第167話 ヴェントンの回想6

「おう、サッパリしたな。まあ、座れや」


 アラヤさんは咥えタバコのまま、ソファーへ移動し、俺と向かい合って腰を下ろす。

 何か用があるのだろうが、アラヤさんはタバコをふかすばかりで口を開かない。

 じれた俺が先に尋ねた。


「どうして、放っておいてくれなかったんですか?」

「あのまま現実から目をそらして死んでいければよかった、か?」

「…………」


 ああ、そうだ。

 あのまま、死なせて欲しかった。


「叱らないんですか?」

「叱るだと?」

「俺はリーダーとしての役目を果たせなかった――」


 クリアになった意識は、いやでもあの事件を思い出させる。

 あの日の光景が、脳裏に浮かび、俺を責め立てる。


「――それに、俺はアラヤさんの助言をバカにして、聞き流した。年寄りの戯れ言だと。まともに受け止めていなかった。その結果がこれですよ……」

「俺にお前を叱る資格なんてねえよ。もし、資格があるとすれば、そいつは【4つ星】だけだ。俺もお前と同じだ。負けたんだよ。あのダンジョンに」

「でも――」


 アラヤさんたち『五帝獅子』は五人揃って帰還し、俺たちは死者を出したうえに、みんなバラバラになってしまった。

 そう思った俺を、アラヤさんが手で制する。


「だがな、負けたからって、そこで終わりじゃねえ。その後も続くんだよ、人生ってヤツは」

「そんな人生なんか――」


 クソッ喰らえだ。

 俺に生きる資格なんかない。

 かと言って、死ぬ勇気もない。

 俺は卑怯者で、臆病者だ。


「まあ、俺ももともとは、放っておくつもりだった。だがな、まだ終わってなかったんだよ――『最果てへ』はな」

「えっ……どういうこと、ですか?」


 アラヤさんは大きく煙を吐き出してから、タバコを灰皿に強く押しつける。


「一ヶ月前、カリアが殺された。そして、その一週間後、タウンゼントもだ」

「なッ!?」


 二人とも『最果てへ』のメンバーだ。

 リタイアしたとはいえ、そう簡単に殺されるわけがない。


「ともに曲剣で一撃だ。ここまで言えばわかるだろ?」

「そんな…………」


 復讐か?

 サージェントが?

 どうして、今になって?


「リーダーっつうのは、最後まで責任をとらなきゃならん。おかげで、俺も支部長なんかやらされてるくらいだ」


 アラヤさんは二本目のタバコに火をつける。


「素直に殺されてやるにしろ、捕まえてやるにしろ、リーダーとして最後まで責任を持て」

「俺は…………」

「お前が殺されておしまいなら、そりゃそれで構わない。だがな、どうもそれだけじゃ終わらなそうな気がしてな」

「どうしてそう思うんですか? 奴が俺たちを憎んでいるのはわかります。でも、俺を殺せば、満足するんじゃないですか?」

「三人の中でサージェントが一番憎んでいたのは誰だ?」

「それは……俺です」

「だったら、なんで、お前は後回しなんだ?」

「それは……」

「それにタウンゼントが殺されてからもう三週間だ。時間が立てば立つほど警戒は強くなる。 それに、俺にワンパンでやられる程度のお前くらい、その気になったらいつでも殺せるぞ――」


 タバコを揉み消したアラヤさんに、問いをつきつけられる。


「どうして、お前はまだ生きている?」

「…………」


 俺は返事を持ち合わせていなかった。


「スカウトだ。冒険者対策本部――通称、ボウタイ。知ってるだろ?」

「ええ」

「ちゃんとその手でケリをつけろ」

「はい」


 俺は生きる意味を得た。


 サージェントがなにを企んでいるのかわからない。

 だが、アイツを捕まえ、きっちりと終わらせる。

 『最果てへ』を終わらせる。

 それが、死んでいった三人への供養だ。

 俺が不甲斐なかったばかりに殺してしまった三人への。


 その日から俺は名前を捨て、姿を変え、ボウタイの人間として生きてきた。


 ――十数年。


 これほどまでに長くなるとは思わなかった。

 その間、ボウタイの一人として、多くの命を奪い、それ以上の命を救ってきた。


 二度目の人生を送ってきたのだ。

 だが、今日、その日が来た。


 一度目の人生を終わらせる日が――。


   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『賊との戦闘1:ラーズ1』


回想終わりです。

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