第112話 会食

 ――午後四時。


「おつかれ〜」

「「おつ〜!」」


 シンシアとサラの声が重なる。

 ほんと、今日一日で仲良しになったものだ。


 予定のガーディアン百体討伐を成し遂げたので、少し早いが切り上げる。

 今日の成果はといえば、俺がレベル250から258へ、シンシアが248から257へと上がった。

 昨日より成長率は落ちているといえ、通常では考えられない上がり方だ。


 成長が実感できるときは嬉しくてつい欲張りがちだが、そこはグッと我慢だ。

 ダンジョン攻略は長期戦。

 一時的に飛ばしても、息切れしてしまう。


 ここは焦らず、無理せず。

 一日の目標を定め、達成したら切り上げる。

 明日も「2の1」ルールに従って、ちゃんと休む。

 冒険者にとって、自分を律することがなによりも大切だ。


「じゃあ、サラ、また明後日」

「サラちゃん、またね」

「むー」


 明日会えないことでサラが少しむくれるが、シンシアが抱きしめると納得したようだ。

 サラに別れを告げ、ダンジョンを後にした。


 約束の会食の時間までは余裕があったので、ポーション類の買い足しを済ませてから拠点に戻る。

 途中、アインスのオニギリ屋台店主の弟子が営業している屋台へ寄った。

 シンシアは甘味オニギリを大量に買い込んでホクホク顔だ。


「お風呂、お先にどうぞ」

「ええ、ありがと」


 本当は一緒に入りたいところだが、この後のことを考えて我慢する。

 順番に入浴し、会食に相応しい格好に着替えた。

 俺は以前、王様と謁見する際にあつらえた一張羅。

 シンシアも淡いスカイブルーのシンプルなロングドレス姿。


 いつもは戦闘のジャマにならないように結い上げられている金髪。

 今は機能性ではなく、見た目が映えるように、丁寧に細やかに編み込まれている。


「どうかしら?」

「ああ、とっても似合っているよ」


 思わず見惚れてしまい、気がついたらシンシアのそばに吸い寄せられ、細い腰に腕を回していた。


「綺麗だよ。誰にも見せずに、独り占めしたいくらいだ」


 そっと顔を寄せ、耳元で囁く。


「嬉しいわ。ラーズも素敵よ」


 そっと唇が重なり――。


 しばし、イチャついているとロッテさんがやって来た。

 朝のどんよりとした様子ではなく、少し明るい様子だったので安心した。


「では、向かいましょう――」


 ロッテさんに先導され、街を歩く。

 隣を歩くシンシア。

 恥ずかしいのか、腕は組んでこない。


 視界を占めるのは世界樹。

 夕日に赤く染まったその雄大さ。

 何度見ても、圧倒される。


「どこに向かってるの?」

「着くまでのお楽しみです」


 お偉いさんとの会食ということで、ギルド内か高級レストランを想像していたのだが、街中もギルドも通り過ぎていく――。


 世界樹の真下まで来て、ダンジョン入り口を迂回し、世界樹を回りこんで進んでいく。


「ひょっとして……」

「ああ、みたいだな」


 市街地を離れると、この辺りはエルフ族の居住地。

 そして――。


 目の前には世界樹をくりぬいて造られた巨大な階段。

 上を見上げると、四角い無数の窓から灯りが漏れている。


 ここは――エルフ王族の居城だ。


「さあ、参りましょう」


 ロッテさんがギルド職員証を提示し、階段へ向かう。


 この場所を訪れるのは二回目。

 『無窮の翼』で風流洞をクリアした後、女王陛下に謁見する名誉を授かったのだ。

 その時は謁見の間だったが、今回は別の場所に連れて行かれる。


 王族との会食ということで、広く立派な食堂を予想していたのが、案内されたのは質素でこじんまりした部屋だった。


 室内にいたのは三人。

 テーブルの奥に並んで座っている。

 そのうち二人は見たことのある顔だった。


「呼びつけて済みませんね」


 声を発したのは左側に座っている老男性。

 冒険者ギルド・ツヴィー支部長であるメンザさんだ。


