第176話 本拠地

 ラーズらがウィードたちとの戦いを繰り広げている頃――。


 その下の地下二階では邪悪な儀式が始まるところだった。

 地下一階と同程度の広さを持つ広間。

 壁沿いに並べられた燭台の薄明かりの中、もうもうと焚かれた香の煙が充滿していた。


「おい、大丈夫なのか?」


 この館の持ち主であるローガン商会長は不安げに上を見上げる。

 先ほどから大きな音と振動が天井から伝わっている。

 衛兵らが館に突入済みであることは部下から聞いていた。

 もし、ここまで来られたら自分の命がないことは重々承知している。

 小心者のローガンはすっかり怯えきっていた。


「なあに、大丈夫だよ」


 返事したのは灰色に汚れたローブを着ている男。

 今回の企みの首謀者の一人ヤーパーだ。


「ウィードは【3つ星】だよ。使い捨てもついてるしね」


 ウィードに加えてバーサクで強化された元冒険者五人。

 並大抵の相手なら問題にならない。

 それに、もう計画は大詰めの段階だ。

 もう少し時間を稼いでくれれば、ヤーパーには十分だった。


「とはいえ、万が一もあるからね。さっさと始めるよ。あー、ホントに憎らしいなあ」


 本来なら、万全の準備を整えて、数日後に行うはずだった禁断の儀式。

 しかし、思いの外早く感づかれたため、前倒しせざるを得なかった。

 ヤーパーは怒りを抑えきれず、親指の爪を齧る。

「ねえ、まだ? 早くしろよ!」


 部屋の奥、一段高くなった祭壇から、ヤーパーは下にいる者に八つ当たり気味に怒鳴る。

 当たられたのは漆黒のローブを纏い、フードを目深にかぶった男。

 首からは邪教徒の証である逆五芒星のペンダントを下げている。

 その男キャボットが冷たい声で応える。


「我々は貴様の部下ではない。命令される筋合いはない」


 今回の企みに携わる者たちは一枚岩ではなかった。

 ローガンは保身のため。

 ウィードは自らの復讐のため。

 ヤーパーは好奇心を満たす実験のため。

 そして、邪教徒は崇高な儀式を行うため。


「フンッ、狂信者どもがっ」


 フロアでは、キャボットと同じローブにペンダントの邪教徒たちが十数名、仕上げの準備を行っていた。

 中央にはまとめて並べられた百人以上の人間。

 今まで誘拐されてきた者たちで、ほとんどは年端も行かぬ子どもだった。

 彼らは座らされているが、やせ衰え衰弱しきっている。

 部屋に満ちる香に混ぜられた禁薬のせいで、目はうつろで放心状態だ。


 邪教徒たちは予防薬を服用しており、この状態でも問題なく作業している。意識が曖昧な虜囚の胸から伸びた綱を束ね、祭壇へと運んでいく。


 フロアで動くのは邪教徒の他に、十名ほどの冒険者崩れ。

 彼らは不審がないかと、警戒しながら巡回している。


「キャボット猊下、準備が整いました」


 邪教徒の一人がキャボットに伝える。


「祭壇に繋げ」

「遅いなあ、もう」


 キャボットの指示で三人の邪教徒が太く束ねられた綱を祭壇に接続する。

 ヤーパーは爪を噛みながら、イラ立ちを隠さない。


「完了しました」

「ふひっ、やっとこのときが来た」


 先ほどまでの不機嫌が嘘のように、ヤーパーは恍惚とした表情を浮かべ、祭壇を見下ろす。


 祭壇にはエルフ女性が意識を失って横たわっている。

 彼女の胸からも同じような綱が伸びているが、その太さは他の虜囚のものの何倍も太かった。


「皆の者よ――」


 キャボットが片手を挙げると、邪教徒たちはその場にひざまずく。

 立っているのはヤーパーとローガン、そして、冒険者崩れの者たちだけだ。

 キャボットは続ける――。


「長き雌伏のときはこれで終わりだ。今までよく耐え忍んできた。だが、我らの悲願はここに成就する。我らが――」

「ああ、もう、そういうのイイからさあ、早くやっちゃうよ」


 キャボットの演説をヤーパーがさえぎる。

 その右手には禍々しい黒いナイフが握られていた。

 ヤーパーに怒りの視線が殺到する。


「キッ、貴様ッ!」


 キャボットは憤怒に顔を赤く染める。

 だが、ヤーパーは構わずナイフを高く掲げる。


「君たちの考えなんて、僕には関係ないんだよ」


 ヤーパーは勢いよくナイフを振り下ろす。

 横たわるエルフの胸元めがけて。

 狙うは心臓――その裏側にある験蔵。


 ヤーバーの凶刃がエルフの柔肌を切り裂く――その直前。


 ――ドゴォォォオンンン。


 部屋を揺るがす大きな音が響いた。


   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『本拠地突入1』

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