第98話 風流洞攻略1日目1:サラとの再会

 ダンジョン入り口を抜けた場所は少し広いスペースになっている。

 そこに来ると、俺の中からスルッとなにかが抜け落ちる感覚がして――。


 目の前に一人の少女が立っていた。


「むー、あるじどの、遅いー」


 炎のように鮮やかな赤いドレスを身にまとい、同じく赤い髪が風に揺れている。


 現れたのは火の精霊王様の娘――燎燐(りょうりん)のサラだ。


 ファースト・ダンジョン火炎窟で火の試練クリア報酬として火の精霊王様から預かった彼女は、ダンジョン内でしかその姿を保てない。

 こうして顔を合わせるのは二週間ぶりだ。


「ああ、待たせたな。今日からまた一緒だ」


 俺の腰に抱きついてくるサラの頭をポンポンと軽く叩いて機嫌を取る。


「もう、待ちくたびれてお腹ペコペコだよー」

「お腹ペコペコ?」


 精霊が食事をするなんて聞いたことがないぞ?

 サラは特別なのか?


「魔力ちょうだい、あるじどのー」

「あっ、そういうことか……」


 精霊に俺の魔力を注ぎこむと活性化する。

 なので供給魔力を調整することによって、精霊術の強弱をコントロールできるのだが、こうやって魔力をねだられたのは初めてだ。


「ぷはー、まんぞくまんぞく〜」


 ある程度魔力を注ぎ込むとサラは満足したようで俺から離れる。


「よーし、いくぞー!」


 ご機嫌になったサラはリーダー気取りで、先に進もうとする。

 まるで、子どもだ。

 俺はシンシアとともに苦笑い。


「まあ、落ち着け」

「ほえ?」

「まずはエンチャントだ」


 慣れたやり方で俺とシンシアに四精霊の加護を付与していく。

 風精霊の加護はいつもより強く、風と相性の悪い土精霊は弱めだ。

 加えて、火精霊もホームである火炎窟のときより少し元気がない。

 精霊は環境に影響を受けるからだ。


 なので、サラも以前より弱体化している。

 実際、火炎窟で出会った時よりも身体がひと回り小さい。

 それに話し方も幼い感じだ。

 この調子だと戦力も落ちているだろう。

 本格的に攻略を始める前に、どの程度なのか確認する必要があるな。


「ありがと、ラーズ。毎回思うけど、ラーズに守られているみたいで嬉しいわ」

「ははっ。それが俺の仕事だからな」


 俺とシンシアへのエンチャントが終わり、後はサラの番だが――。


「サラ、おまえに精霊の加護ってかけれる?」

「んー、むり」

「だよな」


 ダメ元で訊いてみたけど、やっぱりそうか。


「じゃあ、行くぞ」

「ええ、行きましょ」

「おー!」

「サラ、走るけど、ちゃんとついて来いよ」

「おー!」


 短い歩幅で俺たちについて来れるだろうか?

 ちょっと不安だったが、俺たちは奥に向かって走り出した。


「……反則じゃねえか!」


 俺の心配はまったくの無駄だった。

 ここ風流洞は世界樹の枝や幹が複雑にからみ合って構成されているダンジョンだ。

 火炎窟のような石造りのダンジョンとは違い、通路は狭く曲がりくねっている上に、足元はでこぼこで、気を抜くと木の根に足を引っ掛けて転んでしまう。

 そのせいで、火炎窟の時ほどスピードを出せずにいた。

 だが、それでも加護なしの状態で平地を走るよりは速い。


 それでもサラは余裕でついて来た。

 宙に浮かび、足元の心配なんか無縁で、すいーっと進んで行く。

 それどころか、いつの間にか俺たちの先を行き、遭遇したモンスターに向かって火蜥蜴を飛ばしている。

 火蜥蜴に飲み込まれたモンスターは、あっという間に燃え尽き、ドロップアイテムを落として消え去る。


 この階層程度だと、余裕で一撃確殺か。

 敵の発見も早いし、本人もノリノリだ。

 これなら問題ないな。


「よし、サラ、先頭は任せた。進路は合図するから、その調子で頼んだ」

「はーい! おまかせあれー」


 サラは生き生きとモンスターを屠っていく。

 戦うことが、いや、燃やすことが大好きなんだろう。


「最初は警戒したけど、サラちゃんはイイ子みたいね」

「精霊はみんなイイ子だよ。精霊はまっさらなんだ。それを汚すのは術者の側。光の精霊王様から、そう教わったよ」

「そうね。私たちも精霊たちに恥じない生き方をしないといけないわね」


 十分ほど走り続けた。

 ちなみに、今回はちゃんとドロップ品は回収している。

 ファースト・ダンジョンと違って、ここのはそこそこの値になる。

 貧乏症なせいか、見過ごすことは出来なかった。


 ――そして、数分間走り続け、目的地に到着した。


 普通に歩いて来たら三十分以上かかる道のりだが、精霊の加護があればこの時間で十分。

 その上、俺もシンシアも呼吸を乱していない。

 心配していたサラに関しても涼しい顔をしている。

 すぐにでも戦闘に入れるコンディションだ。


「じゃあ、入ろうか。二人の力、どれほどのものか見せてもらおう」

「うんっ! 任せてっ! 私も楽しみなんだ!」


 両の拳を打ち合わせるシンシアは、全身から闘気があふれている。

 満開の笑顔と相まって、見惚れてしまうほど魅力的だ。


 ジョブランクアップして初めての戦闘だ。

 早くその力を試してみたくてしょうがないのだろう。

 その気持ちはよく分かる。


「サラもがんばるー。あるじどの、見ててー」


 こっちもやる気満々だ。

 散歩に連れて行けとせがむ犬のよう。

 見えない尻尾がブンブンと揺れていた。




   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 次回――『風流洞攻略1日目2:モンスター・ファーム』

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