第97話 風流洞

「じゃあ、さっそく冒険に出かけよう」

「うんっ!」


 すぐに準備を整える。

 俺はバロメッツの黒ローブ。

 シンシアはスパイダーシルク製の純白の戦乙女舞闘装(バトルドレス)にミスリルメイス。

 サード・ダンジョンでも通用する装備なので、風流洞攻略もこの装備で問題ないだろう。


 準備が整った俺たちは拠点を出発した。

 冒険者ギルドに戻るロッテさんも途中まで一緒だ。


「ロッテさん、こっちに来ても忙しそうだね。休みはとれそう?」

「今日は報告だけしたら、ラーズさんたちが戻られるまではフリーです」


 ロッテさんの笑顔からは開放感が感じられる。


「専属担当官は、担当パーティーがダンジョンに行っている間は基本的にフリーなんですよ」

「基本的にとは?」

「担当パーティーがイレギュラーな事態を起こさない限りですね。なので、隠し部屋を発見したり、千年ぶりの貴重なアイテムを持ち込んだり、魔王の復活を伝えたりされると、報告やらなんやらで休みが飛びます」

「あっ……」

「なので、手加減していただけると、こちらとしても助かりますねー」


 笑顔だけど、目がまったく笑っていない。

 怖い。

 俺たちが悪いわけじゃないんだけど、アインスでは散々迷惑かけたからな。


「なんか、すみませんでした。気をつけます」

「はははー。あまり、期待してませんのでー」


 まあ、俺たちが気をつけてどうにかなる問題ではないんだけどな……。


「それじゃあ、私はここで。ダンジョン攻略頑張ってくださいね」


 ギルド前でロッテさんと別れ、シンシアと風流洞がある世界樹に向かう。

 近づくと視界のすべてを覆い尽くすほどの大きさだ。

 見上げてもてっぺんが見えず、雲の中へと消えて行く。

 この世界で最大の大きさを誇る世界樹は3つの部分で構成されている。


 ひとつ目は低層の外縁部。

 ここはダンジョン外で、モンスターも出現しない。

 外縁部の一角には幹を刳り貫いてて作られたエルフの居住区が存在する。

 そこに住むのは身分の高いエルフのみで、王族が暮らす居城もここにある。


 ふたつ目はダンジョン部。

 セカンド・ダンジョン風流洞がある部分だ。

 冒険者にとっては、もちろん、ここがメインだ。


 そして、最後が上層部。

 風流洞より上の部分だ。

 この上層部にもダンジョンがあるのではないかと言われている。

 ただ、実際上層部に到達した者はいないので、本当に存在するかは疑問だ。

 上層部になにがあるのか、人間がそこに到達できるのか、いまだ解明されていない謎だ。


 隣を歩くシンシアの鼻歌が聞こえてくる。


「なんか、ご機嫌だね」

「うん。3つのダンジョンの中で、ここが一番好きなんだ」

「自然が多いから?」


 石造りのファーストやサードと違って、風流洞は世界樹の内部――すなわち、壁も床もすべてが樹木なのだ。

 冒険者に訊けばほぼ全員が、薄暗くジメジメした石造りよりも、爽やかな風を感じられるこのダンジョンを好むと言うだろう。


「それもあるんだけど、ここは他より戦闘に専念できるからね」

「ああ、確かに」


 シンシアらしいなと苦笑する。


 世界樹の恵みは良質な素材だ。

 葉や花や実は各種ポーションの素材となり、枝は弓などの木製装備の材料となる。

 世界中に流通しているポーションの八割以上がこの街で作られているくらいだ。

 なので、この街は他の街に比べてポーションが安価だ。


 回復はすべてポーション任せにして、回復職も戦闘に加わった方が効率的という状況も存在する。

 見た目とは裏腹に直接戦闘大好きで好戦的なシンシアにとっては、嬉しいダンジョンだろう。


「期待してるよ。ガンガン殴っちゃって」

「うん!」


 シンシアが新しく授かったランク3ジョブ。

 俺だけでなく、ロッテさんも聞いたことがないというユニークジョブだが、まさにシンシアの性格にピッタリなものだった。


 そんなことを話しているうちに、風流洞入り口にたどり着く。

 入り口には他のダンジョンと同じく、数人の衛士とギルドのダンジョン管理官が一人。


 この街の管理官もやる気がなさそうに立っている。

 管理官は俺たち二人が通過しても、チラッと一瞥するだけで話しかけてはこなかった。

 ファースト・ダンジョンでは目立つ二人組も、ここ風流洞では珍しくないのだ。


 この街は他のダンジョン街と比べて、一番冒険者の幅が広い。

 というのも、ファースト・ダンジョンをクリアしてきた者だけでなく、サード・ダンジョンで挫折して戻って来た者も多くいるからだ。


 サード・ダンジョンは厳しい。

 通用しない者には絶対に越えられない壁がある。

 そのような攻略を諦めた者たちが、食い扶持を稼ぐためにツヴィーに戻ってくるのだ。

 「生き方」としての冒険者ではなく、「職業」としての冒険者として。


 ソロで低層で稼ぐ者。

 攻略中の若手パーティーに助っ人として一時的に加入して稼ぐ者。

 色々な方法があるが、【2つ星】であれば、風流洞で安定して十分な稼ぎを得ることができるのだ。


 俺たちもそんな出戻り組だと思われているんだろう。

 そんなことを思いながら、入り口を通り抜ける。


 記録は消去したのでチェック・ポイントは使えない。

 ファースト・ダンジョンと同じくイチからやり直しだ。


 さあ、ここもさっさと駆け抜けよう――。




   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 ロッテさん、この街ではのんびり出来るかな?


 次回――『風流洞攻略1日目1:サラとの再会』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る