第102話 風流洞攻略1日目5:第41階層
さて、目の前には第41階層に転移可能なクリスタルがあるわけだが……。
「この先になにがあるか知ってる?」
ここまで案内してくれたサラに尋ねる。
「うーん、わかんないー。こっちから風精霊の匂いがしただけー」
「そうか……」
サラの役目は俺たちをここまで連れてくること。
こっから先どうするかは俺たち次第だ。
「シンシアはどう思う?」
「行くしかないと思うけど、判断はリーダーに任せるわ」
「そうだな。よし、じゃあ、転移してみよう」
ここで悩んでいても時間のムダだ。
鬼が出るか蛇が出るか。
行ってみなければ分からない。
「いきなりモンスターに襲われる可能性もある。警戒しておいて」
「ええ」
「はーい」
俺が言うまでもなく、シンシアはメイスを構えて臨戦態勢。
お気楽に答えるサラも油断はしていないようだ。
「ちなみに、俺たちが転移したら、サラはどうなるんだ?」
「だいじょぶだよー。サラもついて行くよー」
サラも問題なく転移できるようだ。
それを確認した俺は冒険者タグをいじり、転移先を第41階層に指定する。
転移クリスタルはリーダーが操作すれば、パーティーメンバー全員も同じ場所に転移する仕様になっている。
冒険者タグを緑色のクリスタルに押し当てると、次の瞬間――視界が切り替わり、俺たちは見覚えのない場所に立っていた。
最初に感じたのは、強い風だ。
シンシアの金髪とサラの紅髪が風になびく。
シンシアは髪を押さえつけようとする一方、サラはまったく気にしていない。
ただ、風は強い割に攻撃的ではなかった。
まるで、優しく俺たちを鼓舞するかのようだ。
なぜか、アインスの街でお世話になったカヴァレラ師匠の顔が頭に浮かんだ。
そして、次に感じたのは風によって運ばれてくる甘く芳醇な香り。
以前嗅いだことがある世界樹の実の匂いだ。
しかし、これほど濃密な香りは初めて体験する。
世界樹の実は上方に行くにつれて増えていくが……。
我に返った俺は、すぐに辺りを見回す。
次いで【探査(サーチ)】で周囲の気配を探り、近くにはモンスターがいないことを確認。
「とりあえず危険はないようだな」
「ええ」
「近くに敵はいないよー」
見たところ、壁や床は今までと変わりがない。
きっと、ここも世界樹の中だと思われる。
この場所は転移前と同じような狭い小部屋。
外へと向かう通路がひとつだけ。
部屋の中央には緑色の転移クリスタル。
そして――。
「外が見えるわよ」
「見てみようか」
モンスター・ファームと同じように、壁の一面から外が覗けるようになっていた。
強い風はここから吹き込んでいた。
「うわ〜、絶景ね」
「これは凄い」
俺もシンシアも広がる光景に目を奪われる。
今まで、世界樹の高い場所から外を見たことは何度もある。
それこそ、風流洞の最高階層である第40階層からも。
しかし、ここから見る光景はまったくの別物だった。
下界は限りなく小さく、遥か遠くまで見渡せる。
「こりゃ、相当高いな」
「ええ、あっちに巨石塔(サード・ダンジョン)が見下ろせるわよ」
「ホントだ」
以前第40階層から見たときは、巨石塔の最上部は見上げるかたちだった。
しかし、今はそれが見下ろせる。
なんとなく第41階層は第40階層のすぐ上にあるものだとばかり思っていたが、ここは世界樹のかなり高いところにあるようだ。
うん、これはロッテさんに怒られるのは間違いないな……。
俺とシンシアが絶景に見入っている一方、サラは興味なさそうにぼーっとしている。
精霊であるサラにはとっては、あまり興味がないようだ。
ともあれ――。
「とりあえず、登録しようか」
「ええ、そうね」
シンシアは名残り惜しそうにしていたが、俺たちは冒険者タグをクリスタルに押し当てる。
「さて、まずは一回戻ろうか」
「えー、こっち行こうよー」
