと、営業から今年異動になって、今大きなプロジェクトを任されてる」
「すげぇじゃん」
「別にそんなんじゃないよ」
噓ではないが、実際駿佑は貧乏くじを押し付けられたに過ぎないのだ。駿佑は何だか兄を騙しているような気分になった。
「オレよかにーちゃんの方がすげぇよ」
「何が?」
悠佑がトングで肉を裏返す。
「仕事もちゃんとやってて、その上ヴァイオリンもやって……、にーちゃんには敵わないよ」
本心だった。
「急にどうしたんだよ? そんなことよりほーら、とりあえず食えって」
駿佑の暗い雰囲気を察してか、悠佑がわざとらしく明るい声を出す。
「これがトウガラシ、こっちがエンピツ」
「何それ」
駿佑は目の前の小皿に取り分けられた二枚の肉を不思議そうに見ている。
「牛の前脚の肉と肩に近い部分の肉。まぁウマいから食ってみ?」
恐る恐る口に入れると、案外普通の味の肉だった。トウガラシは噛み応えのある肉で、エンピツは高級ステーキみたいな柔らかい肉だ。美味しいことには変わりないのだが、味音痴の駿佑にはそこまでの違いは感じられなかった。
「ウマいか?」
「まぁね。どーせどっちも高いんでしょ?」
「それなりに、な」
「にーちゃんどーしたの? 突然オレに高い肉奢ってくれるなんて……」
「久しぶりにお前と会ったから、奮発して好きなもん食わせてやろうと思っただけ。いらねぇなら食わなくてもいーよ」
「いや、食うけどさ……、何かにーちゃんらしくないなぁ、って思った」
「んなことないだろ。俺に言わせれば今のお前の方がよっぽど変だぞ。何かお前、昔と性格変わったな」
「二年も会ってなかったんだからそりゃ変わるでしょ。人は変わっていくもんだよ」
駿佑がやけ気味にチューハイのジョッキをあおる。
「おぉ、そうか……」
二人の間には重苦しい空気が流れ、箸を付ける者のいない肉が七輪の上で焦げかけている。
悠佑は妙に駿佑の言葉が引っかかっていた。
直感的に何か悪い予兆のようなものを感じたのだ。
弟の身に何かあったのは間違いないだろうが、果たしてそれをここで問い質すべきなのだろうか。
そこまで弟を追い詰めるものとは、一体どんなことなのだろうか。
本当は兄として根掘り葉掘り聞ききたいところだが、お互いもう社会人である。
二年ぶりに会った弟は、もう既に立派な「大人」になっていた。
自分に対する生意気な態度は相変わらずだが、それでもふとした時の言葉遣いや他人との接し方は社会人らしい配慮が感じられるものだった。
兄だからといっていつまでも出しゃばるべきではないのかもしれない。
頭によぎった悪い想像が杞憂であることを願いつつ、悠佑はグラスに残っていた酒をぐいっと飲み干した。
「にーちゃんは酒弱いんだからやめときなよ」
「いーんだよ今日は」
駿佑を見る悠佑の目はもう既に腫れぼったい。
「そう言ってつぶれるんだから…」
悠佑の顔を見る駿佑は呆れ顔だ。これから自分に降りかかる厄介事を理解したのだろう。
それから悠佑が泥酔するのにそう時間はかからなかった。
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