第4章 忍び寄る闇

第145話 誘拐

 夕方。

 ダンジョンから帰還した俺たちは、仕事があるというメンザと分かれた。


「ステフはどうする? また、女の子とデートか?」

「いや、私は真実の愛を知ってしまった。他の子と遊ぶのはしばらく控えよう」


 ステフは通信用の魔道具を取り出し、通話を始めた。

 漏れ聞こえてくる声によると、今夜約束していた女の子に断りを入れているようだ。

 やがて、通話も終わり――。


「待たせて済まない。今日は私も夕食を一緒させてもらおう。恋愛は抜きにして、二人とはパーティーメンバーとして、親睦を深めたい」


 ステフの心境に変化があったようだ。

 風の精霊王様との出会い。

 ステフにとっては運命の相手らしいが、話はそれだけではない。


 ステフも俺の仲間として、魔王討伐に向かうひとり。

 そう、告げられたのだ。


 世界の命運がかかっている。

 そのことを自覚したのだろう。


「よし、じゃあ、行こうか。ステフは食べたいものある?」

「そうだな。私は――」


 ステフが考えだしたところ、聞き覚えのある声で呼びかけられた。


「ラーズ兄さんッ!」


 駆け寄ってきたのは、一昨日孤児院で出会ったばかりの少女。

 双子のひとり、ララだ。


 あまり感情を表に出さないララだが、今は切羽詰まった表情だ。

 その表情がタダ事ではないと告げている。


「どうしたッ?」

「ロロがっ、ロロがっ――」


 ララは大粒の涙を流している。

 嫌な胸騒ぎがした。


 動転してちゃんとしゃべれないララを落ち着かせ、話を聞き取る。

 どうやら、最悪な状況らしい。


 ロロは孤児院の子どもたちを連れ、買い出しに行っていた。

 その帰り道、複数の男たちに襲われた。

 路地裏から飛び出してきた男たちは、子どもの一人を捕まえようと試みた。

 ロロは咄嗟に反応してそれを防ぎ、子どもたちを逃がすことに成功した。

 だが、その代わりにロロが男たちに攫われてしまったのだ。


 ロロの立派な行動は賞賛に値するが、同時にロロの身が心配だ。

 逃げ帰った子どもたちから話を聞いたララは、いてもたってもいられなかった。

 院長のロザンナさんに報告すると、ダンジョンにいるかもしれない俺を頼りにここまで来たそうだ。


「ラーズ兄さん、ロロを助けて」

「ああ、後は俺たちに任せろ」


 衛兵への連絡はロザンナさんがやってくれている。

 救いなのは、まだそれほど時間がたっていないことだ。


 俺たちなら、ロロを救えるかもしれない。

 いや、絶対に救ってみせるッ!


「ステフ、メンザに伝えてくれ。風の精霊王様が言っていた魔王の眷属がらみかもしれない」

「ああ、任せてくれ」


 ステフは通信用の魔道具を耳に当てながら、ギルド方向に走り出した。


「なあ、ロロの匂いは覚えているか?」


 風精霊は俺の問いかけに、クルクル回って肯定の意を示す。

 よしっ、これでなんとかなるかもしれない。


「シンシアは風精霊と一緒に先に行ってくれっ」

「ええ、わかったわっ」

『風の精霊よ、我とシンシアに加護を与えよ――【風加護(ウィンド・ブレッシング)】』


 速度アップの加護を俺とシンシアにかける。


「頼んだぞっ」


 風精霊を撫でると、ふるふると震えてから、凄い勢いで飛んで行った。

 その後を追いかけるシンシア。

 世界樹の靴を履いた彼女は、まさに風のように駆け出した――。


 走る速さではシンシアに追いつけない。

 彼女が間に合ってくれることを祈るばかりだ。


「ララ、君は孤児院に戻ってな。ちゃんとロロを連れて戻るから」

「はい」


 泣き止んだララの頭を軽く撫でる。


「じゃあ、俺たちも追いかけよう。案内よろしくな」


 別の風精霊にお願いする。

 風精霊は身体を揺すって応え、シンシアが向かった方向に飛び始める。


「間に合ってくれよッ」


 俺もシンシアの後を追って走り始めた――。





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

次回――『賊の拠点』

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