第99話 風流洞攻略1日目2:モンスター・ファーム

 俺たち三人は目的の部屋に入る。

 狭い通路とは対照的に広い、だだっ広い空間だ。


 100メートル四方の広さに3メートルほどの高さ。

 床は巨大な幹の一部で、真っ平らになっている。


 部屋に繋がる通路は二つ。

 俺たちが入って来たものの他にもうひとつ。

 入り口から見て左手の壁にある通路はすぐ行き止まりになっており、チェック・ポイントのある小部屋があるのみだ。


 特徴的なのは正面の壁だ。

 他の壁が平らで巨大な幹からなっているのに対し、そこは無数の細い枝が絡み合うようにして構成されている。

 その壁は世界樹の外周に面していて、枝と枝の間にはいたる所に隙間がある。

 そのせいで、陽の光が差し込み、強い風が吹き込んでるのだ。


 風流洞はこの部屋みたいに、外が見える場所がいくつもあるのが、他のダンジョンとは違う特徴だ。

 外と接しているとはいえ、その壁はダンジョンオブジェクト扱い。

 中からも外からも破壊不可能で、ダンジョン途中から出入りするようなインチキは出来ないようになっている。


 それでも、外の空気を感じられて、いいリフレッシュになる。

 とくに、高層階から見下ろす景色は圧倒的で、攻略中であることも忘れ、沈む夕日に見入ったこともあった。


 とはいえ、俺たちは外の景色を眺めるためにこの場所に来たわけではない。

 ジョブランクアップしたシンシアと、新たに仲間に加わったサラの戦力確認が目的だ。


 そのために一番相応しい場所として選んだのがここ――通称「モンスター・ファーム」だ。


 単に牧場と呼ばれることも多いモンスター・ファームだが、一言で説明すると巨大なモンスター・ハウスだ。

 いくつか違いはあるが、だいたい同じようなものと考えて問題ない。


「相変わらず盛況ね」

「ああ、懐かしいな」


 十数のパーティーが室内に点在する黒い箱モンスター・スポナーを取り囲んで戦闘中だ。

 彼らは皆、ファースト・ダンジョンをクリアして、この街に来たばかりの者たち。


 風流洞のモンスターは第1階層といえど、ファースト・ダンジョンのモンスターとは隔絶した強さを持つ。

 モンスター・ファームで出現するモンスターは数は多いけど、強さは通常モンスターよりも劣る。

 なので、ツヴィーに着いたら、ダンジョン攻略に挑む前に、まずはここで修行するというのが鉄則なのだ。


 五大ダンジョンにはここのように、いかにも「この場所で修行していけ」といわんばかりの場所が何箇所か存在する。

 なぜ、そんな冒険者に都合の良い場所が用意されているか長年疑問だったが、「ダンジョンは精霊術士を鍛えるための場所」という火精霊王様の言葉で納得がいった。

 五大ダンジョンは悪意を持って冒険者に襲いかかる脅威ではなく、冒険者を育ててくれる道場みたいなものだ。

 きちんと手順を踏んで進めていけば、確実に強くなれるのだ。


 室内には冒険者の糧となるためのモンスターを生み出すスポナーが四十個設置されている。

 新人はまず出入り口付近のスポナーに挑む。

 壁際はスポナー設置密度も低いし、ピンチになったらすぐに通路に逃げ込めるからだ。

 モンスター・ファームのモンスターはモンスター・ハウスとは違い、冒険者がこの部屋から逃げても、外の通路まで追いかけてこない。

 その分、モンスター・ハウスより安全なのだ。


 俺たちが利用するのは一番難易度の高い中心地。

 丁度いい具合に、今は空いている。


 俺たちは壁近くのスポナーの間を通り抜け、中央を目指す。

 スポナーは中央に向かうに連れて設置数が増え、密度が高くなっていく。

 俺たちはスポナーに近づき過ぎないように進んで行く。

 スポナーは一定距離まで近づかないとモンスターを生み出さない。

 なのでモンスターに邪魔されることもなく、中央部にたどり着くことが出来た。


「よし、じゃあ、まずはシンシアから」

「うんっ!」


 シンシアは精霊王様の加護を得て、ジョブランクが3になった。


 新ジョブの名前は――【聖誅乙女(せいちゅうおとめ)】。


 聖属性魔法と打撃攻撃に特化したジョブで、シンシアにとっては天職といえるジョブだ。

 シンシアは【聖誅乙女】になって覚えたスキルを発動させる。


「――【聖気纏武(せいきてんぶ)】」


 聖なる気を纏って身体能力を向上させるスキルだ。

 【戦拳闘士】の【覇気纏武(はきてんぶ)】と同種だが、それの上位スキルだ。

 攻撃力、防御力、そして、魔法防御力まで上昇するという優れもの。

 「これでもっと攻撃に専念できる」とシンシアは喜んでいた。


 聖気によって光り輝いているシンシアはメイスを構え、一番近いスポナーに向かって駆け出した。


 このモンスター・ファームに現れるモンスターは三種類。

 スポナーごとにどのモンスターが出て来るか決まっている。

 シンシアが向かったのは、パラライズ・マッシュが出現するスポナーだ。

 シンシアがスポナーに近づくと、十体のパラライズ・マッシュが出現する。


 パラライズ・マッシュは人間の腰ほどの高さの丸っこいキノコ型モンスターだ。

 移動速度は遅く、リーチも攻撃力も大したことがない。

 ただ、厄介なのは、胞子を飛ばして来ることだ。

 風に乗った胞子を浴びてしまうと、身体が痺れてしまうのだ。

 少量であれば少し動きが鈍る程度だが、大量に浴びてしまうと麻痺が全身に広がり、身動きが取れなくなってしまう。


