第140話 孤児院からの帰り道

 孤児院を後にする頃には、すでに日も落ちかけていた。

 今日は美味しいお店でゆっくり食事を楽しむつもり。

 シンシアと腕を組み、街の中心部へ戻る。


 猥雑な喧騒の中、大通りを歩いていると前から歩いてきた3人組の冒険者――そのうちの一人が足を止め、驚いたように目を見開いている。


 怪訝そうにしている残りの二人はいかにも【1つ星】になりたて、俺と同い年くらいの男たち。

 一方、立ち尽くす男は白髪に深く刻まれた顔のシワ。

 四十代に見えるが、その目は力強く、現役冒険者であることが伺える。


「しっ、シンシアッ…………」


 いきなり、シンシアの名を呼んだ男は、それきり黙り込む。

 一方、呼ばれたシンシア自身はきょとんとしている。


「知り合い?」

「えーと、どこかで会った気はするんだけど……」


 不審な男ではあるが、精霊達はおとなしい。

 悪いヤツじゃあないようだが……。


 お互い見合う中、我に返った男は出し抜けに土下座する。


「すまなかった。俺が悪かった。どうか許してくれ」


 切実な思いのこもった、誠心誠意の土下座だ。

 だが、思い当たるフシがないのか、シンシアは困惑している。


「えっと……。ごめんなさい。ちょっと誰か思い出せなくて……」


 男は土下座姿勢のまま顔だけを上げる。


「ははは。そっ、そうだよな。今の姿じゃわからないよな……」


 男は自嘲気味にこぼす。


「人目があるから、とにかく、立ちましょう」

「ああ、すまない」


 俺がうながすと、男は素直に従う。

 うーん、俺もどこかで会った気がするんだが……。

 もやもやするな、と思っていると、男が正体を明かした。


「こんな姿になってしまって分からないと思うが、俺はジェイソンだ。『破断の斧』のジェイソンだよ」

「「えっ!?!?」」


 ジェイソン?

 この男が?


 俺が知るジェイソンは三十手前の男。

 ギルドから受け取った『無窮の翼』の報告書によれば、ジェイソンは加入後一週間で逃げるように脱退したとのこと。

 クウカの凶刃はまぬかれたらしいが、その後どうなったかのは記載されていなかった。

 最後に会ったのは、俺がドライの街を離れる少し前だが、この一ヶ月で一体なにが彼の身に起こったのか?

 なんで、彼が今、この街にいるのか?

 この変わり様は一体?


 疑問は尽きなかった。


「ジェイソンさん、この方は?」


 ジェイソンの仲間の若い男が問いかける。


「ああ、この女性は俺の元パーティーメンバーなんだ……。ちょっと話があるから先に行っててくれ」


 ジェイソンの言葉に二人は去って行った。

 見つめ合うジェイソンとシンシア。

 シンシアは困惑したきり、どうしていいか、決めかねているようだ。

 ジェイソンも唇を噛みしめるようにして、押し黙っている。


「とりあえず、立ち話もなんだから、場所を変えよう」


 俺の言葉に黙って頷く二人。


 二人を連れ、カフェの個室に移動する。

 奥まっていて人目につかない席だ。


 黙ったきりの二人に代わって、俺がオーダーする。

 注文が届くまでも、二人は口を開かない。


 やがて、運ばれてくるコーヒー2つと、カフェオレという名のシュガーミルク・コーヒーフレーバーが運ばれてくる。

 誰の分かは、言うまでもないだろう。


 そして、ジェイソンは運ばれてきたコーヒーには口もつけず、訥々と語り出した。


「自分勝手にパーティーを抜けて、本当にすまなかった……」

「いいえ、私に謝る必要はないです。私もナザリーンたちに謝らなければならない立場ですから」


 ナザリーン――二人の元パーティーメンバーの女性だ。

 先日、彼女からの手紙を受け取ったとシンシアから聞いている。


 あの手紙を受け取ってから、シンシアも罪悪感を抱いている。

 自分だけ幸せに過ごしていることに申し訳なく思っているのだ。


 解散を言い出したのはジェイソンだが、それに乗っかるかたちでシンシアも脱退した。

 俺には見せないようにしているが、そのことに負い目を感じているのだ。


「そうか……。二人の活躍は耳にしているよ。ラーズはジョブランク3に覚醒したんだってな。おめでとう」

「ええ」

「それにシンシアも」

「ありがとう」


 また、沈黙が訪れる。

 それを破ったのはシンシアだった。


「ジェイソンさんは、あれからどうしたんですか? 『無窮の翼』で上手く行かなかったことは聞いてますが……」

「ああ。『無窮の翼』を抜けた俺は、パーティーというものを軽く考えすぎていた。また、みんなが俺を受け入れてくれる。寄り道はしたが、また『破断の斧』でやり直せばいい。そう思っていたんだ。底なしの間抜けだよ」


