第106話 風流洞攻略1日目9:ゴーレム戦3

 ――回復か、ここで勝負に出るか。


 普段の俺だったら、回復して立ち直すことを選んだろう。

 勝負に出るにはリスクが高すぎる。


 だが、風精霊たちが騒ぐ。

 「いけー、いけー」と俺の背中を押す。

 風精霊たちに従えと――直感が囁(ささや)く。


「シンシア、回復はいらない。次で勝負を賭ける」

「分かったわ!」


 ゴーレムは拳を戻し、反対の拳を振り上げ――。


 俺は風精霊に残りの全魔力を与える。

 餌に群がる仔犬たちのように、風精霊はひと塊になり、新たな術の使い方を教えてくれる。


「シンシア、俺の術が発動するのと同時に飛び出して」

「うん!」


 顔は見えないが、シンシアの信頼が背中越しに伝わってくる。

 自然と口角が上がった――勝てる!

 風精霊に導かれるまま、術を組み立てていき――。


「今だッ!!」


 ゴーレムが拳を振り下ろそうとした瞬間、俺は叫び、シンシアがゴーレムに向かって跳び上がる。


 そして、長かったサラの詠唱もようやく終わる――。


 ――この夜、この世の、理(ことわり)すべて、焼いて燃やして消し炭に。


『――【活火激発(かっかげきはつ)】』


 モンスター・ファームで四百体を葬った【活火激発(かっかげきはつ)】。

 【火弾】と違って長い詠唱を必要とするが、今のサラの最大火力だ。

 視界を覆い尽くすほどの火蜥蜴が現れ、ゴーレムの背中へと吸い込まれるように飛んで行く――。


 そして、ゴーレムの拳が俺の頭部へ吸い込まれる直前――。

 ギリギリのところで、俺の術も間に合った。


『風の精霊よ、集い、固まり、縮まりて、敵を穿(うが)つ弾となれ――【風凝砲(ウィンド・キャノン)】』


 両腕を斜め上に突き出し、ゴーレムの胸部に向ける。

 凝縮された風精霊が、大砲の弾のように、凄まじい勢いで飛び出した――。


 その反動で上体が後ろにのけぞり、無防備な俺の頭はゴーレムにぶん殴られた。

 後ろに弾き飛ばされながらも、視界の片隅にシンシアの勇姿をとらえる。


『――【天誅(ディヴァイン・ジャッジメント)】』


 二度、三度と床をバウンドしてから、俺は床に投げ出される。

 全身、怪我だらけだが、特に酷いのは両腕だ。

 全力で放った【風凝砲(ウィンド・キャノン)】の代償で、俺の両腕はボロボロになっていた。

 肘から先がちぎれかけ、まともに動かせない。


 ――ッ。


 腕が使えないので上体を起こせない。

 なんとか首に力を入れ、顔を上げる。

 視界に映ったのは、胸の装甲が破れ緑色の魔法核(コア)を覗かせたまま、崩れ落ちるゴーレムの姿だった――。


 振動が全身を傷めつける。

 頭がクラクラする。


 ――ズタボロだ。


 でも――勝つことが出来た。

 俺たちは勝ったのだ!


 三人の最大火力を叩きつけることによって、ようやくゴーレムを倒すことが出来た。

 恐るべき強敵だった。


「ラーズ、大丈夫っ?」


 心配そうにシンシアが駆け寄ってくる。


「ああ、なんとか」

「いますぐ、回復するわね」


 シンシアが詠唱を始める。

 先ほど自分にかけた短縮詠唱ではなく、時間のかかるフル詠唱だ。

 それだけ、俺の状態は酷いのだろう。


『――【聖癒(ホーリー・ヒール)】』


 聖なる光に包まれる。

 シンシアのように優しい光だった。

 いつまでもこの光に包まれていたい心地よさだったが、光は一瞬で消える。

 怪我が治り、俺の身体は全快していた。


「ありがと、助かった」

「無事で良かったわ」


 どんな怪我をしようと、死にかけようと、それが治るのであれば、冒険者にとっては無事のうちだ。

 シンシアの手を借りて、俺は立ち上がる。


 ゴーレムはすでに消え去っており、魔法核だったものは大きな魔石へと姿を変えていた。

 その奥では、力を使い果たしたサラがへたり込んでいる。


「大丈夫か?」

「もうだめー、お腹すいたー」

「ははっ、ちょっと待ってろ」


 俺は魔力ポーションを飲み干してから、サラに魔力をたっぷりと流し込んでやる。


「ぷはー、元気ー」


 回復したサラはすくっと立ち上がる。

 髪の赤みも元気を取り戻し、つややかに輝いている。


 俺は魔力ポーションをもう一本飲みながら、サラの頭を撫でてやる。


 今日はダンジョンに入ってから魔力ポーションを飲みまくっているが、アインスを出る前にギルドからもらった報奨金でポーション類はたっぷり買い溜めておいたから大丈夫だ。

 ポーションを使い惜しんで痛い目を見るよりは、ガンガン使っていった方が百倍マシだ。


「サラ、よくやった! サラがいなかったら勝てなかったよ」

「えへへー」

「ホント、サラちゃん大活躍よっ」


 シンシアにも褒められて、サラは上機嫌だ。


「シンシアもよく踏ん張ったな。痛かっただろ?」

「なに言ってるのよ。ラーズの方が重傷だったじゃない」

「まあ、これくらいはよくあることだ」

「そんなことないわよっ! 一体、どんな無茶してきたのよっ!」

「ははっ」


 俺は軽く笑い飛ばす。

『無窮の翼』にいた頃は、これくらいの怪我はよくあった。

 アイツら、自分勝手だから、俺が庇わないとピンチになる局面が何度もあったからだ。

 それが自分の役割だと思っていたので、その事自体は気にしていない。

 だけど、重傷で起き上がれない俺よりも、かすり傷のクリストフを優先させるクウカは、どうかと思っていた……。


 いやあ、それにしても久々の大苦戦だった。

 『無窮の翼』時代は、これほどの苦戦は中々なかったし、よく考えればシンシアと攻略を始めてからまともなダメージを喰らったのは初めてだ。


 だが、楽しかった。

 俺は命がけの戦いを楽しんでいた。

 勝てたことはもちろん嬉しいが、それ以上にヒリヒリと肌が焼けるような感覚はそれ以上に心地よかった。


 ――死にかけることによって、本当の生を実感できる。


 まったく、冒険者とは難儀な生き物だ。


 戦い方には、まだまだ改善点が多い。

 だけど、まあ、それもしょうがないだろう。

 相手は未知のうえ、格上モンスターだったし、こちらは三人揃っての緒戦で、連携もまだまだ不十分。


 逆に言えば、俺たちはまだまだ強くなれる余地がたっぷり残っているということだ。


 第41階層、最初の洗礼がこれほど強い相手だった。

 こっから先、一筋縄ではいかないだろう。


 だけど――武者震いが走る。

 厳しい試練を与えられて、興奮している俺がいた。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

次回――『風流洞攻略1日目10:ゴーレム戦を終えて』

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