 それゆえ、パラライズ・マッシュと長時間戦闘を続けるのは大変危険であり、その場合は対麻痺ポーションが必須となる。

 その出費があるせいで、ここでは一番不人気なモンスターだ。


 シンシアが近づくと、パラライズ・マッシュはのそりのそりと歩き出し始め、それと同時に、シンシアに向けて大量の胞子を噴出する。


 だが、脅威であるはずの胞子も俺たちにとってはまったく問題にならない。

 風精霊が守ってくれるので、胞子を浴びることはないからだ。

 俺達にとっては一番相性がいい相手といえる。


 シンシアは胞子を気にせず、パラライズ・マッシュの一群に向かって馳せ――その合間をぬって駆け抜ける。


 パラライズ・マッシュを無視してシンシアが向かったのは隣のスポナー。

 パラライズ・マッシュは慌てて方向転換するが、鈍足なヤツらとシンシアの距離は離れるばかりだ。


 次のスポナーからはトレントが、またもや、十体出現する。

 ここのスポナーはどれも一度に十体産み出すと決まっているのだ。


 トレントは高さ2メートルほどの樹木型モンスターだ。

 出現した場所から移動することはなく、枝を伸ばし鞭のように攻撃してくる。

 リーチは3メートルほどで攻撃力も高い。

 長い枝の攻撃をかいくぐらないと本体に近づけず、慣れないと苦戦する相手だ。


 シンシアはトレントを出現させると方向転換し、また隣のスポナーへ向かった。


 今度のスポナーからはウッド・パペットが現れる。

 ウッド・パペットは木製の人型モンスターだ。

 体表はのっぺりとしており、指や顔のパーツは付いていない。

 こいつの注意点は素早さだ。

 攻撃力はトレントほど高くないが、素早い連続攻撃を出してくる。

 コイツらに囲まれると一方的にタコ殴りにされて、なにも出来なくなってしまうので、立ち回りに注意が必要だ。


 スポナーから産み出されたウッド・パペットはシンシアに向かって一斉に飛びかかって来る。

 数メートルの距離をひとっ飛びで詰め、その勢いで攻撃を放ってくるが――シンシアはそのすべてを見切り、最小限の動きで躱していく。

 シンシアの力量であれば、躱しざまにカウンターを入れることも出来るが、あえて回避に徹している。


 ひらりひらりと避けながら、シンシアはさらに2つのスポナーからモンスターを出現させる。

 これで、シンシアは計50体のモンスターから追われることになった。


 普通の冒険者だったら冷や汗を流すところだが、シンシアは涼しい顔だ。むしろ、その顔は歓喜に染まっている。

 冒険者というのは危機に当面すると、多かれ少なかれ高揚するものだ。

 その中に、特にその傾向が強い人種――いわゆる、戦闘狂(バトルジャンキー)と呼ばれる者たちがいる。


 どうやら、シンシアはとびっきりの戦闘狂らしい。

 俺が今まで見た中で一番の笑顔を浮かべている。


 シンシアは大量のモンスターに追いかけられながらも、まだ反撃しない。

 少しずつ場所を移動しながら、敵の攻撃を躱していく。


 そして、遂にシンシアはモンスターたちに取り囲まれた。

 一見ピンチのように思えるが、シンシアの不敵な笑みに変化はない。


 囲まれたではなく、わざと囲ませたのだ。

 これもすべてシンシアの策略だった。


 前後左右から、無数のウッド・パペットが飛びかかって来る。

 それに対し、シンシアは満を持してにメイスを構える。


「――【天誅(ディヴァイン・ジャッジメント)】」


 シンシアのメイスが光り輝く。

 そのメイスを水平に構え、シンシアはその場で一回転。

 攻撃してきたウッド・パペットすべてを打ち落とす。

 そして、攻撃はそれで終わらない――。


 シンシアのもうひとつの新スキル【天誅(ディヴァイン・ジャッジメント)】。

 直接攻撃した相手のみならず、その相手の周囲にいるモンスターにも衝撃波でダメージを与えるのだ。

 そして、衝撃波は連鎖する。

 衝撃波を受けたモンスターの周囲のモンスターに向かって、さらに衝撃波が飛ぶのだ。


 その連鎖の結果――50体のモンスターすべてが灰になった。


 スキルというものは習得と同時にその使い方や効果が頭の中に自然と浮かぶものだ。

 だから、俺もシンシアから【天誅(ディヴァイン・ジャッジメント)】については説明を受けていた。

 だが、しかし、これほどまでの威力だとは思っていなかった……。


 やはり、精霊王様の加護はとてつもない。

 クリストフらのユニークジョブも桁外れだったが、シンシアの【聖誅乙女】はそれ以上だ。


「ふう」


 すっきりした顔のシンシアが戻って来た。

 ハイタッチを交わし、小気味良い音が鳴り響く。


「どうだった?」

「思ってた以上だよ」

「えへへ」


 普通、モンスターに囲まれるというのはピンチの状況だ。

 しかし、シンシアの【天誅(ディヴァイン・ジャッジメント)】はそのピンチな状況でこそ真価を発揮する。

 とんでもなく有用なスキルだ。


「じゃあ、今度はサラの番ねー」






   ◇◆◇◆◇◆◇


【補足】


 シンシアの【天誅(ディヴァイン・ジャッジメント)】はフレンドリー・ファイアしないです。

 なので敵味方入り乱れていても、問題なく使えます。


   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 次回――『風流洞攻略1日目3:サラの本気』


 サラちゃん、本気出します!

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