 ジェイソンの両手は固く握られ、震えている。

 心から悔いている思いが伝わってきた。


「シンシアがいなくなったことは知っていた。でも、ナザリーン、アレキシ、ライホ、三人は上手くやっていると思ってたんだ……」


 ジェイソンが顔をしかめる。


「ナザリーンの泣き顔――あれは堪えたな……。一番気丈だったナザリーンがあんなに取り乱す姿を見て、自分の仕出かしたことの重さを知ったよ」


 握られたこぶしは震えている。


「一時は引退も考えた。だけど……後輩に「まだ辞めるな、やり直せ」って尻を叩かれてな。ツヴィーからやり直すことにしたんだ。この街へ向かう馬車の中では一睡もできなかった。後悔の念で押しつぶされそうだった」


 彼の心中は推し量れない。


「あの日に戻れたら…………何度そう思ったことか」


 過ち。

 後悔。

 懺悔。


「ツヴィーに着いて鏡を見て、自分の姿にびっくりしたよ。信じられなかった。でも――」


 短期間で10歳以上老けこむほどの思い。

 どれだけの重圧なんだろうか。


「これは罰だ。仲間を見捨てたことへの罰なんだ。そう思って、受け入れたよ」

「これを読んで下さい」


 シンシアが一通の手紙を取り出し、ジェイソンに手渡す。

 手紙を受け取ったジェイソンは、真剣な顔で読み始める。

 読み進めるにつれて、手紙を持つ手は震え出し、目からは涙がこぼれる。


 そして、読み終わった手紙を丁寧に閉じると、ジェイソンは泣き崩れた。

 周囲をはばかる余裕もない号泣だ。

 シンシアもつられて、涙を流す。

 俺は離れた場所から見ていることしかできない。


「すまなかった……本当にすまなかった…………」

「私もみんなに申し訳なく思っています」


 嗚咽混じりの謝罪の言葉。


「私が言うのもどうかと思いますが、ジェイソンさんはもう十分に償ったと思います。手紙にあるように、ナザリーンたちもきっといつか受けれてくれますよ」

「ああ、そうだといいな……」

「たしかに、ジェイソンさんは過ちを犯しました。決して許されない過ちかもしれません。ですが、過ちを犯したからと言って、それまでの過去が失くなるわけではないと思ってます」

「シンシア…………」

「何年間も私たちを率いてくれたリーダーはジェイソンさん、あなたなんですから」


 ジェイソンの涙腺が、再度決壊する。


「ありがとう……シンシア」


 シンシアが右手を差し出す。

 ジェイソンはそれをがっしりと両手で握りしめた。


「この話はもう終わりにしましょう。みんな新しい道を歩き始めました。今の話をしましょうよ。あの二人は今の仲間ですか?」

「ああ、今はさっきのヤツらとパーティーを組んでいる。こんな俺でも頼ってくれるんだ。今度こそ、俺は間違えないよ」


 その目は確かに前を見据えていた。

 どれだけの苦痛があったのか。

 俺には想像できない。

 ただ、ジェイソンはそれを乗り越えたのだ。


「私とラーズは――」


 シンシアが近況を語る。

 魔王とか、隠しフロアとかの話は隠したが、それとなく特別な状況であることを伝える。

 ジェイソンは察しているようで、深く追求してこなかった。


「私たちは別の道を歩み始めました。二度と交わらない道でしょう。でも、何年かたったら、また、みんなで集まって、昔話に花を咲かせましょう」

「ああ、そうだな。俺の奢りでハメを外そう」


 未来の約束をして、ジェイソンとは分かれた――。


 その約束が守られるように、俺は俺の役目を果たさなければならない。

 横を見ると、シンシアもまっすぐと前を向いていた。


「それじゃあ、お店に向かおう。お腹すいちゃった」

「ああ、そうだな。もういい時間だ」


 ケロリと言うシンシア。

 これが彼女の強さだ。

 俺が惚れた彼女の強さだ。


 明日はまた、ダンジョン攻略だ。

 彼女と一緒なら、どこまでも歩いていける――。

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