第168話 賊との戦闘1:ラーズ1

 ~回想あらすじ~


 ヴェントンの本名はルーカス。

 ウィードの本名はサージェント


 十数年前、二人は当時最先端を走るパーティー『最果てへ』を組んでいて、フォース・ダンジョン『水氷回廊(すいひょうかいろう)』へ挑んだ。


 フォース・ダンジョンは過酷で、彼らは一年かけても第3階層までしか進めなかった。

 なかなか攻略が進まず、パーティーの仲は険悪になっていき、ある日、破滅の引き金が引かれた。


 ダンジョン内に現れた氷の悪魔が、彼らに試練を課したのだ。

 パーティーは二つに分断され、密室に閉じ込められた。


 ヴェントンと他二人の三人組は苦戦しながらもアイス・ゴーレムを倒し、密室から脱出に成功する。


 一方、ウィードとその恋人リードリッヒは氷の魔術師と戦うことになる。

 二人もなんとか氷の魔術師を追い詰め、とどめを刺す直前――ウィードは油断する。

 魔術師は倒せたものの、リードリッヒが氷漬けにされてしまった。


 氷の中で徐々に死を迎えるリードリッヒ。

 なにもできずに、見ているしかないウィード。


 ヴェントンたちが二人を発見したのは二日後だった。

 事切れたリードリッヒの氷柱にしがみつくウィードは、その時既に壊れていた。


 『最果てへ』はそのまま解散。

 ウィードは姿をくらませ、ヴェントンはドライの裏街で世捨て人のような生活を送っていた。


 そして、一年後。


 ドライの街の冒険者ギルド支部長で元『五帝獅子』メンバーのアラヤから「ウィードが元パーティーメンバーの二人を殺した」と聞かされる。


 そのまま姿を現さないウィードを捕まえ、ケリをつけるため、ヴェントンはボウタイに加入することになった――。


   ◇◆◇◆◇◆◇


 ヴェントン――ルーカスと、ウィード――サージェント。

 二人の剣がぶつかり合う。


「ウィードは俺が相手する。お前たちはザコを倒して、下に向かえ」


 ヴェントンの言葉を合図に、俺たちも戦闘を開始した。

 こちらは、俺、シンシア、ステフにボウタイのマレ。


 マレは小柄で素早そうだ。

 短剣を両手に構えている。


 こちらは四人。

 対する賊は五人。

 皆、冒険者崩れだ。

 実力は【2つ星】になったかどうか、というところだろう。

 見たことがある顔も混じっている。


「シンシア、二人頼む」

「いや、私が二人だ。防御に徹するから、先に数を減らしてくれ」

「そうだな、ステフ、任せたぞ」


 元冒険者はしぶとい。

 それに、向こうの方が一人多い。

 格下だからと油断はできないな。


 すぐにでも襲いかかってくるかと思ったが、賊どもは動かない。

 そのかわりに懐から赤い液体の詰まった小瓶を取り出し、ひと息に飲み干した。


 途端――ヤツらの瞳孔は充血し、真っ赤に染まる。


「バルサクという名の禁薬です。一時的に戦力が大幅にアップします。気をつけてください」


 マレの言葉に、そんな薬もあったと思い出す。

 薬によるドーピング。

 だが、その代償にしばらく時間がたつとまともに動けなくなるはずだ。


 余裕がある場合なら効果切れまで粘ればいい。

 だが、今は時間が惜しい。

 下のフロアでどんな悪事が行われているのかわからないのだ。


 急がねば――。


「おおぅ。力がみなぎってくるぜ」

「たまんねえな」

「いつも以上じゃねえか」

「ぶち殺してやるぜ」

「ああ、皆殺しだ」


 赤い目の五人と、俺たちは個々に向かい合う。

 俺の相手はチェインメイルの斧使いだ。

 鎧はミスリル製だが、斧はオリハルコン製。

 以前、この街に滞在していたときに見たことがある。

 たしか、この斧使いは――。


「ラーズか、追放されてもまだ諦めていないみたいだな」

「黙れ、悪党」

「おっと」


 悠長におしゃべりを始めた斧使いに、俺は先制攻撃。

 ダガーで鎖の隙間を狙ったが、素早く振られた斧で防がれた。


 この斧使いはセカンド・ダンジョンで挫折したはずだったが、とてもそうは思えない俊敏な動きだった。

 バルサクの効果か――思ってた以上だな。


「調子にノッているみたいだが、お前はまだ知らないだけだ。ダンジョンの本当の恐ろしさを。だから、そんな脳天気な顔をしてられるんだ」


 ダガーと鋭く尖らせた氷剣の二刀流で連撃を繰り出すが、すべて斧で防がれる。

 それどころか、向こうはしゃべるだけの余裕もある。


 打ち合ってわかったが、斧使いの技量は大したことがない。

 ただ、バルサクの効果は物凄かった。

 反射神経、瞬発力、そして、膂力――どれもが俺を上回っている。


 精霊魔法を使う余裕はない。

 詠唱中に攻撃を受けるだろう。

 なんとか、隙を作らないと。


 ――厄介な相手だ。


 それでも俺は限界まで加速した動きで、連続攻撃を続ける。


 突き、突き、払い。

 突き、突き、払い。


 チェインメイルは斬撃に強い反面、刺突には弱い。

 的確に隙間を突けばダメージを与えられる。

 しかし、すべての攻撃が斧で払われた。

 男が振り回す斧は、俺のダガーより速かった。


 それにオリハルコンの斧が相手では分が悪い。

 このまま続ければ、こちらの武器が先に音を上げるだろう。


 男は笑みを浮かべ、口を開く。


「だが、それも今日までだ。俺が終わらせてやる」


 斧使いが反撃に移る。

 高く振りかぶった力任せの大技だ。

 普通なら隙だらけで、どうとでも対処できる。


 たが、ドーピングしたヤツの攻撃は危険だ。

 受けるか、そらすか、かわすか。


 判断は一瞬――。


 風切り音を感じながら、俺は後ろに跳ぶッ。

 前髪が何本かはらりと落ちる。

 ギリギリで回避に成功した。


 斧使いの一撃は威力も桁外れだった。

 石床にヒビを作り、刃の半分近くがめりこんでいる。


 ――よし、隙ができたッ。


 俺はためらうことなく――。


   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『賊との戦闘2:ラーズ2』


7月から偶数日の隔日更新になります。




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