サラが不服そうに通路の先を指し示す。
「ここから先はまったくの未踏破領域だ。どれだけ慎重にしても、しすぎるということはないんだ」
ダンジョンに潜る冒険者といえど、攻略する場所はかつて誰かが切り開いた道だ。
出現モンスターや設置された罠などに関して、事前に情報を持って攻略に挑む。
しかし、この先は未踏破領域。
情報はゼロ。
今までの常識が通用する保証はない。
俺たちは初めて本当の意味で冒険することになるのだ。
もちろん、俺にとってもシンシアにとっても未体験のこと。
現在、最先端を攻略している冒険者でも、そこはかつて踏破された場所だ。
未踏破領域の攻略は、人類にとっても数百年ぶりのことかもしれない。
だから、最大限の警戒で臨むべきだ。
それから俺は安全確認を行う。
まずは転移クリスタルの確認。
一度、外に転移してみて、問題なく使えることが分かり安心する。
ピンチになりここまで逃げてきて、いざ転移クリスタルが機能しませんでしたではシャレにならないからな。
次いで転移石の確認。
冒険者にとって最後の頼みの綱――それが転移石だ。
転移石は手に握り魔力を流すことで、ダンジョン外に転移できるアイテムだ。
使用可能な場所は一部のボス部屋を除くほぼ全て。
チェック・ポイントまで退却が困難な場合の最後の手段だ。
ただ、転移石は非常に高価だ。
【2つ星】である俺達にとっても、気軽に使える値段ではない。
だが、俺はここで使用することにした。
ここは未踏破領域。
冒険者タグの表示は第41階層となっているが、風流洞の続きで、同じ法則が成り立つという保証はない。
多少懐は痛むが、ファースト・ダンジョンで望外の収入を得たので、ここは出し惜しみするべきではない。
念の為、転移石は多めにストックしてるしな。
いざ、転移石の実験をしようというとき、気まぐれでサラに尋ねてみた。
「なあ、サラ、これがなにか分かる?」
転移石をサラに手渡す。
「うん、知ってるー。ダンジョンの外に出るやつー」
「おお、知ってたのか。じゃあ、これはここで使えるか分かる?」
「うん、使えるよー」
「そこまで分かるのか! ちなみに、この先でも使えそうか?」
「うーん、ちょっと待ってねー」
サラは目をつぶり、集中する。
それから、しばらくたって目を開く。
「うん。何個か使えない場所あるけど、そこ以外は平気ー」
「そこまで分かるのか……」
「うんっ! サラえらいでしょー」
「ああ、スゴい助かるよ」
胸を張って自慢気なサラの頭を撫でてやる。
「ちなみに、その場所って特定できるの」
「できるよー」
「じゃあ、近くになったら教えてくれ」
「わかったー」
サラのおかげで転移石をムダにすることもなく、必要以上の情報を得ることも出来た。
単純な戦闘力以外にも、サラは優秀なようだ。
その能力を活かすも殺すも俺次第だな。
ともあれ、懸念していたピンチからの退却に関しては問題ないようで安心した。
「慎重すぎたかな?」
「ううん、私ではそこまで気が回らなかったもの」
「臆病なだけだよ」
「臆病なリーダーほど頼りになることはないわ」
冒険者にとって一番大切なのは死なないこと。
それを再優先すると、どうしても慎重にならざるを得ない。
シンシアはそれを受け入れ、評価してくれる。
いいパートナーだ。
「よし、出発だ!」
念の為エンチャントをかけ直し、効果が最大になるようにしてから、通路へ向かうべく一歩を踏み出した――。
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
精霊的な力で世界樹の内部は高所でも空気が薄くなったりせず、外と同じように活動できる模様。
次回――『風流洞攻略1日目6:第41階層攻略開始』
ガチ攻略開始!
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