#3

 その後も立て続けにジャズ、ポップス、王道のクラシックと六曲ばかりが演奏され、一時間余りで閉演となった。

 軽く挨拶だけしてさっさと帰ろうと、駿佑はステージの方へ視線を向けた。客席の一番前の隅で、演者の二人が何人かの観客に囲まれて談笑している。どうやら観客のほとんどは演者の顔見知りだったようだ。その輪の中にいきなり割って入るのは気が引けて、少し離れた所で成り行きを見ていると、男の方が駿佑の姿を見つけて手招きした。

 「おーい駿、こっち来いよ」

 無遠慮なその大声につられて、輪の中にいた数人が駿佑の方を見る。

 「久しぶり」

 自分の姿を見て、男が一瞬動揺したように駿佑には見えた。

 「お、おう。お前ホントに来たんだな」

 自分から呼びつけておきながら散々な言い草に、駿佑は少しムッとした。

 「これ、花束」

 そんな男の言葉に釣られて、ついつい投げつけるようなぞんざいな渡し方になる。

 「サンキューな」

 「ねぇ、川瀬君」

 「はい!」

 「はい」

 駿佑と男がほとんど同時に振り返る。と、二人の後ろにさっきまでピアノを弾いていた女性が立っていた。

 「あっ、ごめんごめん、私が呼んだのは悠佑ゆうすけ君の方」

 何がおかしいのか二人の顔を見て笑っている。

 「すみません…」

 バツが悪くなって駿佑は俯く。

 「あなたが駿佑君ね? いつも噂は聞いてるわよ。あんまり悠佑君と似てなかったけど、受付で会って一目で凌介君の弟だって分かったわ」

 そう言って彼女は再び駿佑と悠佑の顔を見比べる。濃紺のジャケット姿の駿佑とクリーム色のチョッキ姿の悠佑は対照的だ。彼女のやや早口で快活な話し方に戸惑いつつ、駿佑はまた見た目の話かと内心うんざりしていた。

 「あっ、あの…、俺に何か用事があったんじゃないんすか?」

 「まぁね…、でもやっぱ後にするわ。片付け終わった後で」

 どこか含みのある言い方だ。彼女はくるりと背を向け、少し離れたところで他の観客と話し始めた。

 「今の人は?」

 「あぁ、桜井さん。大学時代のサークルの先輩。時々ピアノの伴奏をお願いしてる」

 「そう、なんだ…。いい人そうじゃん」

 「何だよその言い方。それよりお前さ、この後予定は?」

 「特に何も」

 「んじゃメシ食い行こ。肉食わせてやっから。片付け終わるまでテキトーに時間つぶしてろ」

 駿佑の答えも聞かず一方的にそう言うと、悠佑はどこかに消えていった。突然そのようなことを言われたところですることもなく、駿佑は客席の隅で意味もなくスマホをいじっていた。そのうちに観客は一人、また一人と減っていき、十五分も経つと客席には駿佑一人になっていた。

 「おう、待たせたな」

 その声に駿佑が顔を上げると、私服に着替えた悠佑が立っていた。チノパンにワイシャツ姿で、その上に鮮やかなグリーンのトレンチコートを着ている。その背後には、先ほどのワンピースに上に白地のジャケットをはおった桜井が立っていた。

 「お疲れ、悠。今日の演奏もよかった。また楽しみにしてる」

 桜井が悠佑に対して妖艶な笑みを浮かべる。

 「いやー、そんなことないっすよ。桜井さんの伴奏のおかげです」

 「また今度ご飯でも連れてってね」

 そう言い残し桜井は颯爽と神楽坂を登っていった。

 桜井と悠佑のやり取りは、駿佑に二人の親密さを感じさせるには十分なものだった。駿佑は悠佑にまた一つ裏切られたような気がした。

 

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