第122話 風流洞攻略7日目5:ステフの意地
硬殻実(ハード・ナッツ)の発射数は参加人数に応じて増加する。
百人近い大規模レイドだと、それこそ雨あられの如く、絶え間なく降り注ぐ。
だが、逆に、二人だけだとその数は少ない。
初手に放たれたのは、たったの三発だ。
『――【対角受流(ダイアゴナル・パリィ)】』
盾を構えたステフがスキルを発動――。
【対角受流(ダイアゴナル・パリィ)】は敵の攻撃を受け止めるのではなく、受け流すスキル。
盾職の基本スキルのひとつだが、使い手を選ぶスキルだ。
構える盾の角度、腕に込める力、スキルを発動させるタイミング――これらが上手く噛み合わないと、十全な効果を発揮できない。
実用するには高い技量を要求されるスキルなのだ。
ステフは見事だった。
時間差で襲いかかる三発の硬殻実(ハード・ナッツ)を盾で弾き、軌道を逸らしていく。
「へえ、やるな」
難しい技を完璧に使いこなしている。
基礎スキルを使いこなす方が、高度なスキルを漠然と使うよりも効果的な場合が多い。
その点、ステフは文句が出ないほど【対角受流(ダイアゴナル・パリィ)】を自分のものにしている。
大したものだ。
ステフが完全に防いでくれているので、俺はのんびり感想を言うだけの余裕があった。
『――【対角受流(ダイアゴナル・パリィ)】』
『――【対角受流(ダイアゴナル・パリィ)】』
『――【対角受流(ダイアゴナル・パリィ)】』
硬殻実(ハード・ナッツ)は徐々に弾数を増やしていく。
だがステフは、次々と襲いかかる硬殻実(ハード・ナッツ)を器用にパリィしていく。
基本スキルなので、魔力消費も低く、連発が可能なのだ。
様々な角度から撃ち下ろされる硬殻実(ハード・ナッツ)。
弾けるものは【対角受流(ダイアゴナル・パリィ)】で軌跡を逸し、そうでないものは最小限のステップで躱す。
軽量鎧を装備しているのは、この為だった。
受け流しと避けを使い分け、ステフは捌いていく。
華麗な舞いに目を奪われる――。
自分だけでなく、俺にも被害がないように、完全に計算しつくされた動きだ。
直情的な性格のようだが、意外にも戦闘スタイルは頭脳派だった。
少しずつ増えていく弾数にも、ステフは上手に対応していく。
硬殻実(ハード・ナッツ)が途切れた瞬間、ステフがチラとこちらを見る。
視線が合ったのは一瞬だけだ。
すぐにステフの視線は降り注ぐ硬殻実(ハード・ナッツ)に戻る。
その意図は分からない。
だが、今まで俺に向けられていた棘のある視線とは違い、なにか不思議なものでも見るかのようだった。
敵の攻撃はどんどんと激しくなっていく。
際どいながらも、ステフは無傷でそれをしのぎ切り――ついに射撃が一時止んだ。
ロードの攻撃は、次のフェーズに移行したのだ。
一拍の後――三十発ほどの硬殻実(ハード・ナッツ)が一斉に発射された。
今までのような散発ではなく、ひと塊となってステフに襲いかかかる。
その大きさは直径1メートルを超える。
【対角受流(ダイアゴナル・パリィ)】は連続する中程度の攻撃には相性が良い。
技量さえあれば、今のステフのように、無傷で切り抜けることが可能だ。
しかし、今回の攻撃やガーディアンの突進のような、パリィしきれないような重い一撃は対処できない。
ここまで、ステフの戦いぶりは完璧だった。
問題は、これから迫り来る大質量攻撃だ。
――ひと塊になった硬殻実(ハード・ナッツ)がステフに襲いかかる。
さて、どう対処するのか――お手並み拝見だ。
迫り来る、ひと塊の硬殻実(ハード・ナッツ)。
ひとつの実が4キロ。
総重量は100キロ超え。
それだけの重さが30メートルの高さから撃ち下ろされるのだ。
お得意の【対角受流(ダイアゴナル・パリィ)】では弾けない。
ステフは迷うことなく、瞬時に行動を切り替えた。
ロードの行動ルーチンは把握していると言っていた。
最初から、この攻撃を予測していたのだろう。
デカいカイトシールドの先端を地面に突き刺す。
そして――。
