第179話 本拠地突入3

 ヤーパーの身体が黒い光に包まれていく――。


「クッ、間に合わなかったか。だが、最悪の事態はまだ防げる。ラーズ、あいつはもう人間をヤメた。殺してくれ」

「わかった」

「私はエルフ女性を保護する。行くぞっ」


 俺とマレは向かって走る。

 今の彼女にとって最優先はあのエルフ女性。

 もしかすると、ただのエルフではなく、高貴な血筋の者かもしれない。


 チラと横を見ると、シンシアとステフが奮闘していた。

 子どもを盾に取られ、範囲攻撃など強力なスキルは使えない。

 それでも、一人ずつ黒ローブを倒していく。

 邪教徒の戦闘力は大したことがなさそうだ。

 二人なら、すぐに制圧するだろう。


 マレと並んで祭壇を登る。

 マレは寝ているエルフのもとへ。

 俺はヤーパーに近づき――。


 ヤーパーを包んでいた黒い光が消える――。


 そこに現れたのは――異形のモノだった。


 半人半魔。


 右半身はヤーパーの姿を保っているが、左半身は魔物――悪魔としか言いようがない姿に変貌を遂げていた。

 赤銅の肌は分厚い筋肉によって盛り上がり、指先には鋭い爪。


「チッ。半分だけか」


 魔物は自分の右半身に目をやり、不満そうに吐き捨てる。


 ひび割れた声。

 おぞましい声。



「まあ、良い。ちょうどここには養分エサがいっぱいある」


 部屋を見渡し、満足そうに口の左端を歪める。


「おい、ヤーパー」

「ヤーパー? ああ、この愚かな人間エサか。愚かなことだ。人間エサが魔族になれるわけがなかろう」


 ――魔族。


 魔王の配下。

 千年前に魔王とともに世界を荒らし尽くした、歴史上の存在だ。


『――【風凝砲ウィンド・キャノン】』


「小賢しい」


 俺が全力で放った風凝砲を、魔族は赤銅色の腕を振って払う。

 衝撃で魔族の肘から先が消え去った。


 だが――。


「フンッ」


 魔族の声とともに、傷口から黒いモヤのようなものが現れる。

 黒モヤは腕の形になっていき、腕が再生した。

 魔族は二度、三度、新しく生えた拳を握りしめ、感覚を確かめると、俺を見て口元を歪める。


 俺は一瞬で相手の強さを悟った。


 ――コイツはヤバい。


 風流洞上層部で強敵と渡り合ってきたが、コイツはそんなもんじゃない。


「ほう、キサマ、忌々しき精霊術の使い手か」


 やはり、コイツは精霊術を知っている。


「ならば、教えてやろう。我が名はパズズ。魔王陛下の忠実なる下僕しもべ。そして、精霊術師を狩る者だ」


 パズズが翼をはためかす。

 ブワッと不快な風が押し寄せる。

 俺は思わず一歩下がってしまった。


「なっ……なんでだっ……」


 パズズの口からさっきとは異なる、弱々しい声が漏れる。


「僕が……魔族……の力を……手に入れる……はずだった……のに…………」


 ヤーパーの声だ。


「耳障りだ」


 パズズはとがった爪の左腕で、右半分の顔、人間だったヤーパーの顔を掴むと――グシャリ。


 ――ぎゃああぁあぁ。


 ヤーパーの断末魔が響き渡る。

 あっけない最後だった。

 ロクな生き方をしてこなかった男の死に様は、やはりロクでもなかった。


 パズズはぐじゅぐじゅになったヤーパーの頭部を口に放り込み、不満気に咀嚼する。

 ボリボリと骨が砕ける音が耳にひっかかる。


不味マズい……。魂の汚れた人間エサは喰えたものじゃない」


 今のであらためて確信した。

 コイツは人間をエサにしか見ていない。


「やはり、忌まわしき精霊に好かれている人間エサが一番だな」


 パズズは右半身を引きちぎり、片手で丸めてポイッと投げ捨てる。


 ――ウリィィィ。


 パズズが奇妙な音を口ずさむ。

 すると、先ほど腕を生やしたときと同じように、噴き出した黒いモヤが見る見るうちに右半身をかたち取り、完全な身体へと変形した。


 背中からは四枚の翼が生えた。

 それにサソリの如き尾もついている。


 いったい、あの黒モヤはなんなんだ……。


「フンッ、まだ力が足りないな」


 パズズはキョロキョロと辺りを見回し、部屋の隅で目を止める。

 その視線の先には、マレが祭壇から下ろしたエルフを介抱していた。

 まだ意識は回復していない。マレが胸の傷を癒やしている最中だ。


「ほう、古き民か。美味そうだ」


 パズズはエルフを見て、舌なめずりをする。


「オマエは後回しだ。我は美味しい人間エサは最後にとっておく主義だ」


 パズズはエルフに向かって――。

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