 そして、残りの二人。

 中央にはエルフ族の女王陛下。

 右側にいるエルフ男性は初めて見る顔だ。


「ご紹介いたします。こちらが『精霊の宿り木』のお二人。ラーズ氏とシンシア嬢です」


 ロッテさんの言葉に続いて、俺とシンシアは頭を下げる。

 俺は人族やエルフ族の王族と面会したことがあるので、それほどでもないが、シンシアは緊張して固くなっている。


「今日は非公式な会食です。かしこまる必要はないですよ」


 それを見越したのか、メンザさんがフォローしてくれる。

 穏やかな声だ。だが、彼はれっきとした【3つ星】冒険者。

 物腰が柔らかいからとナメてかかり、痛い目を見た冒険者の話は枚挙にいとまがない。


「そして、わたくしが――」

「ロッ、ロッテリア……」


 ロッテさんが自己紹介を始めたところ、驚いた様子でエルフ男性が立ち上がった。


「お初にお目にかかります、クラウゼ殿下。冒険者ギルド職員で、『精霊の宿り木』専属担当官を務めておりますロッテと申します。どうぞお見知りおきのほどを」

「あっ、ああ……」


 立て板に水のロッテさんに、あっけに取られた様子でクラウゼ殿下は固まっている。


「クラウゼ、失礼ですよ」

「すっ、すみません。母上」


 女王にたしなめられ、クラウゼ殿下は慌てて席に着く。

 二人の間にはなにか因縁があるんだろうか?

 ロッテさんはいかにも初対面という態度だが、殿下の反応からすると二人は既知の間柄だろう。

 それに、殿下が発した「ロッテリア」という名前も気にかかる。

 同じエルフ族、二人はどんな関係なんだろうか――。


「では、こちらも名乗らせていただきましょう――」


 メンザさんの言葉に、俺は考えを中断する。


「知っていると思いますが、私は冒険者ギルド、ツヴィー支部長のメンザです」


 名乗ったメンザさんは続ける――。


「そして、第一王子であらせられるクラウゼ・ヴァント・エフティミアディス殿下」


 右端に座るクラウゼ殿下が軽く頭を下げる。

 その意識は俺たち二人ではなく、ロッテさんに向けられているのが丸分かりだ。

 悪い人じゃないことは伝わってくるが、王族としてそれはマズいのではと心配になる。


「中央におられますはブリューテ・ヴァント・キルシュ・エフティミアディス女王陛下」


 ロッテさんと変わらぬ若々しく美しい姿だが、すでに在位数十年。

 エルフ族が老いを知らないと言われるのも納得だ。


「お二人にお会いできて嬉しく思います。お二人は大切なお客様です。どうか、友人のように気兼ねなく接してくださいね」

「とまあ、そういうことです。二人とも普段通りに振る舞って下さい」


 いきなり「王族相手に普段通りで」と言われても、対応に困る。

 どうしたものかと悩んでいると、メンザさんが続けた。


「現在、エルフ族に限らず、諸国の間で最も重要な人物はラーズ、あなたです。理由は分かるでしょう?」

「ええ、魔王の件ですね」

「そう。我々の未来はそなたの肩にかかっています。なので、本来ならこちらが謙(へりくだ)らなければならない立場なのです」

「いえ、恐れ多いです。俺は一介の冒険者です」

「あなたがそういう性格なのは知ってます。だからこそ、お互い気遣いは無用でいきましょう。陛下もそれをお望みです」


 しばし、俺は考えこんで――。


「そういうことでしたら。ブリューテ陛下、クラウゼ殿下、今日はよろしくお願いします」

「よっ、よろしくお願いします」


 俺に合わせてシンシアも頭を下げるが、やはりまだ緊張している。


「なにはともあれ、乾杯といきましょう――」





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 二人はどんな関係なんでしょう?


 次回――『会食2』


 会食は全4話です。

 いろいろ重要な情報が出てきます。

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