第175話 賊との戦闘を終えて

 俺はなんとか斧男との戦いに勝った。

 だが、無事というわけではない。これほどのダメージは久しぶり――『無窮の翼』以来だ。

 重たい男の死体をなんとか押しのけて、身体を起こす。


「ラーズ、大丈夫?」


 シンシアが心配そうに声をかけてくる。

 俺と違って、シンシアは楽勝だったようで、額には汗一つ浮かんでいない。


「すまん。不甲斐ない。治してくれ」

「ええ、今やるわね」


『――【聖癒(ホーリー・ヒール)】』


 癒やしの光によって、怪我が癒えていく。

 あっという間に、傷一つない姿に戻った。


「ありがと、助かった」


 軽く身体を動かすが、支障は一切感じられなかった。


「他のみんなは?」


 見回すと離れたところでステフとマレが戦闘を終えていた。

 ステフはこちらに向けて∨サイン。

 調子に乗って隣のマレの肩に手を乗せるが、あっさりと振り払われていた。


 そして、残りのヴェントンはといえば、ウィードと激しく打ち合っていた。

 だが、分が悪い――。


 参戦すべきかと飛び出しかけたところで――。


「「「あっ」」」


 ウィードの剣がヴェントンの身体を貫く。

 やられた?

 いや――やらせたんだ。


 やけにあっさりとやられたと思ったが、ヴェントンの目を見て、俺は確信する。


 ヴェントンはウィードが逃げられないように羽交い締めし、赤い珠を取り出す。

 その直後――二人を業火が包み込んだ。


「ヴェントンッ!」

「本部長ッ!!」


 思わず声が出たが、マレはそれ以上だった。

 悲壮な顔つきでじっと見つめている。

 シンシアはすぐに飛び出した。


 激しい炎はひときわ上がると、急に消え去った。

 自然の炎ではない、魔法的なものだ。あの赤い珠が発動体だったのだろう。


 二人とも全身に重度の火傷を負い、手足に至っては炭化している。

 ひと目見てわかったが、ウィードはすでにこと切れていた。


 一方のヴェントンは――。


「まだ息があるわっ」


 虫の息だが、まだ、死んではいない。

 シンシアが急いで魔法を発動させる。


『――【聖癒(ホーリー・ヒール)】』


 先ほどの俺と同じように、癒やしの光がヴェントンを癒やしていく。

 死の淵に片足を踏み込んでいたヴェントンだが、みるみるうちに火傷が消え、きれいな肌を取り戻していく。

 炭化していた四肢も元通りだ。


 シンシアと組んでから『精霊の宿り木』は誰も死にかけるほどの大怪我をしたことがなかった。

 だから、全力の【聖癒(ホーリー・ヒール)】がどれほどの威力なのか俺は知らなかった。

 まさか、これほどとは……。

【聖女】に匹敵する。いや、それ以上かもしれない。


「ふぅ……。なんとか間に合ったわ」


 シンシアは額の汗を拭う。


「本部長ッ! 大丈夫ですかっ!」


 マレが駆けつけ、ヴェントンの身体を抱きしめる。

 横たわったままのヴェントンの瞳がゆっくりと開いた。

 しばらく天井を見たまま、ヴェントンの口が開いた。


「俺は……死に損なった……のか…………」

「違いますっ! 本部長は勝ったんですっ!」

「そうか……」

「立てますか?」

「いや、俺のことはいい。それより――」


 ヴェントンが俺を見る。


「スマンが、まだ戦える状態ではない。ラーズ、お前に任せた」

「ああ、下にいる奴らを倒せばいいんだな」

「マレ、サポートしてやれ。ラーズたちにはすべてを教えていい」

「わかりました。ラーズ殿、行きましょう」


 マレはヴェントンの身体をいたわるように横たえ、すっと手を引き抜く。


「この下です」


 マレが指差したのは下へと続く階段。

 これだけ厳重に守られ、ボウタイまで動く事態だ。

 なにかはわからないが、相当なものがあるんだろう。


 それに、さっきから精霊たちがざわついている。

 精霊たちから伝わっているのは不快感。

 精霊が厭うなにかがあるんだろう。


 マレは先頭に立ち、階段に向かう。

 俺は油断しないように、その後に続く。

 シンシアもステフもヒリヒリとした闘気をまとっていた。


   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『本拠地』

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