第120話 風流洞攻略7日目3:マラソン2

 俺たちは40階層へ向かって駆ける――。


 先頭はシンシア。

 さっきよりも少し速いペースで飛ばしてる。

 近寄るモンスターは鎧袖一触。

 振るわれるメイスによって、消滅させられる。

 メイスを握る手にいつもより力が入っているように思える。


 やっぱり怒っているな。

 知り合って以来、『無窮の翼』の俺への待遇について憤りを顕(あらわ)にすることは度々あったが、ここまであからさまに怒りを表す姿は初めて目にする。

 少し驚いたが、俺のために怒ってくれていると思うと嬉しくなる。


「いやはや、凄いですね」

「ああ、自慢の前衛だ」

「彼女もそうですが――」


 ハイスピードで駆け抜けながら、モンスターどもを薙ぎ払っていくシンシア。

 メンザは彼女のことを褒めたのだと思ったのだが――。


「あなたの精霊術も規格外ですよ。これほどのエンチャントは【3つ星】でも無理です。その上、攻撃にも守備にも使える。精霊術への認識を改めないといけないですね」


 走りながらも、メンザと話を交わす。

 彼にはそれだけの余裕があった。

 一方のステフはしゃべる余裕など皆無。

 それでも必死について来ているようだ。


 シンシアが急いだ結果、十分ほどで37階層を踏破した。

 この上は段々広くなっていくが、このペースなら一時間ほどで40階層ボス部屋まで到着できるだろう。


 メンザは俺と会話しながらだったにも関わらず、息も乱さず涼しい顔。

 魔法職なのにこの体力。

 やはり、【3つ星】は化物だ。


 ステフはと言えば、息を乱し汗もすごい。

 この調子で最後までついて来られるだろうか?


 そんなステフに、シンシアは回復魔法を使おうとしない。

 彼女なりにステフを見極めようとしているのだろう。

 先ほど明言したように、ついて来られないようだったら、シンシアはステフの加入を認めないだろう。


 それは俺も同感だ。

 好き嫌い以前に、これをクリアできない実力だと、この先、簡単に命を落としかねない。

 この試験はステフのためでもあるのだ。


   ◇◆◇◆◇◆◇


 ――一時間後。


 俺たちは40階層ボス部屋前にたどり着いた。

 風流洞最上層、ここのボスを倒せば晴れて【2つ星】だ。

 俺は半年前、シンシアは三ヶ月前に討伐したばかり。

 ステフにとっては初挑戦の相手だ。


 なんとか脱落せずに済んだステフだが、床に倒れ込み、大の字で深呼吸を繰り返している。

 疲労困憊。クタクタのバテバテだが、なんとか最後までついて来ることが出来た。


 シンシアはステフがギリギリついて来られるかどうかのペースで走った。

 能力的に可能だが、本気で根性を出さないとついて来られないペースだ。


 脱落するかとも思ったが、ステフは懸命に食らいついてきた。

 最初の試験は無事クリア。

 少なくとも、根性は大したものだ。


『――【聖癒(ホーリー・ヒール)】』


 ステフの身体を聖なる光が包み込み、乱れていたステフの呼吸が収まっていく。

 これで疲労は全快だ。

 何度も身を持って体験している俺にはよく分かる。

 これでボス戦にも問題なく挑めるだろう。


 【聖癒(ホーリー・ヒール)】の並外れた効力に驚きながらも、ステフは立ち上がる。


「ありがとう、シンシア。キミの魔法もキミみたいに素敵だね」

「…………」


 ステフはナチュラルに甘い言葉を吐くが、シンシアは素っ気ない態度を示す。

 やっぱり、まだ怒っているようだ。


 ボス部屋前のセーフティー・エリアには数十人の冒険者たちが待機していた。

 彼らの視線が俺たちに集中する。


「支部長だ」

「それに【絶壁】ステフも!」

「その呼び方、ぶん殴られるぞ」

「ステフさん、ヘロヘロじゃん。どしたの?」

「ボス戦でもへばる事ないのに……」

「一体、どうしたんだ?」


「後の三人は誰だ?」

「男はラーズさんだ。『無窮の翼』の」

「あれ、『無窮の翼』って崩壊したんじゃなかったのか?」

「その前に追放されたらしいよ」

「じゃあ、新パーティか?」

「なんで、支部長たちと一緒なんだ?」


「後の二人は?」

「金髪は『破断の斧』のシンシアだ。共闘したことがある」

「ああ、可愛い顔してメイスぶん回してたな」

「めちゃくちゃ美人だな」


「赤い髪の美少女は何者?」

「あきらかに成人してないよな?」

「知らんけど、彼女もとんでもない美少女だな」


「ラーズさん、モテモテだな」

「ハーレムパーティーとか羨ましすぎる」

「追放されたときは同情したけど、これはうらやまけしからん」


 そんな冒険者たちの声が聞こえてくる中、一人の男がこちらに歩み寄ってきた。


「支部長、今日もですか?」

「今日は一回だけです。これで最後ですよ。今、空いてますね?」

「はい。今は休憩中です」

「では、先に狩らせてもらいましょう。私一人のときより早く終わると思いますよ」


 道中で本人から聞いた話だ。

 元々メンザは能力維持のため、定期的にソロでここのボスを狩っていたそうだ。

 そして、俺たちに同行すると決めて、この数日は毎日狩りまくっていたらしい。

 なんでも、現役当時の勘を取り戻すためだとか。

 そういうわけでラスボス攻略中の冒険者たちに支部長のボス狩りは知れ渡っているのだ。


「ラスボスは俺とステフで倒す。二人は下で待っててくれ」

「そうですか――分かりました」


 メンザはすぐに俺の意図を察したようだ。

 シンシアもサラも俺の実力を知っているので、黙って頷いている。

 だが、ステフは――。


「無茶だ。私は初見。いくらこの男が凄腕でも、二人きりで倒せるわけがない」

「怖いのか?」

「なッ!」

「ビビってるなら、そこから帰ればいい」


 部屋の隅にある転移クリスタルを指し示す。


「ビビってなどいないッ!」


 虚勢かもしれないが、ステフは強気を見せる。


「攻撃は俺に任せろ。おまえはタンクとして自分の仕事を果たせばいい。出来るか?」

「…………出来るッ! やってみせるッ!!」


 問いかける俺の視線を受け止め、意志のこもった視線を投げ返してくる。

 根性に加えて、気概もなかなかだ。


「途中で怖くなったら、いつでも逃げて構わないぞ」


 ここのボス部屋は戦闘中、入り口ドアが開きっぱなしになる。

 危険だと思ったら、いつでも退却できる。

 まあ、いざそうなったら、逃げるより先に俺が倒すけどな。


「逃げたりなぞ、するものかッ!」


 俺の挑発を真正面から受け止める。


「ということだ。二人はまた下で。サラも戻って」

「あーい!」


 返事とともにサラの姿が消え、俺の体内に戻った。

 メンザはその光景を興味深そうに見届けると、ステフに忠告する。


「『無窮の翼』を支えてきた男の真価、自分の目でしっかりと確かめるのですよ」

「…………」


 そう言い残すと、メンザはシンシアとともに転移していった。


「行くぞ、ステフ」

「ああっ!」


 ステフにかかっているエンチャントを解除する。

 バフがかかっていないコイツの素の実力を知りたいからだ。


 俺はステフと二人でボス部屋の扉を開く。

 風流洞ラスボスであるイヴィル・トレント・ロードが待ち受ける部屋へ――。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 次回――『風流洞攻略7日目4:イヴィル・トレント・ロード』

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