第170話 賊との戦闘3:シンシア
シンシア視点です。
◇◆◇◆◇◆◇
シンシアの相手はフルプレートに大盾を構えた巨体の男だった。
兜の奥から赤い目が光っている。
男の防具は黄味がかった銀色――オリハルコン製だ。
シンシアが構えるメイスを見て、男が余裕ぶった口を利く。
「ウィードさんがくれたコレは硬えぞ。ぶち抜けるか試してみろよ」
「へえ、じゃあ、実験台になってもらおうかしら」
不敵さではシンシアも負けてはいない。
腰を落としたと思った瞬間――男との距離を瞬きひとつで詰める。
『――【天誅(ディヴァイン・ジャッジメント)】』
勢いそのままで水平回転――大盾にメイスを叩きつけるッ!
だが、オリハルコンの大盾はフルスイングされた一撃を受け止める。
男は二、三歩後ずさったが、ダメージはない。
並の冒険者だったら、受け止められたとしても腕が折れていただろう。
だが、バルサクの影響下にある男はなにも感じていなかった。
「ふん。その程度か?」
「その盾のせいかしら。それとも、人間には通じないのかな?」
シンシアの得意技のひとつ【天誅(ディヴァイン・ジャッジメント)】は、衝撃波で敵を一網打尽にする範囲攻撃だ。
風流洞攻略でも活躍しているし、先ほども積み荷の山を瓦礫に変えたばかりだ。
あわよくば、賊もひとまとめにして倒そうという算段だったが、今回は周囲を巻き込むはずの衝撃波も発生しなかった。
人間相手に放つのは初めてだ。
魔力を軽減させるオリハルコンの効果なのか、人間には効かないのか、シンシアには判別がつかなかった。
「まあ、いいわ。遠慮は無用ねッ――」
シンシアの身体がブレる――。
姿が消えたかと思った瞬間には、男の後ろに回り込んでいた。
このまま無防備な背中にお見舞いしてやろうと、シンシアはメイスを振りかぶる。
『――極重爆(グラビティ・ブラスト)』
重い重い一撃だ。
シンシア最大の攻撃力を誇るスキル。
男の背中にメイスが吸い込まれると思われた。
だが、男はシンシアに匹敵する速度で振り向き、メイスに大盾を合わせる。
「なッ!?」
これにはシンシアも驚いた。
完全に入った――そう思った瞬間、目の前に盾が現れたのだ。
「へえ、人間やめちゃったみたいね」
動揺を見せないように、シンシアは言い放つ。
スゴいのは男ではない。バルサクだ。
怖れる必要はない。
「違うな。俺の本来の実力を解き放っただけだ」
「自信満々ね。努力もせずに手に入れた力がそんなに嬉しい?」
「ああ。弱ければ奪われる。強ければ奪える。お前は奪われる立場だ」
シンシアは強い冒険者を何人も見てきた。
彼らは皆、その力を得るために、言葉にできないほどの努力を積み重ねてきた。
自分も他人に誇れるだけの努力をしてきたし、ラーズの努力はそれ以上であると知っている。
その努力が冒涜されたようで、シンシアは静かに怒りを湛(たた)えていた。
「たしかに、硬いわね。でも――」
シンシアは怯まずに男を睨みつける。
「初めて戦ったときのウッド・ゴーレム・ガーディアンはもっと硬くて、もっと重くて、もっと強かった。偽りの力でどこまでついて来られるかしら」
シンシアはさらに速度を上げる。
『――【流転乱舞(るてんらんぶ)】』
自分の身体を独楽(こま)に見立て、シンシアは高速で回転しながら、メイスを叩きつける。
一撃。
二撃。
三撃。
男の周りをくるくる回るシンシア。
四方八方からメイスが男に襲いかかる。
強化された男の反射神経と瞬発力を持ってしても、すべての攻撃を盾で防ぐことはできなかった。
シンシアのメイスがオリハルコンの鎧を何度も叩いていく。
スキルが解除され、シンシアが回転を止める。
オリハルコンの鎧はところどころ凹んでいた。
「あなたじゃ、宝の持ち腐れのようね」
「なんだとッ!?」
男が激昂する。
オリハルコンは特殊な金属だ。
他の金属と違って、その性能が使用者の能力に比例するのだ。
最強の者が使ってこそ、最強の武具となる。
それこそが、オリハルコンが最強と言われる所以(ゆえん)だ。
まだ、大したダメージは与えていない。
だが、このまま押しきれる――シンシアはそう判断した。
「そのハリボテがいつまで保つかしら?」
シンシアが再度、スキルを発動させようとしたとき、彼女の視界がとらえたのは――。
「ラーズッ!」
――宙を舞うラーズの姿だった。
一瞬、動きを止めたシンシアに、ここぞとばかり、男が盾を前に肩から体当たりをしてくる。
シンシアの視線はラーズに釘付けだ。
男が確信に笑みを浮かべる。
衝突のタイミングに合わせて肩に力を入れた瞬間――視界からシンシアが消えた。
「なッ!?」
気づいたときには、男はすっ転んで、全身を床に強く打ち付けていた。
ラーズの姿を見て、シンシアは動きを止めた。
視線を男から離した。
男に隙を見せた。
相手の攻撃を誘うために――。
スペックではドーピングした男が上回る。
だが、くぐり抜けてきた修羅場の数では、シンシアが上回る。
圧倒的に――上回る。
仲間がピンチになったとしても、目先の敵に油断を見せたりはしない。
それに彼女はラーズを信頼している。
ドーピングした程度の冒険者崩れに遅れを取ることはないと。
予想通りに男は釣られた。
思慮もなく、突進するだけの単純な攻撃。
視線をそらしていたとしても、対応するのは容易い。
完璧なタイミングでしゃがみ込み、男の足を払ったのだ。
「こっちもそろそろ終わらせないとね。風精霊、力を貸してちょうだい」
シンシアに懐く風精霊が、今もすぐ横にいる。
彼女はそれを知覚していた。
つむじ風がシンシアの金髪をなびかせる。
それが精霊の返事だった。
シンシアは宙高く跳躍する――。
頂点に達したシンシアは重力と風精霊の力で急降下。
振り上げたメイスをいつもより強く握り込む。
そして――。
『――極重爆(グラビティ・ブラスト)』
メイスは男の頭部を砕き、床にヒビを作った。
◇◆◇◆◇◆◇
次回――『賊との戦闘4:ステフとマレ1』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます