第113話 会食2

「なにはともあれ、乾杯といきましょう――」


 メンザさんの言葉に合わせ、給仕が皆のグラスに注いで回る。


「ネクタール!?」


 先に気づいたのはシンシアだった。


 給仕が手にしているボトル。

 そのラベルに描かれた果実の絵で俺も理解した。


 ネクタール――それは世界樹の果実から作られた希少な蒸留酒だ。

 グラス一杯で寿命が一年伸びるとも言われる逸品。

 噂には聞いていたが、実物を目にするのは初めてだ。


「我々エルフ族、出来る限りのおもてなしですわ」


 ブリューテ陛下が柔らかい笑みを浮かべる。

 親しい知人に向ける笑みだ。


 皆の手にグラスが行き渡り、ブリューテ陛下がグラスを掲げる――。


「我々の出会いに。そして、素晴らしき未来へ――」


 ブリューテ陛下の言葉に、皆、グラスを掲げる。


「どっ、どうしよ、ほんとに飲んでいいのかな?」

「ああ、滅多にない機会だ。しっかりと味わわせてもらおう」


 遠慮して飲まないのは、逆に失礼だ。

 そう思い、ネクタールを口に含んだ瞬間――言葉に表せない衝撃を受けた。


 さすがは、世界三大美酒のひとつと言われるネクタール。

 今まで高級酒といわれるものを何度か飲んだことがあるが、まったくの別次元だ。

 嗅覚と味覚がネクタールに支配され、喉を滑り落ちると同時に、全身に活力がみなぎっていく。

 飲めば寿命が伸びるというのも、あながち嘘ではないのかも。


 隣を見ると、シンシアもあまりの美味しさに目を見開いて固まっている。

 一方、向かいの三人は慣れた様子で、ゆったりとネクタールを味わう余裕が見受けられる。


 いかん。この味に慣れてしまったら、他の酒が飲めなくなる。

 俺は安酒でも十分満足な冒険者舌なので、それは非常に困る。

 今日は特別なんだと身体に言い聞かせておかないと……。


 ――会食は穏やかに進んでいった。

 饗された料理も一級品のエルフ宮廷料理で、見た目も味も格別だった。

 まさに、国賓待遇だ。


 食事中の話題はもっぱら、俺たちの今までについてだった。

 『無窮の翼』から追放され、精霊王様から力を授かり【精霊統】になったこと。

 シンシアと『精霊の宿り木』を立ち上げ、ファースト・ダンジョンにトライしたこと。

 火の試練を受け、サラが仲間に加わったこと。

 そして、風流洞第41階層とウッド・ゴーレム・ガーディアンのこと。


 メンザさんとブリューテ陛下の二人に訊かれるがままに答えていった。

 二人とも報告書で知っているだろうが、俺たちの口から直接聞きたかったのだろう。


 ちなみに、ブリューテ陛下以外の王族としてクラウゼ殿下のみがこの会食に参加している理由は、今国内にいる直系の王族は陛下とクラウゼ殿下だけだからというもの。

 女王陛下の王配はすでに身罷(みまか)られており、子どもである第二王子と第一王女は冒険者として他のダンジョンに挑んでいるそうだ。


 ひとつ気になったのはクラウゼ殿下の態度だ。

 会話にはほとんど加わらず、たびたびロッテさんに視線を送るばかり。

 だが、当のロッテさんは気づいていないのか、あえて無視しているのか、まったく反応を示さなかった。


 やがて、話が一段落し――。


「お二人の人柄はよく分かりました。聞いていた通りの素晴らしい人柄です」

「ええ、信頼に足る人物ですね」


 どうやら、二人のお眼鏡に叶ったようだ。

 話し終え、肩が少し軽くなる。

 自覚していなかったが、俺も緊張していたようだ。


「それでは、本題に入りましょう。まずは女王陛下から」

「そうですね」


 係の者から丸められた羊皮紙を手渡される。

 エルフ王家の印である蜜蝋で閉じられていた。


「こちらは?」

「我らエルフ族からの心ばかりです。どうぞ、お納め下さい」


 羊皮紙を広げ、シンシアと二人で読み始める。

 エルフ族から俺たちに贈られる金品の目録だった。

 まず最初に書かれている数字が――!!!


「5,000万ゴル!!」


 冒険者の平均生涯収入が2,500万ゴルだ。

 王家の予算からすれば大したことがないが、個人として受け取るには大きすぎる額だ。

 これだけあれば即リタイアして、悠々余生を過ごすことができる。

 まあ、そんなことはしないけど。


 そして、以下には高価なポーション類などの消耗品が名を連ねている。

 これだけでも2,000万ゴルを下らないだろう。


 ここ二日間、魔力ポーションを大量消費して、ハイスピードのレベリングをしてきた。

 アインスの街で大金を得たから出来た方法だが、そろそろ底をついてきたところだ。


 だから、資金とポーションの提供は助かる。

 しばらくは41階層でレベリングを続ける予定だが、これからも惜しみなくポーションが使える。

 素直にありがたい提供だった。


 そして、最後に「王家の許可証」――これを見せれば、最賓客としての扱いを受けれるそうだ。

 今すぐなにに使うというわけではないが、いざ、なにかあったときに、これほど心強いものはない。

 こちらも、ありがたい申し出だった。


「こんなに頂いても、よろしいのですか?」

「ええ、エルフ族は総力を上げて、あなた方を支援いたします。他にも必要な事があれば、遠慮なくお伝え下さい」

「分かりました。そうおっしゃられるのであれば、ありがたく頂戴いたします」

「よろしくお願いします。我々が援助するのにはちゃんと理由があるので、気兼ねは不要ですよ」

「それはどういった……」

「あなた方の活躍は我々エルフ族先祖代々の悲願でもあるのです」

「悲願……ですか」

「今までエルフ王族だけで秘匿していた情報があります。これは冒険者ギルドにも内緒にしていた――国家機密です」






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 大盤振る舞い!

 エルフは気前がいいです!


 次回――『会食3』


 国家機密!

 わくわく!

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