第139話 ララとロロ4
その後も、一緒に昼食を取ったり、他の子どもたちの相手をしたりで、そろそろ夕方にさしかかろうという時間になった。
俺とシンシアは庭のすみに腰を下ろし、子どもたちを眺めていた。
ララは魔道書を読み耽(ふけ)り、ロロは一心不乱に剣を振るっている。
二人だけでなく、他の子たちも火がついたようで、真剣にトレーニングに打ち込んでいる。
ここに来て良かったとあらためて思った。
「あの二人の母親は、俺と同じ村出身なんだ」
「うん……」
「15年前、俺が5歳の頃だ。その人はあの子たちを産むために村に里帰りしたんだ。俺が初めて見た冒険者はその人だった」
子どもたちに視線を向けたまま、俺はシンシアに語り始める。
ララ、ロロとの関係を。
そして、ここにシンシアを連れて来た理由を。
「出産の前後、一年くらいは村に滞在してたんだ。そのとき、冒険者について教わった。彼女が俺の原点なんだ」
漠然と抱いていた冒険者への憧れ。
それが明確なかたちになったのは、彼女との出会いがあったからだ。
「楽しそうに話すんだ。俺が知らない世界のことを」
狭い村の中。
それだけが、5歳だった俺にとって、世界の全部だった。
その外には果てしない世界が広がっている。
それを教えてくれたのが、彼女だった。
彼女の話、どれもこれも、すべてが刺激的だった。
「冒険者のこと。仲間のこと。モンスターのこと。宝箱のこと。そして、なによりも、ダンジョンのこと」
「うん、うん」
「だから、俺は冒険者を目指すことにした。あの時から、冒険者になるために生きてきた」
棒きれを振り回し、文字を覚え、身体を鍛える。
農作業の合間の時間は、全部修行に費やした。
村で唯一の同い年であるクリストフを巻き込んで。
最初は嫌々やっていたクリストフも、いつの間にか真剣に修行に打ち込むようになった。
なにがきっかけだったのか覚えていないけど、気がついたらクリストフも自発的に剣を振っていた。
二人で一緒に冒険者になろうと誓った。
お互いをライバルと認め合った。
俺はクリストフに絶対に負けないぞと思い、クリストフは俺に絶対に負けないと思っている。
互いに刺激し合い、成長していく。
俺はそう認識していた。
だが、それは俺のひとりよがりだった。
アイツは俺に劣等感を抱き続け、鬱屈した思いを蓄積していたのだ。
十数年間も。
クリストフの思いを知ったのは、追放されてからだ。
一番良く知っている幼馴染。
そう思っていたが、アイツのことはこれっぽっちも理解していなかったんだ。
あのとき、アイツを巻き込まなかったら……。
そう思わなくもない。
だが、今さらだ。
すべてはもう過ぎた話だ。
「冒険者としての基礎は彼女が教えてくれた。怒ると怖いけど、優しい人だった。俺が質問しても、嫌な顔ひとつせずに教えてくれたんだ」
――ラーズ、それはね……。
そう言って、丁寧に教えてくれた。
俺が分からないと、分かるまで教えてくれた。
彼女はこの世の理、すべてを知ってるんだって思っていた。
「あの頃はなにも知らなかったから、剣で戦いながら、魔法を打てるようになりたい、なんて考えてた」
物理職は物理職。魔法職は魔法職。
それが冒険者の常識だ。
中にはシンシアみたいなのもいることはいるが、それは極めてまれな例外だ。
ともかく、当時はそんなことすら知らなかった。
「まあ、魔法の才能はまったくなかったんだけどね……」
魔法の才があれば、遅くとも一年も修行すれば、なにかしらの魔法を覚えるものだ。
だが、俺は何年たっても、ひとつの魔法も覚えられなかった。
それでもしぶとく修行を続けたが、十歳になった日に、俺はようやく魔法を諦めた。
「ララとロロが生まれて半年たった頃、彼女は村を去った。冒険者活動を再開するためにね」
その頃すでに【1つ星】。
ここツヴィーの街で、風流洞を攻略中だった。
「旦那さんも冒険者で、パーティーメンバーだった。年に一度は旦那さんと子どもたちを連れて村に里帰りしていたんだ。その度に俺は二人を質問攻めにしてた」
剣の稽古もつけてもらった。
いつも一方的にやられた。
冒険者の強さを身を持って教えてもらった。
だから、俺は増長せずにいられた。
「俺が8歳の頃、二人とも【2つ星】になったんだ」
冒険者タグに刻まれた2つの星印。
子どもだった俺から見れば、それは何物にも代え難い輝きだった。
「二人はサードには進まず、この街で生きていく道を選んだんだ」
――子どもたちを育てるために冒険を捨てる。
臆病だという輩も多いが、俺はそれもひとつの強さだと思う。
誰かのために、自分の道を諦める。
その決断を下すのは容易ではない。
今の俺にそれが出来るとは思わない。
前に進むのとは別の種類の強さが必要なんだろう。
「でも、四年前――」
そこで言葉が詰まる。
思い返す度に苦しくなる。
シンシアは「四年前」という言葉で察したようだ。
冷たくなった俺の手を優しく包み込んでくれる。
シンシアの温(ぬく)もりで、俺の冷えた心が少し暖かくなる。
そのおかげで、俺は続きを話せるようになった。
「四年前の
四年前。
冒険者でなくても、知っている悲劇が起きた。
――スタンピード。
ダンジョン内のモンスターは、絶対に階層間の移動をしない。
そのモンスターたちが浅層に向かって大移動をする現象だ。
数十年に一度しか起きない極めてレアな現象。
そのスタンピードが四年前に風流洞で発生し、多くの冒険者の命が奪われた。
スタンピード発生の報を受けた時、アインスの街にいた俺は二つの相反する思いを抱いた。
その場にいなくて良かったという安心。
その場にいれば救えた命があったかもしれないというもどかしさ。
そのときほど強さを求めたことはない。
強ければ強いほど、救える命は増える。
その為に、俺は強さを求めた。
二度とこんな思いをしなくて済むように。
「そうだったんだ……」
そう言ったきり、シンシアは黙り込んだ。
彼女の手に力が入る。
言葉はない。必要でないから。
なにか言ってしまえば、それがどんな言葉でも、虚飾になってしまう。
そのことを当たり前のように知っているから、シンシアは口をつぐんでいる。
こういうシンシアの優しさに、俺は惚れたんだ。
「俺は一人っ子で兄弟はいない。あの二人は俺にとって弟と妹みたいなものなんだよ」
親の代わりには、なれない。
だが、兄貴代わりなら、それらしいことが出来る。
「俺にとって二人の母親が憧れだったように、俺も二人にとって憧れの存在でいたいんだ」
彼らが追いかけたくなる背中を見せること。
それだけが、俺に出来ることだ。
「この場所は俺にとって大切なものを思い出させてくれる。だから、シンシアにも見て欲しかったし、知って欲しかった」
「ありがとう。嬉しいわ。またひとつ、ラーズのことを知れたわ。今度は私の大切な場所に行きましょう。是非、あなたに見てもらいたいわ」
「ああ、楽しみにしているよ」
いつまでも尽きない元気な子どもたちの声を聞きながら、ゆっくりと時の流れに身を委ねる。
たまにはこういう日も、人生には必要だ。
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
ララロロ編終了!
次回――『孤児院から帰り道』
帰り道。遭遇するのは誰でしょう?
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