『――【不動盾(フィックスド・ポイント)】』
――スキルを発動させた。
途端、俺とステフを守るように半球状の透明な障壁が出現する。
【不動盾(フィックスド・ポイント)】はジョブランク2盾職の高位スキルだ。
【盾術】のレベルが高くないと使えない。
セカンド・ダンジョン攻略中の冒険者の中で、対物理障壁としては最も強固なものであろう。
スキルとしては問題なし。
後は練度次第だ――。
硬殻実(ハード・ナッツ)塊が障壁と激突し、甲高い悲鳴を上げる。
ステフは盾を握る両腕に力を込め、両足で地面を踏ん張り、真っ向から衝撃を受け止める。
【不動盾(フィックスド・ポイント)】は強力な防御力を誇る反面、一度発動したら障壁を解除しない限り、その場所から動けないという欠点がある。
そして、障壁を破壊された場合、すぐには動けないという欠点も。
一度発動したら、回避行動は取れない。
勝つか負けるか。
イチかゼロかの勝負だ。
その軍配はどちらに上がるのか――。
先端の数個の硬殻実(ハード・ナッツ)が耐え切れず、粉々になる。
だがまだ、半数以上が無事のままだ。
障壁は小さなキズが出来た程度。
まだまだ耐久力は十分残っている。
すぐに後続の硬殻実(ハード・ナッツ)が障壁にぶつかり、またもや、押し合いを始めた。
塊と障壁の凌ぎ合いによって、障壁は赤熱し、焦げ臭い臭いが漂ってくる。
次いで、数個の実が砕けたとき、障壁には薄いヒビが入っていた。
実が潰れるとともに、ヒビも広がっていき――。
やがて――拮抗は崩れる。
パリンと砕け散る障壁。
障壁は全ての実を防ぎ切ることは出来なかった。
最後の五個がステフに襲いかかるッ――。
ステフは先端が地面に刺さった大盾の裏に隠れているが、技後硬直のため、動くことが出来ない。
二つの実が同時に盾に衝突し――盾を押し潰した。
その衝撃でステフは盾の外にはじき出され――硬直が解けたその瞬間に、両手両足を伸ばし大の字で俺の前に立ち塞がる。
最後の三つの実が無防備にさらけ出されたステフの身体に向かって一直線に――。
一瞬、俺は手を貸すべきか悩んだ。
このままだと、確実に大ダメージを負う。
だが、その前に俺が動けば、全ての実を叩き落とし、無傷で乗り越えるのは容易い。
――結局、俺は動かないことを選んだ。
この危機敵状況において、自分の身を犠牲にしてまで仲間を守ろうと――最後の瞬間まで自分の役目を果たそうとするステフの心意気に敬意を抱いたからだ。
硬殻実(ハード・ナッツ)の軌道とステフの立ち位置から、即死は絶対にない。
だから、安心してステフに任せる事が出来た。
左肩。
右腕。
右足。
三箇所に硬殻実(ハード・ナッツ)が直撃した。
障壁によって減速していたこと、盾職であるステフは防御力が高いこと。
二つの理由によって、ステフは硬殻実(ハード・ナッツ)をその身で――しっかりと受け止め、役目は果たしたとばかり、その場に崩れ落ちた。
当然、酷い怪我だ。
足や腕は捻じ曲がり、肩には穴が空いている。
俺は最低限回復する程度のポーションをステフに振りかける。
全快させることも可能だったが、そうはしなかった。
大きな怪我は治るが、小さな怪我はそのまま。
痛みも残ったままのレベル。
根性があればギリギリ立ち上がって戦える状態だ。
ともあれ、ステフは耐えた。
耐え切った。
ボロボロになりながらも、自分の役目をきっちりと果たした。
約束通り、俺を無傷で守り切ったのだ。
心の中で賞賛の拍手を惜しみなく送る。
朦朧とした意識のステフに届くはずはないと知っていながらも――。
絶え間なく降り注いだ硬殻実(ハード・ナッツ)。
すべて防いだが、ここまでは小手調べ。
ここからがロードの本領発揮――そして、俺の出番だッ!
「よし、よく耐え切った。後は任せろッ」
【後書き】
次回――『風流洞攻略7日目6:ロード撃破』
ラーズの出番!
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