第101話 風流洞攻略1日目4:発見

 モンスター・ファームを離れ、狭い通路を進んでいく。

 といっても、20メートルほど進んで角を曲がるとすぐそこはセーフティ・エリアだ。


 セーフティー・エリアには二種類あって、広く大勢が過ごせる場所と、狭くチェック・ポイント登録と転移のためだけの場所がある。


 ここは後者で、五人も入れば窮屈さを感じるほどの小さな部屋。

 その中央にはひと抱えはある正八面体の無色透明なクリスタルが浮いている。

 それだけだ。


 このクリスタルがいわゆる転移結晶で、冒険者タグをかざすことでチェック・ポイント登録が完了し、今後この場所から転移したり、この場所へ転移して来たりが可能になる。


 以前もここに登録して二、三日モンスター・ファームのお世話になったが、なにかそのときとは異なる違和感を覚える。

 知覚は出来ないが、心に小骨が引っかかったようなむず痒さ。

 そっと吹き抜けた冷たい風が頬を撫で、その感覚は増幅される。

 それはシンシアも同じだったようで――。


「ねえ、ラーズ、なんか変じゃない?」

「ああ、精霊がざわついている」


 さっきから俺の周囲を飛ぶ精霊たちの様子が少しおかしい。

 いつもより落ち着きがないようだ。

 ただ、不安感や恐怖は感じられないので、俺はそれほど心配していない。


 この場所にはきっとなにかがあるのだろう。

 サラは俺たちや他の精霊たちよりも早くこれに気がついて、ここまで誘導してくれたんだろう。


「サラ、これは?」

「あくてぃべーと、するねー」


 サラは俺の問いかけには答えず、無警戒にクリスタル近づいて手をかざす。

 魔力の流れが手からクリスタルに向かい――クリスタルが緑に色づいた。


「これは……」

「あのときみたい……」

「できたよー」


 思い出されるのはファースト・ダンジョン最下層。

 ラスボスを倒した後の部屋のことだ。

 あの時も火精霊によって、透明なクリスタルが赤く変色した。

 そして、火精霊王のいる世界へと転移したのだった。


「この先に風の精霊王様がいるのか?」

「うーん。たぶん、違うと思うよー」

「そうなのか?」

「ここは風精霊の領域だから、サラの感覚はちょっと弱いのー。でも、たぶん違うと思う」

「そうか」

「けど、この先に進むのが、あるじどののためだと思うよー」

「そうか。シンシアはどう思う?」

「私もサラちゃんに賛成よ。精霊はみんな良い子。サラちゃんが騙したりするはずないもの」

「そうだな。ただ、なにが出て来るか分からない。油断は禁物だ」

「ええ、そうね」

「おー!」


 ダンジョン入り口でかけたエンチャントは、時間経過で効果が減衰している。

 念の為にエンチャントをかけ直し――。


「よし、行くぞ」


 冒険者タグをクリスタルに触れさせる。

 静かな部屋、固唾を呑んで見守る俺たち。


 響き渡ったのはピーンという高い音。

 冒険者にとっては馴染み深い、チェック・ポイント登録が完了した音だ。


 てっきり、またどっかに飛ばされるものだと予想していただけに、俺もシンシアも拍子抜けする。


「あれ? 登録されただけ? ちょっと、シンシアもやってみて」

「ええ、やってみるわ」


 今度はシンシアが俺と同じようにするが――やはり、同じ結果だ。


「あれ〜? どうもならないわね」

「そうだな……」


 どうしたものかと思っていると――。


「あるじどのー、それ見てみてー」


 サラが指差したのは俺の首元だ。


「冒険者タグか?」

「うん。それそれー」


 冒険者タグを手に取り、微弱な魔力を流す。

 冒険者タグには自分のステータスの他、登録したチェック・ポイントの情報が記載されている。

 風流洞のチェック・ポイント一覧を開いて、俺は動きを忘れ、口を開けたまま固まってしまった。


 一覧に表示されているのは――。


 ――第1階層1、3。


 これは入り口とこの場所だ。

 ここまではなんの問題もない。

 問題なのは――。


「第41階層!?!?」

「えッ!?」


 俺の言葉に驚いたシンシアも慌てて自分のタグを確認する。


「ほっ、本当ね」


 俺たちが驚くのも当然だ。

 だって、風流洞は全40階層なのだ。

 もし、第41階層が存在するとなれば、それはまだ誰も見たことのない伝説の上層部に行けるということ――間違いなく歴史的発見だ。


「凄いわっ、大発見よっ!」


 感極まったシンシアが抱きついてくる。

 二つの嬉しさが合わさって、俺も抱き返す。

 世界樹の花とはまた異なった芳しい香り。

 そして、シンシアの柔らかい身体。

 興奮で頭がクラクラする。


 そんな俺たちに触発されたのか、サラまで「あるじどのー」と抱きついてくる。

 火精霊であるサラの身体はポカポカと暖かい。


「サラ、お手柄だっ!」


 片手はシンシアの腰に回し、もう片方の手で功労者であるサラの頭を優しく撫でる。


「にへへー、あるじどの、もっとー」


 そんな幸せな状況をしばらく満喫したが、やがて冷静になったシンシアが――。


「あっ、ごっ、ごめんなさい。つい、興奮しちゃって……」


 真っ赤な顔をして、俺から離れる。


「いいよ。気にしないで。俺も嬉しかったし……」


 歴史的大発見だ。

 浮かれてしまうのも仕方がない。

 それに、正直、シンシアに抱きつかれたのは役得以外のなにものでもない。


 風流洞攻略1日目で、こんな発見をしてしまい、俺もシンシアも大興奮だ。

 過去通った道を強くなった状態で無双するのも楽しいが、未知の領域に足を踏み入れる楽しみはそれ以上だ。


 見知らぬ場所を己と仲間の力を合わせて切り開いていく――これぞ、冒険者の醍醐味。


 ひとつ問題があるとすると――。


「また、休みを奪ってしまった。ロッテさん、ごめんなさい」


 間違いなく、ロッテさんに怒られるな……。





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

次回――『風流洞攻略1日目5:第41階層』


未踏領域突入!

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