第199話 風流洞攻略14日目(6):アラネア・ポリュプス再戦(下)

 ――ドンッ。


 アラネア・ポリュプスが着地した。

 それに合わせて、ルーカスの合図。


「発射」


 俺は目を開け、三人とサラの位置を確認。

 アラネア・ポリュプスが黒い蛸墨を吐き出す。


『土の精霊よ、集いて壁を成せ――【土壁(アース・ウォール)】』


 四人の前に土壁を作り出す。

 蛸墨は土壁に遮られて――消え去る。


 前回はメンザの障壁で防いだが、今回は俺がその役目を果たした。

 練習を兼ねたのだが、成功だ。

 俺が目を閉じた理由は、蛸墨が発射されるタイミングを分からなくするためだ。

 タイミングは目ではなく、ルーカスの「発射」で計る。

 「発射」という符号は敵が遠距離攻撃を発動することを示す。

 この合図があれば、俺が防御障壁を生み出す。

 目を閉じていたもうひとつの理由は、四人の位置が分からないようにするためだ。


 今回は敵の行動パターンを知っているが、実際の戦闘では、いつ敵が遠距離攻撃してくるか分からない、味方の位置も完全に把握しているわけでもない。

 そのような状況でも、敵の遠距離攻撃を防ぐ――その練習だ。


 蛸墨は土壁に遮られて――消え去る。


「解除」


 三人に伝え、土壁を消す。

 俺の合図で三人はいつでも次の行動に動けるように構える。

 俺は瞬時に位置関係を判断し、アラネア・ポリュプスが動く前に次の指示を出す――。


「ステフ前パリィ」


 ステフが二人の前に出て、盾を構える。


「サラ上昇、単射」


 サラは上へ飛び上がり――。


『――【火弾単射】』


 動くアラネア・ポリュプスを狙う。

 弱点である蛸っぽい頭部に向かって火球を一発。

 だが、火球は外れる。

 それでも、サラは続けて放つ。


『――【火弾単射】』


『――【火弾単射】』


『――【火弾単射】』


 前回戦ったときは無数の火球を放つ【火弾全射】によって数の勝負に出た。

 しかし、今回は一発ずつだ。

 サラは高い攻撃力を持つ反面、命中精度には難がある。

 動く的に当てるための実戦練習だ。


 その間にも、アラネア・ポリュプスはこちらに向けて突進。

 ステフが真っ正面に立つ。

 アラネア・ポリュプスが鋭い足を振り下ろし――。


『――【対角受流ダイアゴナル・パリィ】』


 ステフの盾がパリィする。

 アラネア・ポリュプスは八本足。

 続けざまに足で攻撃するが――。


『――【対角受流ダイアゴナル・パリィ】』

『――【対角受流ダイアゴナル・パリィ】』

『――【対角受流ダイアゴナル・パリィ】』


 ステフは難なく受け流す。


「シンシア、アタック」

「ルーカス、アタック」


 アタックは通常攻撃の合図だ。

 俺の声に、二人が飛び出す――。


 シンシアがメイスで関節を砕き。

 ルーカスの直剣は二本の足を斬り飛ばす。


 ダメージを負ったアラネア・ポリュプスは高速で後退――。


「プランA」


 事前の打ち合わせ通り、ルーカスが追いかける。

 アラネア・ポリュプスは距離をとって反転。

 尻から白い塊が吐き出され――。


 ――斬ッ!


 ルーカスが真っ二つに斬る。


 白玉は広がると粘着性の高い糸となり、部屋中を覆い尽くす。

 ルーカスの一撃はそれを無効化した。


 このプランAはルーカスからの提案――「俺なら斬れる」と。

 信じて任せてみたが、さすがだ。


「散れ」


 次の攻撃に備えるために、三人は離れて距離をとる。


「ウィリリィィィィ」


 金属をすり合わせたような甲高い声。

 無数の子蜘蛛が出現する。

 体長は20センチほど。

 その数は100体くらい。


 大量のモンスターを相手取る場合、シンシアの【天誅(ディヴァイン・ジャッジメント)】が最善手だ。

 敵を一網打尽にできるし、実際、前回もそれで倒した。

 だが、今回はあえて【天誅(ディヴァイン・ジャッジメント)】を使わない。


「プランB」


 ステフが子蜘蛛の間をすり抜け。

 アラネア・ポリュプスの前に立ち。


『――【挑発タウント】』


 アラネア・ポリュプスの意識を惹きつけ。


『――【不動盾フィックスド・ポイント】』


 カイトシールドの先端を床に突き刺す。

 移動できなくなるが、最高の『絶壁』の防御態勢だ。

 これで本体はステフに任せられる。


『――【流転乱舞(るてんらんぶ)】』


 飛び出したシンシア。

 ミスリルメイスをぶん回し。

 暴風のように駈ける。

 生き生きと楽しそうだ。

 ひと振りごとに、子蜘蛛が飛び散る。


 ルーカスはシンシアから距離を置き、数体の子蜘蛛をなぎ払う。

 スキルが使えなくても、攻撃力・技術ともに一級品だ。

 見蕩れてしまいそうになるが、俺にも俺の仕事がある。


『風の精霊よ、その刃で斬り裂け――【風刃(ウィンド・カッター)】』


 二人が暴れ回るこの状況。

 フレンドリーファイアしないように、細心の注意が必要。

 俺にとってもいい練習になる。


 『――【火弾連射】』


 サラはアラネア・ポリュプスに火球を連射する。

 動かない大きな的なら、サラでも問題ない。


 ――あっという間に子蜘蛛は全滅。


「プランC。トドメだ」


 全員でアラネア・ポリュプスの残りの足を斬り、突き、燃やし――。

 斃れたアラネア・ポリュプスの蛸みたいな頭部に、一斉攻撃を――。


 すべて作戦通り。俺たちは完全勝利をおさめた。


「ぱーふぇくとー!!」

「ラーズの作戦は完璧ね」

「こんなに気持ちいい戦いは初めてだ」


 三者三様に喜びをあらわにする。


「これなら……いや」


 ルーカスはなにかを言いかけて、口をつぐむ。

 苦々しい表情から、なにかを吹っ切るように首を横に振った。

 なんとなく、彼の胸中は察せられるが、触れてはならないと思った。


「よし、次は第四三階層だ」

「おー!!!」


 サラ、シンシア、ステフの声が重なる。

 ルーカスの声が交ざるのが先か、彼と別れるのが先か。

 どっちだろうと、どうでもいいような考えが頭に浮かんだ。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】



【6月30日発売】

 書籍第1巻、雨傘ゆん先生の素晴らしいイラストで発売されます。

 書籍版はweb版から大幅改稿、オリジナルバトル追加してますので、web読者の方でも楽しめるようになっています。

 2巻も出せるよう、お買い上げいただければ嬉しいです!



次回――『風流洞攻略14日目(7):第四三階層』

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