第169話 賊との戦闘2:ラーズ2

 相手の斧は床にめり込んでいる。


 ――よし、隙ができたッ。


 これはチャンスだ。

 俺は瞬時に幾通りかの選択肢を計算する。


 精霊魔法は悪手だ。

 詠唱を終えるのに数秒の時間がある。

 その間に、斧使いは武器を捨てて体当たりしてくるだろう。


 相手が斧を引き抜いた反動でできた隙をつく方法もある。

 だが、強化された筋力でその反動を抑え込み、隙はできないかもしれない。

 それに、斧を捨てて殴りかかってくる可能性もある。


 ここは――速攻だッ!


 ちんたら戦っている時間はない。

 俺は地面を軽く蹴り、斧を握っている手を踏みつけるッ。

 相手の動きを制限しつつ、飛びかかって顔面を狙う意図だったのだが――。


 斧使いは俺が踏んだと同じタイミングで、その手を乱暴に払う。

 足場をずらされた俺は空中で体勢を崩してしまう。


 無防備な俺の胴体に向かって、斧使いの裏拳が振り払われるッ――。


 バルサクで強化された筋肉による裏拳は速く、重かった。

 だが、俺は焦らない。

 こうなる可能性も計算に入れていた。


 俺はダガーと氷剣を手放し、裏拳に両手を合わせる。

 裏拳に乗っかるかたちで、自分から跳ぶッ。


 裏拳の威力は凄まじく、俺の身体は吹き飛ばされ、瓦礫の山に叩きつけられた。


「軽いな。そして、弱い」


 斧使いは床に刺さった斧を軽々と引き抜いた。


「ただのバルサクではないです。効果が尋常じゃないです」


 賊の剣を二本の短剣で食い止めながら、マレが告げる。

 彼女の言う通り、反則地味た威力だ。


 だが、逆に、それが功を奏した。


 怪力で振るわれた裏拳。

 そこに、自分から跳ぶことで、さらに遠くへと飛ばされた。

 衝突の勢いに、身体中が悲鳴を上げる。


「「「ラーズッ!」」」


 シンシアたちの気遣う声が聞こえる。


「大丈夫だ。問題ない」


 俺は身体の痛みを無視して起き上がる。

 戦闘中の彼女たちには、俺が一方的にやられたように映っただろうか?


 だけど、心配はいらない。

 なぜなら、この状況は俺の――計算通りだ。


 斧男との距離は10メートル。

 これだけあれば――詠唱が間に合う。


 俺が詠唱を始めると、斧男は慌てて突進してきた。

 斧男が俺に迫る――。


 想像以上の速さだ。

 だが、俺の方が一手、速かった。


『――『風の精霊よ、集い、固まり、縮まりて、敵を穿(うが)つ弾となれ――【風凝砲(ウィンド・キャノン)】』


 斧が俺の額をとらえる直前、圧縮空気弾が斧男に命中。

 男の土手っ腹に大きな穴を開けた。

 持っていた斧が飛んだ。


 男は勢いのまま、俺にのしかかる。

 押し倒されるかたちで、俺たちは倒れ込む。


 俺は警戒して攻撃態勢に入ろうとするが、男は重く、俺の上で最後のあがきを見せる。

 普通だったら、腹に大穴を開けて動けるわけがない。

 だが、男は馬乗りになって、殴りつけてきた。


 俺は咄嗟に両腕で顔を守る。

 腕の骨が折れそうな痛みと衝撃だ。


 ――クソッ。ここまでは想定していなかった。


 甘く見ていた。

 マレからの忠告があったのに。


 男が再度、拳を振り上げる――。


 なんとか脱出を試みるが、斧男は岩のように動かなかった。

 なんとか、しないと。

 このままではマズい。


 どうすることもできない。

 焦りが焦りを呼ぶ。


 しかし――拳が下りてくることはなかった。


 斧男は拳を掲げたまま、前のめりに倒れてきた。

 俺は頭を動かす。

 男の頭と俺の頭が横に並ぶ。


 そして――。


「冒険者を続けていれば、お前もそのうち絶望に打ちひしがれる。その日は、必ずやってくる」


 耳元で囁かれた声。

 それが斧使いの最期の言葉だった――。


   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『賊との戦闘3:シンシア』

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